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「いらっしゃいませ」

頭上で鳴るドアベルの音を聞きながら店内に入ると、穏やかな男性の声に迎えられた。

「どうぞ、こちらのお席へ」

案内されたのは窓際のテーブル席だった。
窓の外には色とりどりの傘の花が咲いている。

「よろしければ、これを使って下さい」

ガラス越しに行き交う人々を眺めながら、ハンカチを取り出そうとバッグの中を探っていると、綺麗に畳まれた純白のタオルが差し出された。

「ありがとうございます」

微かに柔軟剤の優しい香りがするそれを受け取り、何気なく視線を向けて驚いた。

控えめな店内の照明の下でもはっきりとわかる明るい髪色に、なめらかな褐色の肌。
青い瞳に、すっと通った鼻筋、甘い微笑を浮かべた唇さえもが美しい。
とんでもなくハイレベルな美青年がそこに佇んでいた。

「早く拭かないと風邪をひいてしまいますよ」

彼はにっこり微笑むと、ぼうっと見とれていた私の手からタオルを取り上げ、私の濡れた髪を優しく拭きはじめた。

「あ…すみません!」

「いえ、僕のほうこそ余計なお世話を」

「そんな、お陰で助かりました」

髪と同じく濡れた首筋や肩まで手早く拭かれて、恥ずかしい思いでいっぱいになる。
見ず知らずの店員さんに世話を焼かせるなんて、あまりにも情けない。

彼があらかじめ用意しておいたらしい別の新しいタオルを肩に掛けられ、恭しくメニュー表を手渡される。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」

お水のグラスを私の前に置くと、彼はカウンターへ戻って行った。
誰かが頼んだものらしいコーヒーをサイフォンからカップに注いで、迷いの無い足取りでテーブルへと運んでいく。

いけない。
思わず目で追ってしまっていたが、早く注文を決めなくては。

とは言うものの、雨宿りのために入った喫茶店だったので、特別頼みたいものが思いつかない。

「ケーキセットなどはいかがですか」

先ほどの店員さんだった。

少し上体を屈めるようにして、にこやかにメニューを指差す。

「僕のお勧めは、この半熟ケーキです。ドリンクとセットになっているのでお得ですよ」

「えっと、じゃあそれを」

「飲み物はいかがなさいますか」

「ミルクティーでお願いします」

「かしこまりました」

勧められるまま頼んでしまったが、後悔はなかった。
何となく、彼のお勧めにハズレはないという確信があったからだ。

「お待たせしました、半熟ケーキとミルクティーです」

「ありがとうございます」

「では、ごゆっくりどうぞ」

美青年は優雅な口調で言って、また仕事に戻って行った。
てきぱきと働くその姿を眺めながら、ケーキを口にする。
びっくりするくらい美味しかった。

「すみません、安室さん!遅くなりました」

「大丈夫ですよ、梓さん。落ち着いて準備をして下さい」

ドアベルを鳴らして店内に飛び込んで来た若い女性が、急いでエプロンを身に付けている。

では、あの男性は安室さんというのか。

「あの、もし良かったら、これをどうぞ」

安室さんと呼ばれた美青年が差し出したのは、透明な傘だった。

「でも…」

「僕は車で来ているので大丈夫です。今度またいらした時に返して頂ければ構いませんから」

「今度?」

「はい、今度」

屈託のない笑顔を向けてくる彼に他意はないのだろう。
それでも、また会いたいと誘われたようで、私は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。

「是非また来て下さい」

どうしよう。
通ってしまいそうだ。


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