「すまない。その日は先約があるんだ」

本当に申し訳なさそうな顔で彼がそう言うものだから、ああ、やっぱり言わなければ良かったと私は心の底から後悔した。
こんな風に勇気を振り絞って自分から一歩踏み出したときに限っていつも上手くいかない。

「い、いいよいいよっ、全然平気だから気にしないで! そっか、そうだよね当たり前だよね。なんかもう本当にごめん」

「赤司君!」

彼が何か答えようとする前に彼を呼ぶ声がした。
ピンクの髪のあの子だ。
スケジュールが書かれているのだろうバインダーを胸に、彼女は私に「話し中にごめんね」と申し訳なさそうに謝ってから彼に向き直った。

「今度の日曜日のことなんだけど、待ち合わせ11時でもいい?」

ああ、そういうことだったのか。

何もかもはっきりして逆に気持ちがすっきりした。
自分でも誰かの役に立てるのだと、誰かに必要として貰える人間になれるんだと、ようやくそう思えるようになってきていた。
でも、そんなのは勝手な思い込みに過ぎなかったのだ。
そう思い知らされた気分だった。

彼が自分に向ける優しさを、特別な好意だと勘違いしてしまっていた。

気が付いたらその場から逃げ出していた。
自宅に帰りつくと、堪えていた涙が一気に溢れ出した。
袖口で目元を拭ったけれど、後から後からボロボロと溢れてきてキリがない。

初恋は実らないって本当だったんだ。
ポケットの中で振動している端末を取り出すと、そこには彼からのメールが並んでいた。

《落ち着いて話し合おう》

《頼むから電話に出てくれ》

そんな言葉が並んでいる。
まるで恋人に一方的に別れを切り出された男からのメールのようだが、実際には失恋したのはこちらなのだ。
そう思うと、よりいっそう惨めな気持ちになった。
再び電源をオフにして枕元に端末を放り出し、ころんとベッドに寝転がる。

どこか……そう、誰も知らないどこか他の村に行こう。
そしてそこで新しくやり直すのだ。

幸い、お金持ちというほどでもないけど貯金はそれなりにあった。
せっせと虫採りに励んだお陰だ。

行動は早いほうがいい。
全てが勘違いだったと分かった今では、恥ずかしくていたたまれなくなる内容のメールが満載された端末も、丁度良い機会だったので新しい物に買い換えることにした。
黒歴史の塊と化した前の端末は、厳重に封印した上で引越し用段ボールの奥にしまいこんだ。
どんどん荷物を詰め込み、引越し業者に連絡してすぐに手続きを行う。


私はその日のうちに村を出た。



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