朝起きたら隣にいた人間がいなかった。何も無かったというのに非常に虚無感を覚えるというなんとも言い難い気持ちに朝っぱらから枕を叩きたい衝動に駆られた。分かってくれ。この、この、こう思うことに腹が立つというか、逆切れしたくなるというか、この、表現しがたい苦悩。
 まるで片思いをしている相手にセフレとして扱われているような……、なんだその表現は。一体なんだっていうんだ。……少女漫画か。そういえば現代で生きていた時に発行されていた少女漫画って過激だったなぁ……昔のような甘酸っぱい恋愛とかもう無いのかなぁ……と思いつつ昔もわりと過激だったな、思い出は美化されるとはよく言うものだなと我に返る。というかなんの話をしているんだ。現実逃避していても意味は無いぞ。くそ……もう何も言うまい。何も無かったとのにどうしてこんな気持ちにならないといけないのか……。はぁ。

 日々が多忙だった。
 あまりに暴れ足りなさすぎて書類を片付けた後に仮・鍛錬所に殴り込みに行ったりついでとばかりに評議会の議員のところに殴り込み(話合い)に行ったりアスピオの研究員がひしめく部屋にお伺いしに行ったりと、必要なことを全てやろうと思えば身体が一つだと間に合わないなと常々思う。
 だが全て有意義な時間を過ごせたと思う。騎士たちも鍛錬に精を出して力を付け始めてきているし、交流も兼ねているので彼らと和やかに過ごせたのは良かった。癒し。
 腹黒議員との会話は主に魔導器を使ってみないか? というものだ。今開発中の物なんですけども貴方にはいつもお世話になってますからね貴方には一番にお話をしたくてねぇ〜〜〜。さぁスケープゴートを兼ねたピエロ、軽快に踊れよ。
 研究員たちは研究費用が出ていることに物凄くやる気を出してくれているみたいだ。私が彼らにと用意した研究室に顔を出すと一緒に混ざって研究しない? というお誘いをいただいた。彼らの名誉のために言っておくがこんな軽い感じに誘ってくるわけではない。私の脳内変換でこうなってしまうだけだ。
 ヘルメスの著書をちまちまと解読してはいるがそればかりだと腐ってしまいそうだと思い、私は彼らの誘いに乗って彼らの研究過程の紙を受け取る。文字が汚すぎて読めなかった。こんなところでまで暗号解読したくないんだが。

 魔導器の開発は思いのほか順調にいっていた。研究員たちは長年押さえつけられていた反動であれもやろうこれもやろうと昼夜問わず働いているせいだ。アイデアだけならずっと頭の中でこねくり回していたので豊富にあるということらしい。実験が出来ないので本当にできるか分からず、また小さなことでも実験しようものなら騎士に咎められていたので鬱憤が非常に溜まっていたみたいだった。
 それはいいんだけども働きすぎはよくないぞ。倒れたらどうするんだ。さすがにそこまで責任を持ちたくないんだけども。自己責任にしてやろうかお前ら。そういうわけにもいかないのでやばそうだったら一喝して研究所から追い払ったりはしているんだが、コイツらは本当に……。
 
 研究所から「ふふ」「やった、これが出来たならこれも!」「すぎょい! すぎょいよぉ!」という奇声が聴こえるのは非常に怖い。彼らの名誉のために言っておくが、……名誉もクソも無いな。嘆かわしいことにこれらは全て本当のことだ。研究員を押さえつけると解放した時にこうなるという例を目の当たりにしてしまった。
 騎士団長である私の前でも取り繕えてない時があるのが、なんというかもう。
 帝都の結界魔導器を調査しに行った人員も入っているので、今度はいつ行くのかと話もよくされる。そうだなぁ。エステルを鍵として使うための術式も考えないとならないし、それを思いつくためにも行かないといけないな。まだ考え付いてないんだよな。

 また結界魔導器を調査しに行く段取りを決めて後日伝えるということを約束して執務室に戻る。クロームがもうそろそろ私を連れ戻しに探しそうだなと思ったからだ。私のその考えは当たっていたようで執務室で書類を振り分けていたクロームが、書類がまた増えていて呼びに行こうかと思っていたということを言った。
 やっぱり仕事多いよな? 評議会の人間共が勝手に色々と決めるので、一部の完全降伏している議員に「今こんなことやってます」というものを横流ししてもらっているのだが、それらも加わっているからか。

 本来なら法や取り決めの整備をするのは評議会の役割なんだがな。そこに割って入れるような発言権など騎士団に有って無いようなものだが、私があまりにも喧嘩を売るものだから若干尻込みしているみたいだ。私のご機嫌取りと、あわよくば虚偽の情報に惑わされろといった感じなのだろう。時々混じってるからなぁ……。本人は「そういう噂を耳にしたってだけでわざとじゃありません」と言っているが絶対に嘘だ。
 評議会の狸共なら意固地になって反発、反発、反発を繰り返すものだと思っていたが流石に年季が違うな。時々私も引っ掛かって失敗することがある。評議会相手には細心の注意を払ってるつもりなんだがな。強いよぉ……。さすがに失脚までは行ってないが、怖いものがある。はぁ……。

 書類を見てみるとお前が金を搾り取るから国の金が減った。税を上げるぞ文句を言うなよといった内容のものだった。このくそ野郎共また弱い者いじめしやがって、とキレそうになったが私はふと思った。
 税か。魔導器の開発にも金というのはいる。無尽蔵に湧き出るものではないからだ。議会の場で魔導器開発の資金を出してもらったが、ヘルメス式の開発となるとそれなりの膨大な金が必要になる。金を搾り取るというのは騎士団本部再建の件もあるが、そのことを言っているのだろう。

 ……だからといって税を上げるのには賛成しないからな。税を上げたら食うに困る人間が必ず出てくる。下手したらお金を稼ごうとするあまり長時間労働が当たり前になり身体を壊してまともに働けなくなってしまう。最悪は失業する人間だって出てくるはずだ。その失業した人たちが健康になるまで国が手当てを出すことになるだろうに。まさかそんな奴らは見捨ておけだなんて言うつもりじゃないだろうな。馬鹿野郎、国としての機能が不全になるじゃねぇか。
 税を上げたら逆に金がかかるっつうの。病人だらけの国など破滅一直線だろ。健康に働ける者は健康なままでいてもらわないと。

 皇帝が不在で法の決定権が実質評議会に寄っているからこそ今のうちに色々とやりたがっているのだろう。馬鹿か。だが流石に評議会も皇帝はいないが両殿下がいることはちゃんと念頭に置いている。評議会は法を施行するが最終的な決定権は皇帝にある。どれだけ優秀で人々のための法であっても皇帝が駄目だと言えば施行はされない。今は皇帝不在のために両殿下にその決定権が少なからずある。
 評議会が次期皇帝候補を差し置いて独断で決めてしまえばそれは皇帝を蔑ろにする反逆者になってしまうからな。ヨーデル殿下もエステリーゼ姫も評議会の人間達にたぶらかされないようになんとか話をしておかないと。仕事を増やすんじゃない。

 エステリーゼ姫はまだ幼くて夢見がちだから評議会の悪い大人に騙されてしまいそうだな。ちょっと監禁しよ。いや、監視だ監視。悪い大人が近寄らないように監視しなければ。
 とりあえず騎士団解体ということにならなければ、いくらでもやりようはある。
 さて、両殿下のところの警備を強化して、後で私もお伺いするか。それと騎士団の評判向上のためにも騎士団の人間たちを派遣して食うに困っている人たちのために食料を運んでやったりしてもらおうかな。表向きは帝都の外の魔物討伐だ。結界で守られているとはいえ治安維持は必要だよな。うんうん。これは小説でキャナリたちがやって、実際の彼女たちもやっていたことだ。……はは。

 騎士団は市民の味方。そう、あればいい。
 キャナリたちみたいにとは言わないが、良心があり人のために働いてくれる人間というのは多い。それがせめてもの救いだ。
 あとは市民のために働き口も与えてやらないと。おかしい。これは評議会が考えることだ。いや、評議会というか皇帝か。デュークお前この野郎もうそろそろ本気で宙の戒典返せよ。
 私が出来ることは騎士団の窓口を広げるぐらいだ。さぁ志高い者たちおいで〜。騎士団に入ったらもれなく人のために働けるよ。不本意なことも勿論やらないとならないがな。命令は絶対。分かって欲しい。

 騎士団の話で思い出したが、ユーリやフレンたちはいつ入団をするのだろうか。
 もうそろそろな気もするのだがどうだろう。まぁそこらへんも注意して見ておこう。
 少し考えたが、ユーリが騎士団を辞めたのは確かガ……ガなんとかさんが魔導器の実験をして暴走。そこで隊長が亡くなったからだったよな。隊長の名前なんだったっけ? なんかそれっぽい人はいたよな。仮・鍛錬所でそれっぽい長身の男を見たような気がする。
 また後日確認するか。

 早急に対応しなくてはならない仕事を終えて両殿下のところに訪問するためのアポを取る。本来ならお伺いできるのようになるのは数日後だったりするのだが、二人とも騎士に強い憧れを持っているらしくすぐに来いという返答が速攻で来る。
 ヨーデル殿下とエステリーゼ姫はなかなか会えないらしく、私が騎士の話を聞かせる時に同席したりするのでそれが楽しみというのもあるのだろう。
 クローム直々に両殿下に伝えに行ったところ、やはり速攻で返事が来た。
 ……評議会から騎士団長は両殿下を傀儡にしようとしている〜っという非難が浴びせかけられるが、まぁ気に入られてるのでねぇ〜〜仕方ないよねぇ〜〜。呼ばれているのに行かなかったら不敬だし、これは仕方のないことなんだよ。ふふ。

 両殿下のお茶会にお呼ばれした。
 二人共キラキラして私の話を聞き、質問をし、国の為に働くにはどうすればいいか考え、お互いに意見を交換し合ったりして楽しいお茶会になった。孫みがすごい。立場とか関係無ければお小遣いやお菓子をあげたくなるな……。
 ヨーデル殿下が国が危なくなった時はどうするかといった話をするとエステリーゼ姫は「国が危なくなったら騎士様が守ってくれます!」と言った。わ、私を見るんじゃない……。ヨーデル殿下もニコニコ笑ってないで……や、やめろ。そんなキラキラした目で私を見るな……。ごめんなさい私は悪い大人です。孫の純粋アタックが心に痛い。


 良心にダイレクトアタックをされた日から数日。黙々と仕事を片付け続ける。
 やっぱりおかしいよな? 仕事多すぎるよな? なんで? 終わらないというか、終わるんだけども次から次にへと増えていくんだよな。いや、逐一細々と報告してくれるのも嬉しいけども、ぐあ。私の脳みそは一つしかありません。私の脳みそなんで一つしか無いんだろうな。身体が一つしか無いっていうのもおかしい話だ。
 だって私はアレクセイじゃないんだぞ。本物のアレクセイ様召喚したい。いやむしろ私が召喚されたい。一緒に仕事しよ……。あぁ駄目だ。本物のアレクセイを見たら私はきっとビビるし、無理そうだ。試しに鏡で顔を映して眉間にシワを寄せたら怖かった。もう無理、駄目。こんな顔で見られたら私は泣く。
 期待に応えたいのに失望されるとか怖いよな。私はダメなヤツなんだ……。

 書類に黙々と目を通して、なんでこんなことを報告してくるんだよっていうものを読んでしまい私は衝動的に書類を食べたくなった。お前なんてシュレッダーにかける手間暇も惜しい。このっ、このっ、こうしてやるっ、バリムシャ。やらないんだけどもな。
 あー書類食べたい。書類を食べてみたい。文字ばっかりの紙共が次々に消えていくの最高。やってみてぇなぁ〜〜でもアレクセイがそれをするっていうのは……とても嫌だ。
 あぁでも書類を食べたい。この無駄な時間を……無駄じゃないんだが……。
 傍に控えるクロームの存在を思い出して私は顔を上げた。

「クローム」
「はい。なんでしょう、閣下」
「至急やって欲しいことができた。これは極秘で進めてほしい。誰にも知られるな」
「……なんでしょうか」
「あぁ。書類に偽装した飴細工のものを用意して欲しい」
「飴細工、ですか?」
「そうだ。内容はくだらないことでいい。猫が脱走したでも、誰かが喧嘩したでも。ただ犬が逃げ出したとは書くな。軍用犬が脱走したのかと思ってしまうからな。できるだけ精巧に作るよう、どこかに依頼して持ってきてくれ。あぁ、書類に偽装できるのなら飴細工でなくても構わない。食べられるものであればいい」
「は、はい……。それをどうなさるおつもりで?」
「クローム、君は聡明だ。私は君に頼りきりで、こんなことを頼むのを非常に心苦しく思っている。……だが、これは必要なことであることを理解して欲しい。聡明である君なら、きっと分かってくれると信じている。何も言わず、誰にも語らず極秘で進めてくれないか」
「……畏まりました」
「軍資金はこれだ。これは私財だから安心して使ってくれ。少なければ追加で請求してもらっても構わん。できる限り早急に頼む」

 はい、ポケットマネー。これで口封じをするんだ。
 始祖の隷長を馬鹿なことにこき使う騎士団長かっこわるい。
 私は遠い目をした。すまない、限界なんだ。私だってストレスは溜まるし評議会と拳で語り合いたくなるし癒しが必要なんだ。デュークが毎日来てくれて毎日動物を召喚してくれるのだったらもしかしたら耐えられるのかもしれない。だが、そんなことは実現できそうになかった。私はもう限界だったんだ。
 クロームは涼しい顔でお金を受け取り部屋から出て行った。
 私は彼女のことを非常に信用している。彼女は本当に仕事ができる人、人? であり、こういったことを他者に漏らすような人柄でも無いことを確信していた。
 他者に漏らしたとしても相手は始祖の隷長だろう。報告は必要だからな。監視対象がなんか馬鹿なことをやってました、ぐらいで済むだろう。……傷つくわぁ……。

 食べられる書類が来るのはいつだろうかなぁと思うと日々が楽しくなる。
 やはりこれは必要なことだったんだ。気持ちがこんなにも軽い。
 評議会の議員一人一人にお伺いしてお話をしつつ、執務室で魂の重さって何グラムだったっけかなと考えているとデュークが来た。デューク! デュークだ! デュークが来たぞ! 逃がすな捕まえろ!!

 デュークに動物たちからの癒しが欲しいのでお願いしますと頼むと鳥を召喚した。デュークはやっぱりすごいな。入ってきた窓からバルコニーに出て指笛を鳴らすだけで鳥が応えてくれるんだからな。飼い馴らしてるのかなと思い訊いてみたら野生らしい。やっぱりデュークはすごいなぁ。
 流石に執務室でというのはアレなので、仮眠室で鳥がぴょこぴょこと床を跳ねる様を存分に眺める。なんなら椅子にではなく床に直に座る。デュークは仮眠室のベッドにもそもそと入っていった。おい寝るなよ。デュークの動きが気になるが、動物たちは急な動きや声に反応してしまうのでなんとか我慢する。
 そうしていると床をぴょこぴょこ跳ねていた鳥が私の膝の上に乗ってきた。……ありがとう、全世界に感謝をする。

 小一時間休憩をして、デュークが帰ってしまった。
 あまりに疲れている表情をしていたせいか、帰り間際に「仮眠室の窓が開いていれば、彼らも入って来れるだろう」という言葉を残していった。それはデュークがいなくても時々鳥たちが訪問してくれるということだろうか。それなら……それならとてもありがたい。
 暗殺者とか色々と警戒しないとならないが、そんなことよりも私は癒しを優先しよう。



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