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スクリーンの中ではスパイとして悪の組織に潜入している男とその恋人が抱き合い、熱烈な愛の言葉を囁きあっている。

(悪の組織に潜入しているスパイって……安室さん……)

何を思ってこの映画を選んだのか問い質したいところだが、今はそれは出来ない。
上映中の私語はタブーだというのはもちろんだが、それ以前の問題があるのだ。

(どうしよう。めちゃくちゃ熟睡してる……)

私の肩に凭れかかってすやすやと気持ち良さそうに眠っている安室さん。
さぞかしお疲れなのだろうと、身動きせずに寝かせてあげているのだが、公安の潜入捜査官がこんなに無防備に寝顔をさらしてしまっていて良いのだろうか。

確かに辺りは薄暗いし、多少の物音は映画のサウンドに紛れてしまうから、居眠りするにはちょうど良いのかもしれない。

(疲れてるんだろうなあ)

多忙な彼につかの間の安らぎを与えられているのなら、素直に嬉しい。

「なまえさん」

「はい」

呼ばれたから返事をしたのに、それっきり黙ってしまった安室さんを不思議に思って僅かに頭を動かして様子を伺うと、安室さんは目を閉じたままだった。

どうやら寝言だったらしい。

「安室さん、好きです」

「僕もですよ」

どうせ寝ているのならと、小さく呟くと、今まで眠っていたとは思えないほど明瞭な声で返事がかえってきた。

一瞬呆気にとられ、それからじわじわと羞恥心がこみあげてくる。

「寝たふりなんてずるいです…!」

「眠っていましたよ。なまえさんの声で目が覚めたんです」

「…すみません」

「いえ、貴重な貴女からの告白を聞き逃さなくて良かった」

スクリーンの中では潜入捜査官の男が愛車を走らせて派手なカーアクションを繰り広げている。
スクリーンに映し出されている捜査官の車が立て続けに起こった爆発を潜り抜けて道路からダイブした。

「僕も、貴女が好きです」

安室さんが私の肩から頭を離すついでに耳元で甘く囁く。
爆音が立て続けに響き渡ったお陰で、内緒話が他の観客にバレずに済んで良かった。

生死不明かと思われた捜査官の男が無事な姿で現れ、炎上する悪の組織のアジトをバックに歩き去っていくのがラストシーンだったらしく、クレジットが流れ始める。

「全て終わったら、貴女にお願いしたいことがあるんですが」

「なんですか?」

「今は言えません。でも、いつか必ず話しますから、その時はこころよく願いを叶えて下さいね」

「お願いを叶えること前提なんですね」

「ええ、はいかイエスしか受け付けません」

「怖いなあ」

「貴女にとって不利益をもたらすような内容ではないので安心して下さい」

エンドロールが終わり、辺りが明るくなると、さざ波のようなざわめきが巻き起こるとともに、観客達が次々と席を立ち始めた。

「行きましょうか」

空になったドリンクの紙コップを片手に、安室さんがもう片方の手を差し出す。

私はその手に自分の手を重ねて座席から立ち上がった。

安室さんの言った『いつか』が一日も早く訪れるよう願いながら。


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