「ああ、問題ないよ。俺もなまえも大丈夫だ」

幸村の冷静な声が聞こえてくる。
電話の向こうの話し相手は跡部景吾だ。

いまは跡部主催の有志による冬期合宿の真っ最中。
午後から山の中でファルトレクを兼ねたオリエンテーリングが行なわれていたのだが、突然の雷雨に見舞われて、幸村と二人、近くにあった山小屋に避難したのだった。
低気圧の影響範囲が微妙にズレたことでこの雷雨となったらしい。

それにしても、山の裾野から山頂まで一山まるごと跡部家所有の合宿施設なのだというから凄い。
高校生になっても彼の突き抜けた王様ぶりは相変わらずだった。

「──分かった、次の連絡は明朝ということで」

電話を終えた幸村がなまえを振り返る。

「このまま動かずに、この管理小屋で一晩待機することになったよ。もう暗いし、この雷雨の中、山道を歩くのは危険だからね」

幸村の判断は正しい。
雷が鳴っている以上、歩いて山を降りるのは危険だ。

「小屋の中にある物は自由に使っていいそうだ」

「あ、良かった。毛布とかレトルト食品を見つけたんだけど、使っていいか迷ってたから」

「さすがだね。俺達のマネージャーはしっかり者だ」

「幸村くんこそ。頼り甲斐があって、さすが私達の部長だよ」

「ありがとう。でも、そう素直に褒められると照れるな」

「あ、幸村くん、先にシャワー浴びて。服は乾かしておくから、出たらこれ巻いてね」

毛布を渡せば、幸村は困ったように微笑んだ。

「シャワーなら、君を先にと思ってたんだけど」

「ダメダメ、マネージャーとして選手であり部長でもある幸村くんの体調への配慮を優先します」

「じゃあ、俺にも部長として大事なマネージャーの身体を気遣わせてくれないか」

「いくら部長命令でもこればかりは退けないよ。さあ、早く温まってきて」

「…わかった。なるべく早く戻るから」

「私なら平気。しっかり身体を温めてきて」

幸村の広い背中をぐいぐい押してシャワールームへと連れて行くと、彼は渋々といった風に了承してくれた。

少しして水音が聞こえてきたので、安心して食事の準備にかかる。
ガスコンロに水を入れた鍋を置いて火をつけ、その中に湯煎で温めるタイプのレトルトシチューとご飯のパックを入れておく。
クリスマスイブの夕食としては侘しい限りだが、仕方がない。
せめて冷凍の唐揚げでもあれば良かったのにと思いながら、幸村の濡れたジャージをハンガーに掛けて吊るした。

「待たせてごめん」

「ううん、大丈夫」

程なくして戻ってきた幸村に、ぐつぐつと音をたて始めた鍋を任せて、シャワールームに向かう。

湯船に浸かるのならともかく、シャワーだけでは身体を温めるまでには至らなかった。
しかし、汗と埃を洗い流せただけでも良かったのかもしれない。

「お帰り。もう食べられそうだよ」

部屋に戻ると、幸村は暖炉の前にマットレスを引っ張り出してきて、そこにありったけの毛布を持って来ていた。
その前には、湯煎で温めたレトルトのご飯とシチュー。

「おいで」

毛布にくるまったなまえは、おずおずと彼の隣に腰を降ろした。

「こういうの、何だかちょっと照れちゃうね」

「俺は嬉しいよ。なまえと二人きりでイブを過ごせることになって」

ちょっと不謹慎だったかなと眉を下げた幸村に、なまえは首を横に振って微笑んだ。

「私も幸村くんとイブを過ごせて嬉しい」

「ありがとう」

「クリスマスディナーにしてはちょっと寂しいけど、食べようか」

「そうだね。いただきます」

夕食をお腹に収めたあとは、暖炉の前に二人並んで座って話をした。
テニスのこと。他の部員達のこと。
育てている花のことなど。


人肌の温もりと炎の爆ぜる音に、ふと目が覚める。
目を開けると、すぐ傍に整った横顔があった。
やや勢いを衰えさせながらもまだ暖炉の炎は燃え盛っていて、薄暗い小屋の中を照らしている。
雨が窓を叩く音も相変わらずだ。

薪が燃える音と、雨音と、二人分の呼気だけが響いている。

幸村の肩に毛布を引き上げようとして、なまえは左手の薬指に指輪が嵌められていることに気付いた。

「これ…」

「クリスマスプレゼントだよ」

寝ているとばかり思っていた幸村が目を開けて微笑む。

「なまえが寝ている間に嵌めておいたんだ。起こさないようにそっとね」

上手くいっただろうと笑う彼に、なまえは身体をすり寄せた。

「チェーンがいるね。いつもは指に着けておけないから、ネックレスにして身に付けられるように」

「そう思って用意しておいたよ」

幸村がどこからか銀色の細いチェーンを取り出してみせたので、なまえは凄いと素直に感動した。

「魔法使いみたい」

「魔法使いもいいね。俺はなまえの王子様でいたいけど」

「幸村くんは私の王子様で魔法使いだよ」

「では、可愛い俺のお姫様。そろそろキスをしてもよろしいでしょうか」

「…うん」

恥ずかしそうに目を閉じたなまえの唇に柔らかい感触が重ねられた。

「もう一回、いい?」

「…うん」

どうなることかと思ったけれど、これはこれで素敵な想い出に残るクリスマスかもしれない。


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