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「なまえちゃん、最近綺麗になったね」

いつものように大学の帰りに野菜を買いに行ったら、八百屋のおじさんにそんなことを言われた。

「誰かイイ人でも出来たのかい?」

「ちょっと、そんな野暮なこと聞くもんじゃないよ!」

おばさんがおじさんの背中をバシン!と叩く。
痛そうだが、おじさんは豪快に笑っていた。

「そうか、そうか、なまえちゃんに彼氏が出来たか!おじさんも年をとるわけだなこりゃあ」

お祝いだからとたくさんオマケして貰った上に、頑張れよと激励までされてしまった。

そんなにわかりやすかったのだろうか。
顔を触ってみるが、自分ではよくわからない。
毎日鏡で見ている自分の顔だ。変化があればわかるはずなんだけどな。

でも、私が変わったとしたら、あの人のお陰だ。
良い変化をもたらしてくれた彼に感謝しなければ。

「ただいまー」

「お帰りなさい、なまえさん」

鍵を開けて玄関に入ると、返ってくるはずのない返事が聞こえて驚いた。

「昴さん?」

「はい。合鍵を使わせて貰いました」

ふわりと動いた空気に混ざって食欲をそそる匂いが漂ってくる。
この匂いは…。

「肉じゃが?」

「当たりです。ちょうど今、いい具合に煮えたところですよ」

そう言う昴さんの手にはおたまが握られていた。

「すぐ食べますか?」

「あ、はい、頂きます」

「では手を洗ってきて下さい。すぐ用意しますので」

慌てて洗面所に手を洗いに行く。
手を洗いながら鏡を見ると、何とも言えない幸せそうに緩んだ顔が目に入った。
そうか、こういうことかと妙に納得してしまった。

部屋に戻ると置いておいた野菜の袋がない。

「僕がしまっておきました」

「すみません、ありがとうございます」

「洗濯も済ませてありますよ」

「えっ!?」

「肉じゃがを煮る間に時間があったので、洗ってしまいました」

見れば、乾燥まで終えた洗濯物がきちんと畳まれて置かれていた。
なんてことだ!下着を見られた…!
いや、今更と言われればそれまでだけど!

「すみません、余計な真似をして」

「いえっ、助かりました。ありがとうございます」

ぶんぶんと首を振って感謝を伝え、箸を手にする。

「えっと、じゃあ、頂きます」

「はい、召し上がれ」

昴さんが見守る中、肉じゃがを口に運ぶ。
ふうふうと吹き冷ましてから食べると、甘口に仕上がった上品な味が口の中いっぱいに広がった。

「美味しい!」

「それは良かった」

何だか急に胸がじーんとなっていてもたってもいられなくなった。
昴さんにぎゅうと抱きついて甘える。

「昴さん…好き」

「おやおや、今日は甘えん坊ですね」

「だって、昴さんが優しいから」

「君にだけですよ、僕がこんなに甘いのは」

「そうですか?」

「そうですよ」

「昴さんって、お兄ちゃんって感じがするから妹さんか弟さんがいるんだと思ってました」

「…なかなか鋭いですね」

眼鏡の奥で翠緑の瞳が笑っていた。
滅多にないことにドキリとする。

「君の言う通り、弟と妹がいます」

「やっぱり。長男って感じがしますもん」

「女性の勘はあなどれませんね」

「そうですよ。浮気したらすぐバレますからね」

「残念ながら、二人の女性を同時に愛せるほど器用ではありません」

「じゃあ、捨てられないように頑張ります」

昴さんの膝に頭を預けて甘えると、優しい手つきで髪を撫でられた。

「こんなに可愛くてたまらないのに、捨てられるわけがないさ」

囁くように告げられた言葉は、いつもの昴さんの話し方とは少し違っていたけれど、それが彼の本心からの言葉なのだと何故か信じることが出来た。

今なら八百屋のおじさんの言っていたことがわかる。

女の子は好きな人に愛されて綺麗に輝くものなのだ。


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