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ポップコーンは嫌いじゃないけど、映画を観ながら食べるのは何となく嫌だ。
もちろん、他人が食べているのは別に気にならない。

「お待たせしました、なまえさん」

まだ開場したばかりだというのに既にポップコーンを食べ始めている男性を視界の隅にとらえながら座っていると、ドリンクを両手に持った安室さんが戻って来た。

彼のために隣の座席を降ろして座れるようにすると、「ありがとうございます」とにっこり微笑まれる。
隣に座った彼からドリンクを受け取り、座席のひじ掛けにあるホルダーにそれを置いた。

「すみません、ありがとうございます」

「いえ、これくらいお安いご用ですよ」

輝くような笑顔の彼の手を取るふりをして、その手の中に、さりげなくSDカードを滑り込ませる。

「久しぶりのデートなんだから、甘えて下さい」

安室さんは表情を変えることなく話し続けながら、自分のスマホにSDカードをセットした。
それから、時々画面をタップしたりスクロールしたりしながら映し出された情報にざっと目を走らせる。
その短い間だけ、彼は『降谷零』の顔に戻っていた。

「君にはご褒美をあげないといけませんね」

必要な情報を頭にインプットした彼はスマホをポケットにしまい、そんなことを言い出した。

「私にとってはこれがご褒美です」

「映画館デートが?」

「“あの”安室さんとデート出来るだけで幸せですよ」

「欲がないな」

ちょっと、素が出てますよ降谷さん。

苦笑した彼は、今度はふりではなく私の手を握り直した。
大きなあたたかい手に包み込まれてびっくりしていると、安室さんは片目を瞑ってみせた。

「デートですから。これくらいは当然でしょう?」

「こうしていると本当のカップルみたいですね」

「カップルですよ、僕達は」

今は、ですよね。わかっています。
勘違いしないようにするのが大変だけど。
安室さんの優しい笑顔を見ていると、まるで本当の恋人同士になったかのような気がしてしまう。

「ポアロの常連さんの女性達に知られたら炎上しそう」

「その程度のことを恐れる君じゃないでしょう」

「まあ、確かに」

梓さんはめちゃくちゃ炎上するのを怖がっていたから、今の私達を見たら青ざめてしまうかもしれない。
それとも祝福してくれるだろうか。

思えば、梓さんには心配ばかりかけているな、と申し訳なく思った。

降谷零としてこの国を守るために奔走する傍ら、バーボンとしての情報収集に安室透としての仕事もこなさなくてはならないから当然と言えば当然なのだが、安室さんは突然シフトを休んだり変更を頼んだりすることが多い。
そうなると負担がかかるのは梓さんなわけで、よく怒らずに仲良くやってくれているものだと思う。
安室さん目当ての女性客が増えたお陰で売上が上がったというのもあるが、梓さんは純粋に良い人なのだろう。

「ちなみに梓さんには今日君とデートだと言ってあります」

「えっ」

「隠す必要もないですから」

「梓さん、なんて?」

「『お店のことは任せて下さい。お二人ともお幸せに!』」

梓さんには一生頭が上がりそうにない。


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