待ち合わせ場所に先に着いて居た安室さんは、ダブルボタンの白のショート丈Pコートと、チェックのマフラーにブラウンのリュックという格好だった。
この組み合わせがこれほど似合うのは女子高生と安室さんくらいのものじゃないだろうか。
モニュメントを背に佇むその姿は、ただひたすらに美しい。

「なまえさん」

そんなことを考えていたら安室さんに見つけられてしまった。
もう少し心の準備をしたかったのだが、眉目秀麗なプライベート・アイは笑顔で容赦なく歩み寄って来る。

「こんばんは。いつも可愛いですが、今日は特別綺麗ですね」

出会い頭にいきなり殺しにかかってくる安室さんに、顔が赤くなるのを抑えられない。

「そんな…安室さんのほうこそ素敵です」

「そう言って貰えて嬉しいですよ。あなたとのデートなので気合いを入れて来ました」

冗談めかして言うけれど、本当にカッコいい。
どうしよう。これでは心臓がもたないかもしれない。

「では、行きましょうか」

さりげなく手を取られてエスコートされる。
まだデートは始まったばかりだというのに、もう既に心臓がばくばく鳴っている。
この調子だとデートが終わるまでに止まってしまうんじゃないだろうか。
頑張れ、私の心臓。


あまり気取らないで入れる店がいいと希望したので、夕食は近頃女性客に人気があるというイタリアンに決まった。

「どうぞ、なまえさん」

「ありがとうございます」

安室さんが椅子を引いて座らせてくれる。
自身もコートを脱ぎ、慣れた様子で椅子に座った安室さんを見て、もしかして以前にも来たことがあるのではないかと思っていたら、疑問が顔に出ていたらしい。

「なまえさんに恥ずかしいところを見せずに済むように、下見に来ていたんです」

にこにこと邪気のない笑顔で言われてしまえば、そうなのかと納得するしかなかった。

間違っても他の女の人と来たことがあるんじゃないですかとはとても聞けなかった。

「僕はナターレコースにしますが、なまえさんはどうします?」

「あ、私も同じもので」

「では、注文しますね」

店員さんがやって来てオーダーをとっていく様子を眺めながら、いったいどれくらいの数の女性達がこのシチュエーションを夢見ていただろうと考える。

少なくとも安室さん目当てでポアロに通っている女子高生達は、彼とクリスマスを過ごす妄想をしていたはずだ。

「いただきます」

「いただきます」

運ばれてきたクラシカルなズワイ蟹のサラダを食べながら、夢を見ているようだと思った。

続いて出てきた小海老とマッシュルームのクリームスパゲッティを、安室さんは美味しそうに食べている。
どうしてよりによって私なんかに付き合ってくれたのかは未だに謎のままだが、せっかくだから食事を楽しもうと、パスタをフォークに巻き付けた。


「美味しかったですね」

デザートのクリスマス期間限定ドルチェを食べ終えた安室さんが満足げに微笑んで言った。

「はい、凄く美味しかったです」

「それを聞いて安心しました」

食後の紅茶を飲みながら、他愛のないお喋りを楽しむ。

そうしている内に、ちょうど良い時間になった。

「そろそろ出ましょうか」

スマートにお会計を済ませてしまった安室さんにお礼を言って、二人で店を出る。

暖かい格好をしてきたつもりだったけど、外の冷え込みは予想以上だった。
夜になって更に気温が下がってきたようだ。

「大丈夫ですか?」

安室さんが冷たくなった私の片手を取って、ポケットに入れてぎゅっと握った。

「こうすれば少しはましでしょう」

「はい…あったかいです」

イルミネーションが輝く並木道を並んで歩く。

「まだ信じられません」

親子連れとすれ違って、微笑ましい家族の姿を目にしながら安室さんが言った。

「なまえさんと一緒にクリスマスを過ごせるなんて、まるで夢のようだ」

「えっ」

「僕がずっとアプローチしているのに、なまえさんときたら全くつれない素振りで焦っていたんですが、この様子なら脈がないわけではなさそうですね」

「あ、安室さん?」

「今日は本気で口説きにかかりますので覚悟して下さい」

「あの……お手柔らかにお願いします」

「さあ、そんな保証は出来かねますね」

イルミネーションの灯りを映してキラキラと輝くスカイブルーの瞳を見つめながら、私はいまから狩られる獲物になったような気がしていた。
本気になった安室さんに、いったい誰が敵うと言うのだろう。


「あなたのことが好きです、なまえさん」


その夜は、とても寒かったはずなのに、かつてないほど熱く感じられる一夜となった。


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