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 世界の端、キュビ半島に唯一築かれた町をティアは、こぎれいな衣服に身を包んだ少年と少女を両手其々に繋いでまるで兄弟か親子の様に仲良く歩む。彼女たちの背を見つめながらルークは小さく息を吐いた。
 バチカル港から出て2日。そして島に上陸して数時間。その間中突き刺さる視線。好奇なものから憎悪まで、様々な思いがぶつけられる。
 無理もない。ここはレプリカの町で、住まう人々の多くがレプリカなのだから。それも数年前の戦いの際、このキュビ半島の塔へたどり着いたものたちが殆どだ。
 そしてルークは、図らずも彼らを否定して被験者に味方した同族。
 あの時約束を交わしたレプリカは、瘴気という名の星の毒素を消滅させる際にその身を音素へと乖離させた。ルークが殺した、と言っても過言ではない。それが本来の意味を持たないとしても。
 だから、良く思われていないことはルークとて最初から覚悟していた。が、ここまで露骨だとは思いもしなかった。
 バチカルにいた際、ルークはキムラスカ内の施設や就職先へは何度か訪れたことがあった。だがこんなことはなかった。純粋な笑顔を向けていた。時折眉を顰めるレプリカもいたが、それ以上は何もしてこなかった。
 今思えば被験者の中にいるからこそ、彼らはルークに対して憎悪を向けることをしなかったのかもしれない。もしくはそれほどの被害を受ける前に保護され、左程ルークに興味を持っていないのかもしれない。
 どちらにしても今まで被験者から浴びせられていた視線を同族から向けられるのはなかなか辛い。
 ただ、ルークへ向けられている感情がはたして“レプリカ・ルーク”へ向けられているのかは定かではなかった。何せルークの容姿が赤毛で緑の瞳と言った非常に珍しい色で、その組み合わせが戦いで中心となった二人の“ルーク・フォン・ファブレ”のどちらかという事だけが他者へ分かるのみだったからだ。
 ということは被験者・ルークであるアッシュか否かは判断できないのだ。となれば当然、アッシュへ向けられるべき憎悪も合わせて受けている、ということになる。二人分の感情を一人が受けるのは精神的にこたえる。やはりバチカルで使用していた忍びで城下へ行く際に使っている外套を持ってくれば良かったかと今更ながらに思う。しかしもどうにもならない。バチカルは遥か彼方で、船にも町にも頭まですっぽりと覆える外套などそう都合よく売られてなどいないのだから。
 何度目かのため息を付いたルーク。彼の中には現状をずっと耐えられる自信が今のところ見つからなかった。

「ほら、レムの塔よ」

 突然したティアの声。つられて見上げた先には、雄幸たる建造物が聳えていた。
 レムの塔。この島で最も古く、創世記時代に建築された塔。壮大なそれは天高く伸び、圧巻と言わざるを得ない。頂上は相変わらず雲がかかり、その片鱗すらうかがうことができない。
 ちなみに、現在この塔が半島の保護施設としての機能を果たしている。もとより半島にレムの塔以外に建造物が無く、レプリカたちが塔内に留まっていたこともあるが、もともと星の外へと行くための機体というだけあってある程度生活空間も確保できていたおり、おまけに塔内の魔物を駆除さえすれば外からの侵入を拒むことも可能な、言ってみれば要塞のような建物だっためだ。生憎完全な要塞と言えるまでの機能は備えてはいなかったが、防犯という面からみても魅力的な建物であった。
 だからこそ塔は施設として機能し、今日まで至っている。

「随分かかったな……」

 これまでの道のりを思い出し、ルークがぽつりと零した。
 船旅はよかった。客船による簡素だが安全かつ平穏なもので、そこにさえいれば目的地に付くのだから。問題は塔までの道のりだ。半島には塔を施設として運用する際に整備された港がかなり離れた海岸沿いに造られたこともあり、塔に行くまで当分の間歩かなくてはならない。馬車という手もあるが、生憎ルークたちは飛び入り客。便利なものには先約があり、徒歩を余儀なくされた。街道が整備されているだけましだし、別段歩くことが苦になるルークではないが浴びせられる視線に疲弊するなという方に無理があった。

「ほらルーク、早くしないと日が暮れるわ」

 太陽は水平線上に沿い始めた。そろそろ日暮れ時。目的地である塔へはもう少しかかる。日が完全に暮れる前には行きつきたいのだろうティアは、遅れ気味なルークを呼ぶ。そんな彼女に、ルークは力ない返事を返した。
 その後暫く、ティアたちの歩幅一つ分後ろをルークは無言で付いていく。何やら会話を楽しむ三人から目をそむけ、少しだけ周りに意識を向ける。視線ばかりに気を向けていたが、この町は中々に美麗だった。
 家々は短期間で作られたためか木造の簡素な作りをしたものが殆どのようだが、扉などに施された模様や窓にはめ込まれた硝子は色彩豊か。この町を建設するに当たり、その任に付いた技術者がなした技であろう。荒んだ心に温かさを、という思い出も込められている、そんな雰囲気を持っている。
 音機関が機能を低下させている今日、この手は別段珍しいことでもない。ルークも以前訪問した町々でいくつか目にした。建物自体に華美な細工は出来ないが、せめてとの悪足掻きの様にも見えなくもない。それでも美しいと思うのが人だろう。

「大丈夫? 顔色が悪いわ」

 いつの間に歩みを止めていたのだろうか。ルークを振り返るティアは少しだけ目元を厳しくしていた。

「大丈夫だって。それより早く行こう」

 安心させるためか、ルークは目元を和らげる。
 彼女はわかっているのだ。ルークに向けられる視線の意味と、それを受け取る彼の心情が。
 いや、分かると言うより知っていたのだろう。だからバチカルで彼女たちに付いていくと言った彼を止めた。しかし今は引き返せとも帰れとも言わない。それもやはりバチカルで言った言葉の所在だろう。
 ティアの右側を通り過ぎ、先へと進んで行くルーク。そちら側の手を繋いでいた少年が通り過ぎざまに見上げていた。

「おにいちゃん、いたいの?」

 ティアの右手を引き、少年が尋ねる。目ざとい子だ。ルークの様子に異変を感じたのだろう。それでなくともルークへ向けられた視線を自分のものだと受け取ってしまっているのに。
 ティアは一度膝を折り、少年と少女をいっぺんに抱きしめる。

「大丈夫よ。ルークは強いから」

 それはまるでティア自身に暗示をかけているよう。
 ルークは強い。しかし同時にひどく脆く弱い。身体な問題ではない、精神の話だ。
 だけど彼は逃げない。逃げるすべを知らない。それは彼があの戦いの最中で身に着けた一種の自己防衛のようなものであったが、それをティアはあまり快く思っていなかった。それでも彼が選んだ道を見守り続ける、そう誓った。だから自分もと、再び立ち上がったティアは少年たちを連れてルークを追いかけ、その背の先へと進んだ。

「ティア、久しぶりだな!」

 太陽が地平線へと沈み切る前に何とか辿り着いた塔。先頭のティアに反応して自動的に開いた扉の向こうにいたのは、妙にテンションの高い男だった。
 灰色と、少しだけ青みのかかった独特の髪。肩のあたりまで伸ばしたそれを後ろでひとくくりにしている。深緑の瞳は海底を思わせ、象牙の様に白い肌と合わせてひょろ高い身長。どことなく雪深い場所に住まう人の特徴と類似している。
 あまり衣服に頓着しない性格なのだろう。ぞんざいな扱いを受けたシャツが寄れて皺になっている。そして、袖の合間から見られた腕輪で彼がレプリカであることが言わずとも確認できる。
 人懐っこいのだろうか。屈託のない笑顔を見たルークは、第一印象でそんな風に彼を見た。

「久しぶりね、ルイス。元気そうで何よりだわ」

 ルイス、と呼ばれた男はティアの左右に連れられた少年と少女へ膝をついて視線を合わせる。
 きょとんとした様子でルイスを見上げる少年に対し、ティアの後ろへ隠れてしまった少女。認可が下り、ここに来るまでの間に随分とティアに懐いている。服の裾を握る手は信頼の証とでも言おうか。
 それに、今では少年よりも少女の方がティアへの依存度が高い。最初あれほど警戒していたのに、慣れれば案外人懐っこい性格なのかもしれないとルークは思っていた。

「この子たちかい? 新しい子って言うのは」
「えぇ、そうよ。ネロとビアンカ、挨拶は?」

 少年をネロ、少女をビアンカと呼ぶティア。二人の新しい名前は彼女がつけたものだ。
 保護されたレプリカは殆どが名を持たないため、基本的には保護した施設の職員が適当な名を与えるのだが、時たまティアの様に外部の者――正確には彼女は部外者ではないが――がつけることがある。今回もその例に当てはまっていた。
 由来は、ティアが幼いころに読んだ児童書の主人公である兄妹からだそうだ。数々の困難を乗り越えていくその兄妹の姿を二人に重ねたのだろう。どんな局面でも二人で切り抜けてきた少年と少女に。
 与えられた二人は当初は困惑していたが、日が経つにつれて慣れていき、最終的にはその名をとても気に入っている。ネロに至っては出会う人で会う人に名乗っては自慢をしていた。
 そんな二人はそろって彼女を見上げ、ルイスへ向き直った。

「はじめまして!」
「……はじめまして」

 元気よく、抑揚のない大声で幼子独特の挨拶をしたネロに対し、ビアンカはぼそりと呟くだけ。可愛げのかけらもない。ティアの背から覗かせる瞳は警戒の色に染まっていた。

「おう、よろしくな」

 ルイスはにかりと歯を見せて笑うと、両手其々で二人の頭を撫でる。いや、正確には撫でると言うよりはわし掴みで動かしているだけの様だ。反動で二人頭が大きく揺さぶられている。

「ルーク、彼はルイス・エンディアでここの副責任者よ。それでルイス、彼がルークよ」

 後ろに立ったまま控えていたルークにルイスを紹介し、またルイスにルークを紹介する。そこで初めて気が付いたのか、ルークを視界に入れたルイスは途端に目の色が変わった。冷たい、氷の様な瞳だ。
 ルークは背をぞくりと震わせる。

「へー、あんたが」
「は、はじめまして」

 籠りながら何とか挨拶だけ絞り出した。
 ルイスはルークを頭の先からつま先まで、まるで品定めをするように視線を動かす。何とも居心地の悪い。
 最後にまっすぐルークを見つめ、そして視線を外した。

「まあ、ヨロシク」

 握手するわけでも抱擁するわけでもなく、ただ淡々と挨拶だけを済ませた、という感じ。ルークに対して良い印象を持っていないことは確かではあるが、とりあえず罵声を浴びずに済んだと一安心したルークはそっと胸を撫で下ろす。

「それよりルイス、レニは今どこにいるか知ってる?」
「レニ? 確か自分の部屋だったような……」
「そう」
「行くなら途中まで送るよ。どうせ俺も上に用があるから」

 そう言い、彼は奥の昇降機へと乗り込んだ。ティアを含める4人にも促し、全員が乗り込むと昇降機は上昇し始めた。
 半透明な昇降機の中は子供の好奇心を揺さぶるのだろう。ネロとビアンカは興奮の度合いこそ違えど、同じ色の瞳を輝かせては壁の傍まで寄り、下を覗き込んでいる。あまり近づくと危険だと諌めるティアの隣、ルークは彼女とルイスを横目で見つめた。
 ティアと親しげなルイス。その様子を伺いながら、ルークは物思いにふける。彼には、この数日の中で不思議に感じていることが一つだけあった。ティアに対するレプリカたちの態度だ。
 彼女はユリアの子孫だが、同時に世界を震撼させたヴァン・グランツの血縁者でもある。前者に対しては情勢を鑑みて伏せられているが、ティア・グランツがヴァン・グランツの縁者であることは抑えることが出来ずに世界に広がっている。そのせいで彼女が被験者たちに心にないことを浴びせられていると聞く。それなら当事者であるレプリカたちからは、下手をすればルークよりも更に強い憎悪を向けられてもおかしくない。だというのに、レプリカたちが彼女へ向けるのは信愛や敬愛といったプラスの感情。どこにも負をおっていない。そのことに、なぜだろうとルークは単純に疑問を持っていた。だが、この場で聞けるはずもなく、結局沈黙を続けるにとどまった。

「おっと、ついたな」

 レムの塔、その中階。生活領域となっているフロアに付くと、音もなく緩やかに動きを止めた昇降機。出入口となる場所が静かに開く。
 導かれるように外へと全員が足を進め、全員が出きったところで入り口が閉められて昇降機は再び上昇していった。
 一階とは違い、ここには少しだが人の影がある。皆一様に見慣れぬ来客とルイスを一瞥し、すぐにその場を離れて行った。

「悪いけど、俺はここまでだ。レニの部屋は……覚えてるよな?」
「えぇ、そこの赤い扉でしょ?」
「そうそう。それなら俺はこの辺で失礼するよ」

 手を振りティアに背を向けるルイス。一連の会話を全てうわの空で聞いていたルークは視線を部屋の奥に姿を消していった人影を追っていたのだろう。瞳がティアたちとは違う、明後日の方向を向いていた。

「……今は手を出さないでやるよ」
「え?」
「じゃあな」

 脇を通り過ぎる僅かな瞬間、ルイスはルークにだけ聞こえるほど小さな声で呟く。一瞬の出来事で対処できなかったルーク。背を向けて手を振る彼の姿見送り、疑問に首を傾けるだけだった。

「ルーク、何してるの? こっちよ!」
「おっ、おう。今行く」

 少し離れた場所にいたティアから声が駆けられる。慌てて付いていくルークは、彼女たちが扉の前に立っていることに気が付いた。
 扉の上半分が赤く塗られた扉。彼女が先ほど言っていた扉だろう。
 ティアはルークが傍まで来たことを確認し、扉の傍に設置された内線機器を鳴らす。来客を知らせるベルが室内から漏れる。
 ノイズのかかった音と共に、機器から声が発せられた。

「どちら様?」
「私、ティアよ」
「あら、もう着いたの? ちょっとまってね」

 若い、少しだけ不機嫌そうな女性の声。ベルを鳴らしたのがティアだと分かると僅かに声のトーンを上げた。

「いらっしゃい」

 扉が自動的に開かれる。出迎えたのは、赤みがかった茶髪を肩の上でそろえた女性。少し胸元の開かれた白いシャツの上から薄紅色のカーデガンを羽織り、濃紺のスカートを翻す。袖からはレプリカであることを示す腕輪がのぞいていた。
 彼女がレニだろう。人のよさそうな笑みを浮かべていた彼女は、二十とそこそこの年齢と思われる容姿をしていた。

「久しぶりね。前に来たのは3か月前、だったかしら?」
「そうね。多分それくらいになるわ」

 ルークの成人式が開かれる少し前、ティアはレムの塔の施設、つまりはここへ足を運んでいた。決意するためだとレニに話していたのだが、その詳細までは口にしていない。
 それでも、ティアが纏う雰囲気だけで彼女の事を理解し、深く追求せずに話を聞いてくれる存在はティアの救いになっていた。まだ出会って短いのに、レニは間違えなくティアの中で大きな存在となっている。だからこそ、彼女のところへ保護した子供たちを連れて来たのだ。

「立ち話もあれだから、中に入ってよ。そこのお兄さんもね」

 後ろで成り行きを見守っていたルークにも声が駆けられ、四人合わせて扉の中へと招かれた。
 室内は、機能的だが生活空間として些か殺風景な場所だった。入口を入って直ぐに背の高い丸机が置かれ、それに合わせた椅子が二つ対象に並ぶ。少し離れた場所に二人掛けのソファーが置かれ、そのすぐ脇にベッドがきれいに整えられた状態であった。
 全体は照明で明るく照らされているが、どうしてだか暗い影を感じる。それはこの部屋の持ち主の気質なのか、それとも単に見る者の目の錯覚か。どちらかは分からないが、雰囲気がどことなくユリアシティにあるティアの自室に似ているなと、なんとなしにルークは思った。

「あなた、レプリカ・ルークでしょ?」

 ソファーへ座るティアとネロ、ビアンカの後ろに立って室内を観察しているところでの突然の言葉。ルークの体がびくりと跳ねる。

「やっぱりあたったか。私にはどうやらそういう能力があるらしいんだよね」

 被験者とレプリカを見分ける能力というものが。
 ベッドに腰を落ち着けつつ目を細めるレニに、ルークは少しだけ身を固くする。

「レニ」
「ごめんごめん。あなたも、そう身構えなくてもいいわよ。私はどうこう思ってないから」

 諌めるようにティアに呼ばれれば、レニは分かりやすく肩を竦めて謝る。が、その様子は悪事が成功したことを喜ぶ子供のそれに似ていた。
 悪意どころか誠意もない様子に、ルークは肩に入った力が抜けるのを感じる。

「それはそうと、その子たちが例の子供たち?」
「えぇ、この子が……」
「ネロ!」
「……ビアンカ」

 子供たちは先ほどのルイスの時と言い今のレニと言い、状況を把握する能力がかなり発達している。彼らの生きてきた状況からそれは必要な力の一つだったのだろうが、今後は違う形で発揮できればとティアは思っていた。
 しかし、そんなティアの思いは知る由もなく、待ってましたと言わんばかりに声を張り上げて叫ぶように名乗ったネロと、それにつられるビアンカ。突然の大声に一瞬怯んだレニだったが、次の瞬間にはにこやかに彼らを見つめていた。

「そう、私はレニ・ミリア。今日からあなたたちと一緒に暮らすことになるお姉さんよ」
「いっしょ? ここで?」
「えぇ」
「おねえちゃん、おにいちゃん、ばいばい?」
「今日じゃないけどいずれそうね」

 本当に状況を把握する能力が高い。相手が意図したことを瞬時に把握するのだから。
 ティアからある程度事前に情報を提供されてはいたレニだが、予想以上の様子に少しだけ舌を巻く。教育の仕方次第ではかなりの逸材だと。

「いたいことしない?」

 少しだけ考えていた様子のネロは、ビアンカを一瞥してそう一言質問した。
 絶対にしないと断言したレニと、大丈夫と頭を撫でるティアを交互に見やる。そしてもう一度ビアンカを見てレニに視線を戻した。

「わかった」

 同意と共に見せたのはにかりと笑う愛らしい姿。ビアンカも笑いはしないが、僅かに頷いてネロの意見に同意していた。
 一応バチカルを去る際、ティアは二人には今後の事情を説明していた。なので、ぐずることなく聞いてくれたことに関してほっと一安心するのだが、同時に些か疑問が生じる。初めてバチカルの施設の前で別れた時にはなかった。あまりに聞き分けがいい様子に、どうにも眉根を寄せてしまう。
 だがやはり、そこは先ほどもティアの思考にまぎれていた子供たちの状況把握の能力が発揮された結果なのだと無理矢理に納得させた。
 いい子ねと、柔らかく微笑むレニを見やり、ティアは思考自体も余所へと追いやった。

「隣があなたたちの部屋よ。行ってみるといいわ」

 今しがた入ってきた扉の左側の壁に、また一つ扉がある。そこを指さすレニの言葉に促され、ネロはビアンカを連れてそちらの部屋へと姿を消した。

「それにしてもあなた、よくここへ来ようなんて考えたわね」
「ま、まあ……」
「疲れたでしょ?」

 そこでルークは気づく。子供たち二人を余所へ追いやったのは、自分と話すためなのだと。それも、子供に聞かせたくないようなことを。

「ティアも昔はそんな感じだったから、嫌でもわかるわ」

 驚く様子のルークに、レニは苦笑を落とした。
 それはまだここに町がなく、塔のみに人々がひしめき合っていたときのこと。条約や施設と言ったものがまだ確立されておらず、レプリカたちの安全が殆ど確保されていなかった時からティアは精力的に活動していた。
 ダアトから始まりキムラスカ、マルクトと彼女なりに調べた資料を提示して改革を促した。勿論、反論するものやレプリカを“化け物”と一掃する人々からの心無い言葉や、保護をと訴えていたレプリカたちから浴びせられる罵声にも耐えた。全ては自分がすべきことなのだと抱え込んで。
 彼女の周りの者は何時か彼女が倒れてしまうのではと危惧したが、彼女は耐え、そして成し遂げた。その結果、最初こそ毛嫌いしていたレプリカたちも最終的に彼女にほだされ、ある事件をきっかけに一気に親睦を深めたと言う。
 つまりは彼女が彼らと今の関係を気づくまでにはそれになりの努力と結果が伴ったもの、ということだ。レニ自身は初めからさしてティアに嫌悪だとか憎悪だとかそういう感情を持っていはいなかったのだが、他の者たちと今の関係まで築き上げるのは一朝一夕ではないのだと、レニは語る。
 勝手に語られる過去に、ティアは眉一つ動かさずに黙っていた。

「まあ、私が言いたいことは今後のあんたの行動によってはどうにでもなるってことだよ」
「……そうだな」

 疲れた様に壁にもたれ、ルークは小さく息を吐き出した。





2013/04/28





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