遊戯王小説 | ナノ

誰もいない決闘箱[デュエルボックス]
そこに映し出される幻想の魔物たち
見つめているのは独特な髪形をした少年
広い部屋の中に魔物たちの雄叫びは虚空の中で響いていた






好敵手





「貴様、ここがどういうところかわかっているのか?」
「KC関係者以外立ち入り禁止の社長室だろ? だが、モクバに許可は取ってるから問題ないぜ」

 来客用の一対のソファ。そこに座る少年は不敵な笑みを浮かべ、声をかけてきた主を振り返る。
 彼に声をかけた人物――海馬瀬人は実に不機嫌極まりない表情で少年――《遊戯》を見下ろす。ふんと鼻を鳴らした。


「そんなこと、オレが知ったことではないわ。オレが聞いているのは、なぜ貴様が今ここにいるかと言うことだけだ」

 部屋にかけられている時計は午前9時。さらに、今日は平日の水曜日と来ている。社長の仕事が忙しい海馬とは違い、決闘以外はごく普通の高校生な武藤遊戯がこのような場所にいることがおかしい。
 おまけに、表に出ているのが決闘の時以外滅多に現れない《遊戯》ときている。普段散々決闘しろといっても現れない彼がこうやすやすと自分の前にいるのはなんとも腹立たしいく思いながら、海馬は《遊戯》の脇を通り過ぎて社長席へとふんずりかえった。

「別段意味はないが、少し貴様に用があってな」
「なに?」

 海馬はじろりと細めた目線を遊戯に向ける。一般人が向けられればそれだけで凍り付いてしまうほどの視線だが、向けられる《遊戯》は何食わぬ顔。ソファに深々と腰掛け、優雅に脚を組み直す。

「一ヵ月後、エジプトへ行くことが決まった」

 前置きもなく、唐突に彼の話は始まった。

「お前がニヶ月間海外に行くとモクバから聞いて、相棒が今のうちに行っとけと言うもんだから来たんだ」
「ふん、それがどうした。オレには関係のないことだ」

 くだらんと、海馬は《遊戯》の言葉を切り捨てる。デスクのパソコンを立ち上げ、書類をアタッシュケースから出して作業し始めた。《遊戯》との会話を続ける余裕がないくらい時間が惜しいのだろう。
 そんな海馬の様子に《遊戯》少しだけ嬉しそうに笑う。無論、海馬には見せないように。
 確かにと、彼の言葉を容認した。

「お前には関係ないことかもしれないな」
「ならばすぐにでもこの部屋を出て行け。オレは貴様と違って忙しいのでな」

 規則的にキーボードを叩く音と書類を捲る紙の音。海馬は《遊戯》の存在自体を思考の他所へと追いやり、仕事の体制へと入った。
 どこまでも彼らしい様子に《遊戯》またも少しだけ笑い、組んでいた足を解くゆっくりと立ち上がる。海馬のデスクの前まで歩み寄ると、座っている彼を見下ろした。海馬の視線はいまだパソコンの液晶へと注がれている。

「こんな部屋、すぐにでも出て行ってやるよ。ただし、言うことは言ったそのあとでだ」

 少しだけ海馬の視線が《遊戯》へ向けられる。それを待っていたかのように、《遊戯》は口角を上げてイタズラっぽく笑ってみせた。

「これからも“武藤遊戯”をよろしくな」

 キーボードを打っていた海馬の手がぴたりと止まる。完全に《遊戯》を見上げる。怪訝そうに眉にシワを寄せ、彼を睨む。

「貴様、言っている意味がわからんぞ」
「わからなくてもいい。オレが言いたかっただけだ」

 そう言うと《遊戯》は機微を返して部屋の出口へと足を向ける。彼のたてる靴音が、作動されたままでいた決闘箱で動く魔物たちの咆哮の中に溶ける。
 海馬の視線は依然《遊戯》に注がれた。
 部屋の出口前で、ふと《遊戯》の歩みが止まる。一瞬だけ後へ首を動かし、しかし完全に振り返ることなく声を発する。

「じゃあな、海馬」

 そう言葉を残し、《遊戯》は扉の向こうにへと消えていった。社長室はいつもの静けさが戻ったが、使用者が動き出す気配はしない。
 あまりに突然に、しかもわずかな時間での会話。それが、もう一人の《武藤遊戯》と海馬瀬人の最後の会話となった。





好敵手とは友であり敵であり、互いの何よりの理解者。
《遊戯》の残した言葉の波紋は、海馬の心をただ静かに揺らしていた。





2011/08/27
2013/01/20修正




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