「むしろ君がこの年齢まで一度もスキーをやった事がなかったということのほうが驚きだよ」


紅茶のカップを持ち上げて半兵衛が言った。
質素な内装のレストハウスが、彼の周りだけ英国のティーサロンに見える優雅さだ。
あの後、丁度良いから休憩にしようということになり、レストハウスにやって来たのである。


「うちの親、寒いの苦手なんです。家族旅行でも寒い場所は行った事がなくて」

「友達とも行かなかったのかい? ああ、高校生ぐらいじゃまだ友達同士だけでスキー旅行になんて行けないか。男ならともかく、女の子はご両親が心配するだろうからね」

「そうなんです。ちょっと過保護ですよね」

「そんな事はないさ。ご両親が心配する気持ちはよく分かるよ。特に君みたいな可愛い子が娘なら、尚更だ」


紅茶を一口飲んだ彼は微妙な顔でカップの中身を見た。
どうやら味がお気に召さなかったようだ。


「半兵衛さんはスキーよく行くんですか?」

「よく行くというほどでもないかな。君も知っての通り、僕はあまり身体が丈夫じゃないからね。慶次君は毎年遊びに行っているようだよ」

「うん、そんなイメージです」

その慶次はなまえがスキー未経験だと知ったとき、「これが初スキー?マジで!?」と激しく驚いていた。
そんなに珍しいだろうか。
そういうことならと大乗り気で教えてくれようとした慶次を、「君はさっさと行きたまえ」と冷たく追い払い、半兵衛が直々に教えてくれた。
言わずもがなスパルタである。
飴より鞭が多いのは間違いない。
しかし、お陰で驚くべき速さで上達していることは確かだ。


突然、きゃあ、とか、ひゃあっ、といった感じの声がレストハウス内に響いた。
出所は入口から入って来たばかりの若い女性のグループだ。
明らかに半兵衛を見てきゃっきゃと騒いでいる。


「騒がしいな…」


半兵衛が不快そうに瞳を細めた。

普通なら怯むところなのだろうが、彼から向けられる冷ややかな視線にも怯まず、むしろ自分達の存在に気づいて貰えた事でヒートアップして「声かけてみようか?」「話しかけてみてよ!」なんて言い合っているのはさすがである。
半兵衛と一緒にいるなまえのことは完全に眼中にないようだ。
普通は男女二人で座っていたらカップルだと判断して諦めるのだろうが、たぶん兄妹か何かだと思われているのだろう。
敵視されるのも嫌だが、それはそれでちょっと悲しいものがある。


「そろそろ行こうか、なまえ」

「はい」


立ち上がった半兵衛に倣ってなまえも腰を上げた。
歩き出したと同時に、半兵衛の手がこれ見よがしになまえの腰に添えられたのを見て、例の女性グループから、えー、やだー、とガッカリした声があがった。
えー、はともかく、やだーとは失礼な。


「…半兵衛さん」

「堂々としていたまえ」


半兵衛は悪戯っぽく笑ってなまえを見下ろした。


「ところで、午後の訓練ではパラレルをマスターさせる予定だからそのつもりでいるように」

「無茶言わないで下さい!」


スパルタどころの話じゃないぞ。


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