早朝。 布団と枕が生み出す心地よい眠りに浸っていると、唇に柔らかい感触が押し当てられるのを感じた。 目を開ければ、鮮烈な色をした赤い髪と端正な顔立ち。 七海の旦那様だ。 「ごめん。起こしたね」 軽く頭を撫でられ、耳元で小さな声で告げられる。 「まだ眠っていていいよ。ちょっと走って来る」 「ん…行ってらっしゃい…」 寝ぼけまなこのまま言えば、もう一度キスが降りて来た。 既に支度を整えていた赤司はそのまま部屋を出て行く。 彼はバスケを辞めてからも習慣としてほぼ毎朝ランニングをしているのだ。 旦那様は寝ていていいと言ったが、そうもいかない。 布団の誘惑を断ち切って起き上がり、とりあえず顔を洗って部屋着に着替える。 ランニングから帰って来たらシャワーを浴びるはずだから、浴室から出て来る頃には朝食の支度を終えておきたい。 今朝は対局前ということもあり、彼の好物の湯豆腐にすることにした。 それに京都のおばんざい風の惣菜を幾つか添えて、後は炊きたてのご飯。 和食好きの赤司のために色々勉強したお陰で大分レパートリーも増えた。 「ただいま、七海」 「お帰りなさい」 タオルで汗を拭きながら戻って来た赤司は「寝ていていいと言ったのに」と苦笑した。 少ししてシャワーから出て来た彼は、シャツにチノパンという恰好で食卓についた。 「今日も美味しいね」 「本当?」 「ああ。七海が作るものはどれも俺好みで美味しいよ」 新婚ならではの甘い会話を繰り広げながら食事を済ませた後は、和服に着替える赤司を手伝い、必要なものを準備する。 「じゃあ、行って来るよ」 きっちりと和装を着こなした赤司が微笑んで言った。 和服の彼を見るのは初めてではないが、見るたびに惚れ直してしまう。 今日はテレビ局で将棋トーナメントがある日だ。 放送そのものは午前10時半から始まるが、最低でもその30分前には現場に到着していなければならない。 外で待たせている車に乗るために家を出る彼を、玄関の外まで出て見送った。 「行ってらっしゃい」 「行って来る。良い子にして待ってるんだよ」 目の前でちゅっちゅと、行って来ますのキスをする夫婦の姿は、運転手は既に見慣れた光景だった。 |