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訪れた温泉郷は指折りの豪雪地帯だった。
関東ではもう桜は散ってしまったが、ここにはまだ遅い春がとどまっている。

「…………ん」

「すまない。起こしてしまったね」

隣にあった温もりが離れていったことで、意識が急激に浮上した。
身体を包み込む気怠さと、腰のあたりに残る重だるい感覚は独特で、気を失うように眠る前まで何をしていたかまざまざと思い出してしまう。
なまえはまだ裸だが、半兵衛はもうしっかり浴衣を着込んでいて、なまえに口付けた。

「まだ時間はあるから眠っていていいよ」

「いえ、起きたついでに温泉に入って来ます」

「いいね。僕も用事を済ませたら入ろう」

どうやら彼は定期報告か何かのために起きたらしい。
立場上、完全に休みというわけにはいかないのがつらいところだ。

「じゃあ、先に入って待ってますね」

なまえは剥ぎ取られて布団の外に放り出されていた浴衣を引き寄せて簡単に羽織ると、半兵衛にキスを返して部屋付きの露天風呂に向かった。
洗い場で身体を洗い流してから、露天風呂へ肩まで身を沈める。

「ふぅ……」

起き抜けの身体に、乳白色の温かい湯は優しく染み入った。
目を閉じてそれを堪能してから、やはり勿体無いと思い直して目を開ける。
岩場の向こうには桜が何本も植えられていて、今が盛りの満開の桜の花を楽しむことが出来た。
美しいその光景を目に焼き付けながら温泉に浸かるのは、今の時期しか味わえない最高の贅沢であるように感じられた。
桜を追って北上してきた甲斐があるというものだ。

しばらく浸かったり、岩場に腰掛けて涼んだりしていると、洗い場から水音が聞こえてきた。
用事を終えた半兵衛が入って来たのだろう。
なまえは急いで乳白色の湯に肩まで浸かった。
つい数時間前まで組んず解れつまぐわっていたとしても乙女の羞恥心が未だ根強く残っていたので。
その羞恥心を逆手にとった半兵衛に、恥ずかしいことをさせられたりされたりしたわけだが、やはり素面の時に全裸を晒すのは抵抗があった。

「お待たせ。のぼせていないかな?」

「大丈夫です」

「そうか、良かった」

半兵衛の美しい肢体から目を逸らしたまま答えると、くすりと笑われた。

「まだ恥ずかしいのかい?あんなに愛し合った仲なのに」

「それとこれとは別なんです」

半兵衛の裸体なんて、神々し過ぎて正視出来ない。
男性にしては細身だが、しっかり筋肉がついているし、何よりそのなめらかな白い肌は女である自分より綺麗だと思う。

そんな男に抱かれていたのだ。

意識を飛ばしてしまうまで、じっくりと時間をかけて、熱く、情熱的に。

思い出すと頭に血がのぼりそうだった。

「おいで」

露天風呂に入って来た半兵衛がなまえに告げる。

それは決して抗えない命令も同じだった。

のろのろと湯の中を移動して半兵衛の隣までいくと、彼の腕に抱き込まれる。

「桜が綺麗だね」

「そうですね…」

あなたのほうが何倍も儚げで美しいですと言いたかったが、湯の中で優しく身体を撫でられると、言葉は口に出す前に消えてしまった。
妖しく蠢く半兵衛の手指に、身体はあっという間に熱くなっていく。

「は…半兵衛さん」

「もう一度、いいかい?」

もちろん、答えは決まっていた。


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