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昨日は大寒。
一年で一番寒い日のはずなのだが、3月中旬頃の暖かさだとワイドショーで報じられていた。

確かに朝は冷えたが、日中はそれほどでもなかった気がする。

昨日はセンター試験の二日目だったから、受験生にとっては寒過ぎなくて試験に集中出来たのではないだろうか。

まあ、私も他人の心配をしている場合ではないのだが。

「おはようございます、なまえさん」

「おはようございます、安室さん」

白い息を吐きながらポアロに入ると、すぐに安室さんに出迎えられた。
今朝も彼は美しい。
輝くような笑顔を向けられて眩しさすら感じた。

「いつもの席でよろしいですか?」

「はい、お願いします」

暖かい店内に入ったことで寒さで強張っていた身体から余計な力が抜けていく。
朝イチだからか、お客さんはまだ一人しかいない。
いつも私が座る特等席は空いていたので、安室さんはそこに案内してくれた。

「ご注文はお決まりですか?」

「はい、ハムサンドとミルクティーで」

「かしこまりました」

水のグラスを置いた安室さんがカウンターに戻って行ったのを見送り、私はバッグの中から教材を取り出した。
現在、職場でスキルアップするための勉強中なのである。
この資格が取得出来ればお給料も増えるし、何より出世が見込めるというのが大きい。

「頑張っていますね」

ハムサンドとミルクティーをテーブルに置きながら安室さんがにこにこと微笑んで言った。

朝早めに家を出て、自宅近くのこのポアロで資格取得のための勉強をしてから出勤するのが最近のルーチンになっていた。

「お給料アップのためですから」

「合格したら、是非お祝いをさせて下さい」

「ポアロで?」

「いいえ。夜景の綺麗なレストランを予約しますよ」

「それだとデートに誘われてるみたいですよ」

「デートに誘っているつもりなんですが……ダメですか?」

「ダメだなんて、そんな!」

「じゃあ、決まりですね」

あたふたする私に、安室さんは相変わらず真意の読めない完璧な笑顔で言った。
ミルクチョコレート色をした大きな手が、テーブルの上にあった私の手にそっと重ねられる。
そのまままるで誘惑するみたいに、しなやかな指で中指の背をゆるりと撫でられた。

「僕らの初デートのためにも、お勉強、頑張って下さい」

安室さんはそう言ってカウンターに戻って行った。
言い逃げはずるいと思います。

お陰で、この日は勉強に身が入らないまま出勤するはめになった。

デスクを見れば、メモが幾つか貼り付けられている。

《この仕事17時までにお願いね》

《提出された書類に誤りがありましたので即時修正お願いします》

《取引先より納期についての確認がありました。折り返しご連絡下さい》

「…はあ」

溜め息をついた私は、何とか気持ちを切り替えて電話を手にした。

「約束ですからね、安室さん」

こうなったら、絶対資格取得して出世してやる。

それで、夜景の綺麗なレストランで安室さんと食事をするのだ。

もちろん、そのあとは大人の時間ということで。


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