骸達がイタリアにおける拠点としている、湖水地方にある古城。
古めかしい外観に似合わず、その内部には最先端の技術が取り入れられている。
骸が日頃情報収集に使っているネット関係もそうだし、なまえがいま入ろうとしているバスタブを満たしている湯も、硬水を軟水に変える装置を通したものだ。

乳白色の湯の中には先客がいた。
先に身体を洗い終えて湯に浸かった骸が、なまえに向かって両腕を広げて待っている。
彼に誘われるまま、なまえはまごつきながらもバスタブの中に入って行った。
その身体はすぐに後ろから抱きしめるようにして男の大きな身体にすっぽりと包み込まれる。
日本から取り寄せた入浴剤のお陰で湯の中は見えないものの、ぴたりとくっつかれると生々しい感触が伝わってきて恥ずかしい。

「まだ恥ずかしいんですか?」

身じろぎしたなまえの耳元で艶っぽい含み笑いが響く。
もう10年を超える付き合いになるというのになまえがまだ恥じらいを捨てきれないのは、ひとえにこの男の容貌ゆえだ。
魔性の美とも呼ぶべきこの美貌には、何年経とうが慣れそうにない。

「もう数え切れないほどセックスもしているのに?」

「骸のばかばか!」

「クッ…すみません、君があまりにも初心なままだから、つい……ククッ」

その肩は堪え切れない笑いのせいで震えている。
なまえは真っ赤になってぽかぽかと厚い胸板を叩いた。

「もうっ、知らない!」

「すみません。機嫌を直して下さい」

ほら、と骸が差し出した手の平に雪の結晶が現れる。

目をぱちくりと瞬かせたなまえの前でそれはふわりと舞い上がり、どんどん数を増やしていった。
やがて、キラキラと輝きながら舞い降りてきたそれを、骸がなまえの手を掬うようにして上向かせた手の平に乗せてやる。

「綺麗…これも有幻覚?」

「ええ。こんなのはいかがです?」

キラキラと輝いていた結晶が雪へと変わり、上から降ってきて浴室の床にうっすらと白く積もっていった。

「すごいね。お風呂の中で雪が見られるなんて思わなかった」

「これくらいならお安い御用ですよ」

「雪だるま作れる?」

「出来ますが、やめておきましょう。君が風邪をひいてしまうといけない」

「そっか、寒さは感じるんだもんね」

「ご機嫌は直りましたか、お姫様」

「骸にかかると魔法みたいに怒る気がなくなっちゃう」

暗く冷たい水の中で彼が過ごした孤独な時間を思うと、どうしても甘くなってしまう。
今は幸せでいて欲しいから。

多少の気恥ずかしさはあるものの、二人きりでゆっくり過ごせるこの時間がなまえは好きだった。

「それは良かった。せっかくのナターレの夜に喧嘩するのは悲しいですからね」

「骸は本当にイベント大好きだね」

今日は朝から大変だった。
クリスマスだ、ナターレだとはしゃぐ犬に合わせて、ご馳走を作って皆で食べたり、ゲームをしたりして一日中遊び倒したのだ。

お陰で犬達はいつもより早く寝てしまい、後片付けを手伝ってくれた骸と二人、やっと静かな時間を過ごせるようになったのである。

トントントンとノックの音がして、「骸様」とクロームが呼びかける声が聞こえてきた。

「構いません。入りなさい」

ドアが開き、トレイを捧げ持ったクロームが入って来る。

トレイの上には、チョコレートケーキの皿とフォーク。

「犬達には秘密ですよ。これは僕のお気に入りのショコラティエの特製ケーキなんです」

一緒に食べましょうと誘われて、なまえは後ろめたさを感じつつも頷いた。

「はい、あーん」

骸が差し出してくるフォークに刺したケーキをぱくりと食べる。
チョコレートにかけてはこだわりのある骸お気に入りというだけあって、とても美味しい。

「僕にも食べさせて下さい」

長身の美青年(しかも全裸だ)におねだりされて、なまえは少し照れくさく思いながらも骸の口にケーキを運んだ。

「Buon Natale,なまえさん」

「Buon Natale,骸」

お風呂から上がったら、となまえは考える。

寝室に隠しておいたプレゼントを渡さないと。

でも、いまはまだ、もう少しだけこの温かい湯に浸かっていたい。


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