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「エディンバラにはコナン・ドイルというパブがあるんですよ」

紅茶を淹れながら昴さんが言った。
元はコーヒー派だったようだが、今では随分手慣れた手つきになってきている。

「エディンバラ大学で医学を学んでいたコナン・ドイルは、そこで出会った教授をモデルにしてシャーロック・ホームズを書いたと言われています」

「そうなんですか」

「有名な話ですよ」

シャーロキアンの中では、でしょう?と内心苦笑する。
ホームズの話をする時の昴さんはとても楽しそうだ。
本当に好きなんだなとしみじみ思わずにいられない。

「あ、私がやります」

持参したウィスキーケーキを切り分けようと包丁を持った昴さんに言えば、「お願いします」と素直に渡された。
ケーキは慣れてないと切りにくいから、これは私の仕事だ。

ケーキを崩してしまわないように慎重に刃を入れる。

うん、我ながら綺麗にカット出来た。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

紅茶に、ケーキ。
二人きりのささやかなお茶会の準備が整ったところで、いただきます、と手を合わせる。

「これは…バーボンですか?」

「はい。昴さんがバーボン一筋だと言っていたので」

奮発して高いのを買っちゃいました、と言うと、「味わって頂きますね」と笑顔を返された。
バーボンを使ったウィスキーケーキを作るのは初めてだったけど、上手く出来たようだ。
アクセントに入れたレーズンと良く合っていて美味しい。
昴さんもそう思ってくれたみたいで、いつもよりペースが早い。

「美味しいですね、とても」

「昴さんが淹れた紅茶もとっても美味しいです」

「それは良かった」

「コーヒーでも良かったんですよ?」

「貴女は紅茶のほうがお好きでしょう。それに、ウィスキーケーキには紅茶が合う」

時々、昴さんはイギリスにいたことがあるんじゃないかと思う時がある。
なんとなく、だけど。

でも、それを口にしたところで上手く誤魔化されてしまうのはわかっているので、密かに思うだけにしている。

この人には秘密が多い。

「ホームズの本では、紅茶と同じくらいコーヒーを飲む描写が多いんですよね」

「よくご存知ですね。ええ、『バスカビル家の犬』では、推理をする間に大きなポット二杯ぶんのコーヒーを飲み干したと書かれているくらい、コーヒーをよく飲んでいるんです」

「昴さんがコーヒー派なのもホームズの影響?」

「さあ、どうでしょうか」

さりげなく探ろうとするも、笑顔でかわされてしまった。
さすがに一筋縄ではいかない。

「でも、なまえさんが作って下さったウィスキーケーキは大好物になりました」

それでいて、こんな風に持ち上げてくるのだから、昴さんはずるい。
こんなの、好きになっちゃうに決まってるじゃないですか。


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