同じでいて違うもの。確かな運命に誘われる。
波紋
走行する車内に吹き込む風に乗せ、潮の香りが舞い込む。流れる風景はどこまでも広がる紺碧。太陽の光を浴びて湖面か輝く。
古代の遺産であり現在でも人々の営みを支える海上に掛る巨大な橋。その上を近代的な作りをした不釣り合いな高級車が走り抜けていた。
「素敵……」
思わず零れてしまったような言葉。車の後部座席に座る亜麻色髪の女性は、その長い髪を風になびかせ海原を見つめる。
以前、彼女がここを通った時は見事な満月の夜。月明かりに揺らめく湖面は吸い込まれそうな漆黒の色をしており、それもまた魅力的な風景であった。その時の記憶と現在の風景を照らし合わせながら、亜麻色髪の女性は隣や前の席に座る友人たちの会話に加わることなく、食い入るように車外を眺めていた。
「もうそろそろで目的地ですわよ」
車外の風景は海から陸へと移っている。それでもなお外を見続けていた亜麻色髪の女性は、助手席からした友人の言葉にはっとなり正面を見やる。
フロントガラスの向こう側、少し開けた場所に可愛らしい小さな店を見つけた。看板には星の花の文字。どうやら本日の目的地へとたどり着いたようだ。車がゆっくりと駐車場へと侵入していった。
「先に行ってろ」
そう言う運転席の長い赤髪の男性を車内に残し、女三人ははしゃぎつつ店の方へと歩みを進めた。
「ナタリア、今更だけどアッシュさんと一緒の時に私たちまでいて本当に良かったの?」
店までの少しばかりの距離、亜麻色髪の女性は金髪の女性のすぐ隣へと歩みより、そう聞いた。黒髪の少女も様子を伺うように横目で視線を二人へ向ける。
話に出た名は長い赤髪の男性のもの。彼は金髪の女性の婚約者だ。滅多に会うことが出来ないと聞く彼との貴重な休暇を邪魔してよかったものかと、了解を得た後もずっと気に病んでいた。
こんな場所で言うのは憚れたが、どうしても彼の居ない今聞いておきたかったのだ。全身に力を入れて返事を待つ。
「本当に何を今更おっしゃいますの? 運転は彼から申しましたことですし、今日の事は前から楽しみにしていましたのよ。それに、大勢での方が楽しいではありませんか」
真意、なのだろう。曇りない笑みがそれを物語る。体の力が自然と抜けて行った。
ここはもう素直に感謝すべきなのだろう。亜麻色髪の女性は様子を見守っていた黒髪の少女と顔を見合わせ、先を行く金髪の女性と並んで歩く。
「ここが、“星の花”」
全体がまるで絵本から飛び出してきたような店。少し高い位置にある店の入口まで続く坂道には様々な草花が色鮮やかに敷き詰められ、左右に植えられた背の高い樹木がその身を揺らす。
赤煉瓦造りの建物の左右には大きな硝子窓。中央には彩色豊かなステンドグラスのはめ込まれた扉。その取手を持ち、ゆっくりと開くと取り付けられた来客を告げる鈴が澄んだ音を発てる。そして、一同は息を呑んだ。
「綺麗……」
陳腐な言葉だが、それが一番シンプルで誤りのない感想。ほぅとため息が零れた。
店内に並べられた作品はどれもが細やかな細工の成された硝子。色取り取りの草花をモチーフとした作品の中に、愛らしい動物を模した作品が紛れている。そのどれもが大きな窓から差し込む太陽の日を浴びて輝いている。
更には店長の趣向なのか、品の良い飾り付けがほどこされ、ささり気なく作品を際立たせている。
正に女性の好みそのものを現実にしたような空間。亜麻色髪の女性はその空間の中で一際目を引いた濃紺の花弁に手を伸ばしかけたその時、すぐ横の扉が開き、中から人が出てきた。
「あっ、いらっしゃいませ」
出て来たのは短い赤髪の男性。首から紺地のエプロンを下げた姿は今しがた作品作りに励んでいたところなのだろうか。恐らく、来客を知らせる鈴が鳴ったに作業を切り上げ店舗ペースへときたのだろう。
亜麻色髪の女性と目が合う。男性が目を丸くした。
「君はあの時の……」
「久しぶりね、ルーク」
挨拶を交わし合う二人。反対側にいた黒髪の少女と金髪の女性は彼の登場に気づいていないよう。各々が作品を手にとってははしゃいでいる。
「あの時はありがとう。あなた有名人だったのね、知らなかったわ」
友人二人の様に笑みを浮かべる。隣で短い赤髪の男性が額に手を当てて俯いた。
「……意味がなかったのか……」
「えっ、何か言った?」
小さく呟いた言葉。声となって彼女へ届かなかったのだろう。首を傾ける女性に力なく笑う。
「いや、気にしないで。それより彼女たちは友達?」
手を振り、話題を変えた。
「えぇ。彼女たちに言ったらあなたの事を教えてくれたの。それでこれはあの時のお礼」
はいと言い差し出されたのは大きな紙袋。視線を上げて、両手を顔の前で必死に振る。
「そんなのいいって。あれは出会った記念だって言っただろ」
「あんなに素敵なものを何もなくもらうわけにはいかないわ。だから受け取って」
ずいと顔の前に押し出す。俯いた彼女の表情は見て取れないが、これはもう受け取るしかない。
ありがとうと言い、紙袋を受け取った。
「一応先に言っておくけど、それは私が作ったクッキーだから。他の人に味見してもらったけど、おいしくなかったらごめんなさい」
顔を上げた彼女の頬は赤く朱がさしている。見ているこちらが赤くなってしまう。
しかし今の彼に彼女の様子を伺うのは難しい。彼女の言葉で彼の視線は紙袋へ注がれる。
「えぇ! これってティアの手作り?!」
無駄に大きな声。向こう側で作品を見ていた二人が驚いてこちらを向いた。
「なら折角だし一緒に食べようぜ! 友達も一緒にさ」
金髪の女性と黒髪の少女を呼ぶと亜麻色髪の女性と共に近くに置かれたガラス製の机と椅子をすすめる。
戸惑いつつも、三人ともそこへと腰を落ち着けた。
「そこで待っててくれ。お茶でも入れてくるから」
「そんな気遣いは……」
一度着いた席から立とうとする。が、短い赤髪の男性はそれをやんわりと断った。
「いいからいいから、お客様なんだしさ。しっかし、こんな辺鄙なところに女三人で来るなんて珍しいな」
「あ、いえ、今日は四人で……」
「ここで何している」
遮り発せられた言葉。誰のものかと一同が声をした方を向くとそこには、運転手をした長い赤髪の男性。初めからあまり機嫌がよさそうではなかったが今は怒りを含んでいるのだろうか。その表情は無に近い。
急に現れ、良くわからないことを言い出した彼。どうした者かと聞こうとした矢先、女性三人の後ろにいた短い赤髪の男性が震える声で彼に応えた。
「あ、あ…あぁあ……アッシュ…。どうして……ここに…?」
表情は真っ青。血の気が引き、変な汗が玉のように噴出している。
しかし厄は続く。彼の言葉を聞いた長い赤髪の男性の眉間に青筋がみえる。ひぃっと小さく悲鳴が漏れた。
「それは俺の台詞だ! 今の今まで何していやがった、ルーク!」
「うわぁ!! ごめんなさい!!」
雷のごとき激しい怒声。店の品々が音波で幾分か震えていた。2013/02/10
やっと展開が動いた…