おぎゃあと生まれて驚いた。
 目が見えないながら耳は聴こえていたし全身に感じる人の体温に安堵し狼狽えた。
 何が起こった。
 全神経に広がる不安をコントロールできずにおぎゃあおぎゃあと声として発散する。
 ぼやける視界が怖かった。聴こえるものが怖かった。息をするのが痛かった。温かでなまぬるい何かは柔らかく私を受け止めゆらゆらと揺れていた。

 恐怖体験を終えて私の身体はすくすくと育っていった。
 私は由緒正しき末端貴族の一員として帝国に生まれたらしい。
 私は新しい生を迎えたのだと理解し、立派な家の立派な教訓の下、第二の人生を歩んで行くのだと受け入れた。
 家人と対話しのんびりと生きていた折、私に転機が訪れる。
 
 なんと、なんとなんとなんと、私の第二の人生とやらは第一の世界で夢想し恋焦がれた人がいる世界での話だったのだ!
 私は歓喜してのんびりとした時を取り戻すように勉強に励んだ。
 今の私には知識がいる! 第一の人生でずっと望んでいたことを実現するために私は自身の鎧を、武器を必要としていた!
 家人は豹変した私に恐れ慄き、もしや気が触れたのではと私を心配した。その度に私は元気よく「勉強楽しいです!!」と答えた。家人は安心して幼い私にはまだ早いだろうと控えていた家庭教師を呼び、書庫に入り浸ることを許してくれた。家庭教師の話は分かりやすかったが私には馴染み難い貴族の思想を当然のように話す人間だった。学ぶことは楽しいが馴染みのないものを刷り込もうとしてくるのに辟易して私は時折脱走して家の周辺で走り込みをした。

 幼いとはいえ体力がないのはダメだろう。今後のためにも体幹は早々に育てるべきだ!
 私はアクティブに動き回り家庭教師を困らせ家人を困らせた。
 魔術というのは私に馴染みのないものだったので家庭教師を頼ったが他は文字が読めればなんとかなるものだろう。そう思い家庭教師からは文字や魔術体系、経験から話される雑談や魔導器の他からは逃げ回った。
 末端貴族から生まれた麒麟児だなんだと持て囃されていた私は途端に奇行児として評価を変えた。

 そして私はもう一つ、自身について分かったことがあった。
 なんと私は最強主だったのだ!そう!あれだ!なんでもできるすごい奴だ!
 転生特典であろうか!私は空間転移的なものができるのだ!
 日陰等の影に足を踏み下ろし行きたい場所を思い浮かべれば、私の身体はその影に沈み込み思い浮かべた場所に移動できるというチートが備え付けられていたのだ!
 転移先にも影が無ければ行けないが、これは非常に役立つ。第一の人生で欲しかった能力が今私に宿っていた。使いようによっては、というか下手な使い方をしたとしても有用にしかならないチートだ!これは私が最強主であると証明するものであり私は選ばれた者であるという確証を得た。私は、私は!最強だァーーーー!!


 馴染みのない貴族観をなんとか呑み込み好き勝手に動き回っていた私の幼少期はこんなところだ。評議会か騎士団か、どちらに入るかとの進路相談が話題に上がり私は迷わずに騎士団を選んだ。
 私は決めていたのだ。手足の長さが十分に揃い、世間様に出ても大人だと判断される頃合いになった時に帝国を去るのだと。その時に評議会の看板を背負っているとお家が大変なことになってしまう。私は第二の人生を送る上で、私の奇行に怒りながらも付き合ってくれる家族を愛していた。そんな家族に私の行いで処断されることがあってはならないと考えていた。

 騎士団は評議会の手足であり帝国を守護する自警団のようなものである。
 私はそこで心身を鍛えて野草を食っても壊さない腹や長旅や行軍に耐えうる壮健さを獲得しようと考えていた。
 希望を胸にいざいかん!さぁ軍門を叩くべし!――そして私は騎士団に配属する貴族たちに失望した。そして自分の頭の至らなさにも失望し、さらには自身が生まれた時以上の驚きに遭遇した。

 なんと!アレクセイがいるではないか!
 私と同じ年に騎士団に入団した彼は非常に若かった。若い、若いぞコイツ!
 私が知っているアレクセイではないな!
 級友であるアレクセイに私は是が比に話しかけた。興奮気味に話しかけた私を彼は少し戸惑いながらも挨拶を返してくれた。名乗り合いの中で彼は私が貴族の中でも奇行に走るやばい奴だという噂を知っていたようで口元を若干ひくつかせた。ふむ、人の表情をつぶさにじっと見つめて変化を逃さない私でなければ見逃していたぐらいの表情の変化だった。
 なるほど!私はどうやら敬遠される人間らしい!しょうがないな!

 級友の中にはデュークもいた。
 大貴族である彼に私が話しかけるなんて恐れ多い。私はまごまごと彼を遠巻きにしてうろうろとしていた。話しかける機会が欲しいものだ。なんたって私の第二の人生で迎えうる壮大な物語の中で重要な情報を握っている輩だからな。是非とも懇意になりたい!
 
 結果は駄目だった。
 惨敗だ。あの男はガードが固すぎる。けっ……お高く留まりやがって……。実際に位が高い者なのでそれは間違いではないのだが。
 私は騎士団にいる間、槍を奮い色々な場所を走り回った。
 下っ端騎士は先輩騎士から賜る仕事をコツコツとこなしていくものである。お上から賜るものは死んでも守らねばな!すべては私の愛する家族のためである!
 だが下町の人間たちをいじめる任務は嫌だった。それは私の愛する「あの子」が最も嫌がることだったからだ。なので私は率先して結界の外の任務をまわしてくれるようへえこらと頭を下げて頼み込んだ。私の願いは喜んで受け入れられた。

 騎士団にいる人間たちはお国を守る為だとかそういった大義があるわけではない。
 評議会に入るにはそれなりの経験と家柄、人脈とゴマすりが必要なのだ。あぶれてしまった貴族たちが体裁を保つための受け皿としての機能がほとんどなのだ。
 だが一応は帝国の平和を守る為の自警団であるので、結界の外の魔物の間引き等は行われる。命の危機があるので貴族の下っ端や権力の弱い者にそのお鉢が回ってくるのだ。
 私の家は末端とはいえそこそこの人脈があり細々とはいえ古い歴史を持つ。本来ならそこまで危険を経験をすることはないのだろうが、私は心身を鍛えるために騎士団に入団したのだ。戦いたい。身体は闘争を求めている。私の槍の錆にしてくれようぞ!!

 魔物の間引きの任務には必ずついていき、休日も結界の外に出て槍を奮う。そして私はついでとばかりに魔物から素材になりそうなものを毟っては自身の武器の強化にと勤しむことにした。魔物から素材を毟っているときにふと思いつき肉を下町に卸してみた。金はどうせ家にたんまりとあるので、子供が喜びそうな御伽噺やメルヘンチックな話を対価にした。住民に警戒された。落ち込んだ。私は大いに落ち込んだとも。
 魔物の肉は売れたし短くはあるが話も聞けた。継続は力なりと古来から発せられるものであり私はそれを行うことを決心した。

 騎士団にいる貴族たちはおしなべて人脈を作ることに尽力する。
 私もそれに倣おうかと考えたが、思ったよりも私の奇行が貴族たちに広まっているようだった。
 私が食い気味に話しかける人間であることも相まってなかなかに上手く行かない。なら私は騎士団にいる間は武に生きるとしようか。しょうがないよな。

 時間が空けば私は影を渡り各地にへと飛んだ。
 残念なことに私の能力は見たことのある場所にしか上手く飛べないようで、私の知識上にある街を思い浮かべて能力を使おうとしても飛べなかった。
 ただし影のある場所を、と大雑把に決めて能力を使えばその限りではない。体力や精神力、気力を大いに消費するが私は自身の知らない場所にへと飛ぶことができた。魔物が跋扈する洞穴に飛んだ時は慌てたが、幸い周囲に危険なものはなかったのですぐさま騎士団の寮にへと帰ることができたのだが。短時間に影渡りを使うとその日はほぼ動けなくなる。何故だ。私は最強主なのに……と何度歯噛みしたことか。
 影渡りは恐らくだが私の体内にて生成される魔力染みた何かを代償にしているらしい。
 エアルを使っているという感覚が無く、私の両耳に下がる武醒魔導器が反応した形跡も無かった。私はもしや始祖の隷長なのではないかと疑ったが、それを確かめる術はなくそのまま放置した状態だ。
 できれば始祖の隷長は勘弁してクレメンス。魔力的な何かを使っているのであって欲しい。そう夜空に輝く凛々の明星にへと願った。

 鍛錬所で精神統一し、無心に槍を奮う私に話しかける者がいた。
 アレクセイ・ディノイアだ。私は彼に誘われて武器を交わした。刃の部分を潰したものでの打ち合いは楽しかった。どちらが勝った、負けたもどうでもいいように思われた。私は彼と真剣での戦いをしたいと思ったが、彼もそうだったようだ。
 だが惜しいことに騎士団は刃傷沙汰はご法度である。口惜しい。

 彼は私にていこくのあかるいみらい、を語って聞かせてくれた。
 私はそれに笑顔で肯定した。なんて気持ちのよい御仁なのだろう。私は彼が死ぬのはとても惜しく感じていた。
 それからというもの彼は自身の語る未来にへと向けて邁進して行った。
 私は私で自身の願い、野心を達成するために影を渡った。そうして私の努力は実ったのだ。そう!超重要人物であるヘルメスと対面できたのである!
 テムザの街に着いた時に私は興奮して住民に挨拶に走り回った。
 一人に話かければ知識の共有をされるものだと思っていたがそうではなかったようだ。
 一人一人に話しかけて戸惑われ、それを短時間でこなしたものだからテムザの街は混乱してしまったようだ。テムザの広場でクリティア族に囲まれた時、私は自分が見世物になった気分だった。
 そんな珍事があったものの私は集団に囲まれた際に一人に話しかけた。

「貴殿、街を離れて暮らすクリティア族の所在を知らないか。私はその者を訪ねにきたのだが」
「うん? それはヘルメスのことかな」
「そうだ! 彼は一体どこにいる?」
「それなら……」

 快く教えてくれた御仁の手を握り感謝を述べる。
 後日なにかお礼をと思ったが、その者に断られてしまった。欲の無いことだ。
 私は教えてもらった道を駆け、そしてヘルメスと邂逅した。

「貴殿! 貴殿がヘルメスであろうか!」
「うぇっ! な、なんですかあなたは!」
「私は貴殿の頭脳と腕を欲する者だ! そしてあわよくば友人になりたい! 私は友人が少なくてな、胸襟を開いて談義できる友人が欲しいのだ! 貴殿とそういう仲になれたら私は非常に嬉しく思う!」
「……どこのどなたかは存じませんが、初対面の相手に言うものではないと思いますよ」
「すまんな! 先走り過ぎたようだ。だが今言ったことは全て本当のことだ! 話合いをしよう!」

 それから足繁く通いなんとか私に慣れてきたヘルメスは後に「やばい人が来て怖かった」といった旨を吐露するのである。
 私はヘルメスが興味を抱いている魔導器の話を中心に友好を深めていった。本来なら彼は帝国の援助を受けて研究に従事するのだろうが私は彼を帝国に渡したくなかった。わざわざ能力の高い技術者を死の道に進ませる馬鹿はいまいて。
 私は魔導器のことを話した。魔核のことを話した。それらがどこから来るのか、なぜ隠されているのかを話した。古来に繁栄した文明のことを話し、その末路を語った。
 ヘルメスは私の話に耳を傾けて、そして筋は通っているが信じがたい話であると首を振った。

 私は何度も彼を訪ねた。
 彼は粘着する私を恐れたのかアスピオにへと身を隠した。馬鹿め。私の能力は影があれば成立する。だが帝国の目の届く場所で本来そこに立ち入れないはずの私がいたと噂をされるのはまずい。アスピオに転移しローブを盗み、そこはかとなく変装をしてヘルメスに粘着した。
 ヘルメスの奥さんに出会い、彼が出入りするという小屋に招待してもらうよう頼んだ。小屋の中でお茶をいただく私に、帰ってきたヘルメスは悲鳴をあげた。逃げようとする彼を捕まえて小屋の中に引きずり込む。貴殿と話をしたいだけなんだよ、私は……。まぁ仲良くやろうや。

 ヘルメスの奥さんを巻き込んで私は拝み倒した。
 私の野望に付き合ってほしい。
 帝国のお膝元で成果を上げないでほしい。
 貴方ならきっとその探求心と頭脳、たゆまぬ努力によって革新的な発明をするだろう。
 私はそう確信しているがそれは過去の過ちを繰り返すものであり、貴方の死を決定付けるものなのだ。そう懇々と説得する。

 ヘルメスの奥さんはさすが研究者だった。
 私の言葉に興味をそそられ私が知り得る情報を望んだ。
 ぺろっと話した。奥さんは鵜呑みにはしなかったが非常に興味をそそられたようだ。調べることにしたようだ。そしてもっと出せと叩かれた。埃も出ないと私が降参するまで叩かれた。
 ヘルメスはお手上げ状態だった。
 小屋の中はカオスを極めている。夜も更けてしまっているので私は退散することにした。その後のことは知らないが、私がアスピオに顔を出した時にはヘルメスはようやく私の言葉を信じることにしたようだった。若干怪しいが、まぁいいだろう。

 私はちらっと話した自身の野望について話すことにした。

「私はとある敬愛する人のために遊園地を作りたいのだ!」

 ヘルメスは藪から棒の話に目を丸くした。私は構わずに続ける。

「その人は私の人生であり私がこの世界で生きているのはその人に会うためである! そしてその人の喜ぶ顔を見て私の人生は完成するのだ! 彼女が好むものを凝縮した場所であり、彼女が楽しく遊べ、望めば彼女のための居住になる! 遊園地とは人々の笑顔を引き出す場所であるのだから彼女以外の人たちも喜んで受け入れよう! 平坦な毎日を送り陰鬱な日を過ごす者たちの活力になる遊び場だ! 私は遊園地を建設するために、彼女のために人生を捧げよう! ヘルメス、貴殿の頭脳をもって遊具を作っていただきたい! 監督よろしくしたぁい!!」

 『エステル』!
 第一の人生でずっと想っていた彼女の笑顔を見たかった。
 可憐に咲く花のように、太陽を思わせる大輪の花のように、私は彼女の憂いのない笑顔を見たかった!
 私の愛する『エステル』はこの世に生を受けてはいるのだろうが私は彼女に会えない! だがいつの日か冒険にへと出る彼女のために私は気が狂うほどの熱量をもって愛を叫ぶのだ。
 『エステル』!
 私は彼女の未来を祝福し、己の出生を呪うことなく生きて欲しいと願った。
 我が子を想うように私は高らかに宣言する。

「遊園地を作るぞヘルメス!」
「それよりも結界魔導器の考案した方が人々のためじゃ」
「うるさい結界魔導器なんて後だ後! 結界なんてなくても人は生きていけるわ!」
「……頭が痛いなぁ……」

 ヘルメスは頭を抱えた。
 私は高笑いをした。私の野望に付き合ってもらうぞ、私に捕まった愚鈍な奴め!



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