まぁ、デュークに語ったものは虚偽が混ぜ込まれているんだがな。
 ネットワークを作るというのも、魔核の昇華というよりも世界中のエアルを吸い上げて帝都を満たすためにいるものだし、それにはヘルメス式が使われるということも伝えてはいない。
 魔導器を憎んでいるのも始祖の隷長を憎んでいないのも、ユニオンと友好条約を結ぶのも本当なんだがな。
 私が言っていないのはつまりそういうことだ。
 
 私の目的は、原作の物語を再現すること。つまり、星喰みの復活とその打倒だ。
 だが今の時点で星喰みを倒しますよと言って納得してくれるかというとそうじゃないだろうし、デュークや始祖の隷長、人々が理解しないだろうからその部分は言わない。言えない。
 前も考えた通り、星喰みが復活すれば始祖の隷長を精霊に変換するために殺さなければならないからだ。
 
 うん。我ながら馬鹿みたいな話だな。
 何をしているんだろうか。デュークに言葉を費やして、何をしたいのだろう。
 いやいや、原作を再現したいんだ。アレクセイはそういう役割だ。そうだろう。そうだそうだ。
 頑張ろう。

 あれから日が経ち、アスピオの研究員にした話を詰めていく。魔導器の開発は行われることになった。
 前にデュークを説得する時に言った「ネットワークを繋げるための機構」を取り付けたというのは、あれは嘘だ。魔導器の開発というのは、思っているよりも難しい。現代で言うパソコン等の機械類を弄るのと似てはいるが、なにせパソコンの構造を知っている者が誰もいない状態からスタートをしているのだ。
 どこを弄ればいいのだとか、どういった機能を付けられるのかだとかが一切分からない。もしそれをしようものなら、ツギハギだらけの効率の悪い物が出来上がるというわけだ。
 ははは。あの時はデュークを味方に引き入れたいがための方便を言ってしまっていてな。まぁいいさ。

 急ピッチで魔導器の開発をさせる。
 時折私自身もアスピオに出向いて確認をし、研究員たちと一緒にあれでもないこれでもないと頭を悩ませる。一応今は魔導器のことに力を費やし、なんとか物になりかければ評議会の連中に流してやろう。
 そうして月日があっという間に流れて行く。

 いつも通り仕事をして一日が終わり私邸に帰って就寝する。
 明日はあれをやってこれをやって……と寝る前まで仕事の事を考えてベッドに潜り込み、部屋の照明を消して私は眠りについた。

 深夜の時間帯。コトリ、と物音がしたのに気付いて意識が浮上した。
 何かの気配がしたので、すわ暗殺者かと思い目を開く。窓が開いていてカーテンが風に煽られていた。月光が部屋の中に差し込み、そこに立つ人物を認めて枕の下に手を忍ばせる。防護術式が刻まれた小型の魔導器があり、それに指を引っ掛けた。
 月光に照らされた人間は長剣を持っていた。
 身体を横に向けている状態で、顔だけがこちらを見ている。その顔は暗がりに隠されていて窺い知ることはできない。……だが、私はあれが誰なのかすぐさま理解した。
 その人間が持っている長剣の形は酷く見知ったものだったからだ。
 窓から入ってきた姿勢のまま動かない人間に、私は恐る恐る声をかけた。

「……シュヴァーン?」

 シュヴァーンらしき男は微かに顔を動かした。
 それは私の言葉にただ反応しただけとも、頷いたとも取れるような微かな動きだった。
 相手を刺激しないようにゆっくりと寝台から上半身を起こす。侵入者は動かなかった。

「シュヴァーンか? どうした、こんな時間帯に」

 シュヴァーンらしき男はそれでも答えない。
 抜き身の状態の剣を引っ提げて何をしに来たというのか。
 こちらを注視している男からは敵意を感じられない。それがかえって不気味だった。敵意や殺意があればこちらも身構えるのだが、まるで亡霊のように突っ立っている彼にどうしたらいいか分からなかった。
 カーテンが風に煽られる音がいやに大きく響いていた。

「魔導器の不調か? もしそうなら、その物騒なものは仕舞いなさい。必要無いだろう」

 私の言葉に今度こそ明確に動いた。
 首をぐるりと曲げて身体をこちらに向ける。その動きが意思を持った人間の動きというよりも、意識が混濁している状態で動いている者、あるいは操られているような動きに見えて危機感がさらに増した。
 鎧は着込んではいない。闇夜に紛れられる黒い服に身を包み、ゆらりと動く。
 彼は一体何をしに来たのだろうか。

「……アレクセイ様」
「なんだ」
「…………アレクセイ様……」

 その声は確かにシュヴァーンのものだ。囁くように紡がれる声もはっきりとしている。
 意識はちゃんとあるようだ。私が誰かも理解している。なのに、彼は長剣を手にしたままだった。これは、もしかしてだが、もしかしてなんだが……。

「……アレクセイ様、……貴方を、殺しに来ました……」

 ど、ド直球〜〜〜!!
 やっぱりそうなのか!? そうだよな、この状況はそうなるよな。
 マジかよ。待って。イエガーより先にシュヴァーンが私を殺しに来た!? 予想外過ぎる……。絶対にイエガーかエルシフルが先だと思っていたのにまさかの伏兵。いや、シュヴァーンも私に恨みがあるし病んでいるので遅かれ早かれだったのかもしれないが、流石に今とかは予想していなかった。
 というか殺しに来たって本当に直球に言ってきたな。戯れに来たのかなとか現実逃避すらできない。いや、今の状況で現実逃避をしていたら死ぬんだが。
 ど、どうしてだ!? どこで選択肢を間違えた!? なんだかんだ仲良くなれたというか、いい感じだったと思ったんだが!? 私の勘違いだったのだろうか。仲が良いと思っていたのは自分だけだったとか悲しすぎるだろう。え、というか本当に殺しに来たのか?

「…………」
「………………アレクセイ様……」
「…………」

 いや、怖いんだけども。
 何度も確かめるように私の名前を呼ぶシュヴァーンにどうしたらいいのか分からない。
 な、なんだ……どうすればいいんだ……。これが普通の暗殺者だったら始末して終わりなのだが、シュヴァーン相手だとそうはいかない。普通に強いだろうし、枕元に置いてあるのも短剣と心許ない。相手は長剣、私は短剣。不利すぎないか。
 内心焦っているとシュヴァーンがふらりと一歩を踏み出した。


「シュヴァーン、それ以上進むのなら害意があると判断する。止まれ」
「…………」

 彼は立ち止まった。
 無言でしばらくの間こちらを観察し、そしてまた歩みを再開した。
 ぎゃ、ぎゃぁぁ〜〜……殺る気満々じゃねぇか。どうしてこうなったのか。

「シュヴァーン、止まれ。私に君を傷つけさせるな」
「…………」

 また立ち止まった。
 ゆらりと揺れる長剣が下手なホラーよりも怖い。
 待て、待ってくれ……。どうしてシュヴァーンはこんな行動をしているんだろうか。私を憎んでいるから、と言えばまぁそうなんだろうがなんで今。いや前でも後でも嫌なんだけども、ハルルでちょっといい感じに話ができたと思っていたというのにこの仕打ちはなんだ。
 デュークを騙そうとした罰だろうか。罰を下しに来るのならエルシフルが適任だと思うのだがどうだろうか。

「……シュヴァーン……、何故、と訊いてみてもいいかね」
「………………」
「君が私を恨んでいることは分かっている。だが、君の口から聞いてみたい。何故、私を殺そうと?」
「…………アレクセイ様」
「あぁ」
「………………何故、でしょうね」

 シュヴァーンは囁くような声量で言う。
 呆然とした、思わず漏れ出でたというに相応しい言葉は、疑問だった。
 何故って言われても私も分からないんだが。だがここから分かるのは、彼は誰かに頼まれたとかではなく自分の意思で来たということだ。その自分の意思も薄弱なものらしいが、これは困る。非常に困る。

「何故、でしょう……」
「…………」
「ただ……貴方が目障りで……」
「…………」

 目障り……。私はその言葉に強く打ちひしがれた。目障り、目障りと来たか……。
 なんだ、せっかく楽しくギルド潜入をしているのに意味の分からない指示を出して小間使いにしたとか自分の隊の指導をしろだとか小言を言ったとかか。それで彼は怒って私を殺しに来たと。キレやすすぎだろ。ナイフよりも尖ってる感性、ちょっとこっちに向けないでくれないか。……いやだが、確かにこんな上司がいたら嫌だな。流石に殺そ〜っと! とはならないが……。

「そうか」
「…………」
「……君は、……騎士団から抜けたいんだな」
「…………」

 肯定も否定も無しの無言。ということは肯定か。
 嘘だろ。それは、困る。やばい。原作が始まる前にレイヴンに抜けられると困る。
 あえて断定口調で訊いてみたのがまずかったのか。そんなに嫌だったのか、騎士団。
 確かにダミュロンが過ごした騎士団本部は破壊されてしまって、今彼が戻りたいと思う場所はきっと無い。帝都に戻ってくるのは私への報告だとか、帝都での任務だとか、仕事のために戻ってきているだけのことなのだ。
 彼はどちらかというとギルドにずっといたいんだろう。
 騎士団が崩壊した後の病室での問いの答えが今出たということか。
 私はまだ目的を果たしていないんだが。目的を果たした後だったらいくらでも好きに生きていいので今は私の言うことを聞いててくれないかな。……そういうところが駄目なんだろうな。
 あぁどうしようか、と悩み苦しんでいるとシュヴァーンがまたふらりと歩き出した。

「シュヴァーン……、それ以上近付くな」
「…………」
「……私は、……君に殺されるわけにはいかないんだ」

 ステイ、ステイ! と言っても駄目そうなので私は思考をフル回転させて考えた。
 彼に剣で挑むのは駄目だ。リーチの長さがあるし、魔術を放つにも距離が近すぎる。詠唱をしている間にバッサリいかれるだろう。防護術式が刻まれた魔導器を起動させて、彼の剣を防いでから心臓魔導器を一瞬止める。それだったら無力化できるだろう。よし、そうしよう。
 そう決めると私は幽鬼のように近寄ってくる彼の動きを注視した。

「シュヴァーン、覚悟はできているのか」
「…………」
「……仕方ない、か……」

 歩みの速度は変わらない。
 彼は長剣を片手にふらりふらりと寄ってくる。
 あの赤い剣が使われるのが、私の暗殺だとはなんとも皮肉なものだ。
 私は自身を傷つけるものを彼に嬉々として渡したというわけだ。人生ままならないものだな。
 枕の下にある魔導器を起動させる準備をして、私はふと心臓魔導器を一瞬止めた後の無力化した彼の事を想像してしまった。
 
 彼は、きっと仮初の胸を押さえて悶え苦しむのだろう。
 ……それは、本来の彼の心臓であったら起こらないことで、私の操作一つでそうなることだ。
 それは、それはとても……酷い話のように思えた。
 彼は、私が『原作と同じだから』といった理由で二度目の生を押し付けられた。
 望んでいない生を無理矢理歩まされ、そして今度は命を弄ぶように私の指一つで苦しむことになる。
 命を握られている状態というのは、それは人としての生を生きているというよりも、所有者の気分に振り回される道具と同じなのではないか。
 私はそのことに気付いて、動けなくなった。

「……シュヴァーン、止まれ」
「…………」
「シュヴァーン」

 今度は彼の歩みは止まらなかった。
 私は彼に殺されるわけにはいかない。まだ、アレクセイとしての役目を果たしていなかったからだ。
 だが彼に攻撃を仕掛けようというのも、駄目だった。無理だ。
 心臓を押さえて悶え苦しむ彼を想像した時点でもう無理だった。
 私はもう心臓魔導器を操作することを諦めていた。
 私はここで彼に殺されるのだろうか。どこで間違えたんだろう。……最初っからか。
 ゲームで見たからだとか、そういうものに囚われて安易に命を弄んだ結果なのだろう。

 彼が目の前に来た。影を落とした彼の顔は、目だけが光り輝いているように見えた。
 片側は髪の毛に隠れ、露わになっている方の目が月光の微かな光を反射している。
 彼にしては珍しく伏せられていない目は、私の死をしっかりと焼き付けようとでもいうのか瞬きが少なかった。静かに佇む彼を見上げて、私は歯を食いしばった。
 ば、万事休す……。残念、私の冒険はここで終わった……。
 必死にデュークを説得したり評議会と喧嘩したりなんかせずに、欲望の赴くまま動物に埋もれていれば良かった……。死んだらどうなるのだろうか。内定をもらって歓喜している時の本来の私に戻るのだろうか。
 くそ……こんなことなら……こんなことならもっと……。

 時が流れる。
 シュヴァーンは私を見下ろした状態で動かない。
 な、なんだ……。怯える私を見ていい気味だと嘲笑っているのか。
 無様に慌てふためく私が見たくて圧をかけているのか。なんてやつだ。外道。卑劣漢。お前がそんな奴だとは思ってなかった。私が君の思い通りになると思うなよ……。金ならここにあるから命だけは助けてくれ……。いや、手元には無いんだがな。
 くっ、なんだ、やるならさっさとやれ。なんだこの時間は。長い、あまりにも長すぎる。
 土下座でも所望か。だが残念ながらやらないぞ。三点倒立ならやってやらないこともないが。いや待て、それは私が考えたかっこいいアレクセイ像のイメージを大きく損なう所業だ。やってやらないからな……。
 く、くそ……まだか……やるならさっさと……テメェ……楽しんでやがるのか……、……ん?

「……シュヴァーン……?」
「…………」

 彼は無言で私を見下ろしていた。
 敵意も殺意も無い。手に持った物理的な殺意を奮うことも無い。
 なんだ?

「シュヴァーン?」
「…………」

 訝しんで名を呼ぶと、彼がようやく動いた。
 剣を持っていない方の手が私の胸に置かれ、心臓を確認するように手が滑る。
 な、なんだ……? 剣でバッサリ斬る方ではなく、心臓を刺し貫こうというのか……?
 自分と同じ苦しみを味合わせようということか。それは怖いだろうな。
 硬い表皮に覆われた手の平が心臓の上を何度も滑り、他者に触れられているということに鳥肌が立った。そのまま上にスライドし、首に添えられる。剣で斬るのではなく締めるのか。なんて奴だ。窒息死は一番つらい死に方なんだぞ。動脈と静脈を締め上げることができる位置に手を置き、指で緩く撫でられる。
 猛獣が舌なめずりをしているのと同じ状態だ。軽く上を向かされ、無意識に喉が鳴った。
 私はシュヴァーンの顔を窺う。相変わらず無表情で私を観察していた。こ、怖い……いつ締められるのか分からない……。シュヴァーンから目を離さず眉根をぎゅっと寄せてその時を待ったが、その手に力が込められることはなく、するりと顎を伝って頬に添えられた。

 ……何がしたいんだ、彼は。
 私はようやく彼がこちらに危害を加えないのではないか、ということに気が付いた。
 頬に添えられた手は、そのまま止まった。親指が動いて、私の目尻をなぞる。……なんだ、この状況は。
 余裕が若干出来た私は、シュヴァーンをしっかりとよく観察する。先ほどから彼の表情は全く変わらない。瞬きが少なく、呼吸をしているのかも怪しいほど静かだ。こちらを見ているのかも怪しいし、焦点は固定されて微動だにしない。まるで人形のようだ。
 何を考えているのだろうか。

 撫でられるまま沈黙し、私は彼の行動の意味を考える。
 頬に手を添えるだなんて、恋人等の親しい者に対してやることではないか。親友でもしない。家族だったら……するのか? 海外のドラマとかだったら、父親が娘の頬を撫でたりとかしていたかもしれない。
 ただ確実に言えるのはこの行動は、親愛の動作だ。なんでだ。さっきまで殺す殺さないの話だったんじゃないのか。わっかんね。シュヴァーンの考えてることが分からん。
 とりあえずこの行動が本当に親愛やその類のものなのか確認をしようか。
 私は彼を刺激しないように、小さく囁く声量で名を呼んだ。

「シュヴァーン……」
「…………」

 無反応。いや、少し焦点がズレたか。
 どうやらこちらの声は聴こえているようだ。
 ゆっくりと枕の下から手を抜き出し、両手を軽く広げる。

「……きなさい」

 オラァッ!! 私の胸に飛び込んで来い!! といった覚悟で言うと、シュヴァーンは目を軽く見開いた。
 駄目かなぁと思っていると彼の顔が近付いて来た。そのまま肩に頭を預ける状態になり、私は驚いてしまった。……シュヴァーンが……私に身体を預けた……? 意味深。
 頬に添えられた手がするりと肩に落ち、縋られているような体勢になる。一体何が起こっているのか……。ゆっくりと彼の背に手を回し、もう片方の手は剣が握られた彼の手に添える。肩口から深く息を吐く気配がし、徐々に身体から力が抜けて私に凭れかかった。

 よく分からなかった。
 疲れているのか? 疲れて上司に暗殺を仕掛けるとか物騒すぎるだろ。
 私は剣を握る彼の指をゆっくりと解いていく。その手は冷たく、心配になるほどだった。
 背中を一撫でし、操作盤を開く。キィンと小さな起動音をさせたことにシュヴァーンが微かに反応したが、ぐったりと私に身体を預けたままそれ以上動かなかった。
 うーん、血圧も脈拍も正常。呼吸数が少ないか?
 他に何か異常が無いか確認するが正常に動作していた。ならやはりこれは心因性のものか。
 操作盤を閉じてまた背中を撫でる。彼の手を剣から退けて、彼の腰に提げられた鞘を取り外した。されるがままの彼を片手で支え、剣を鞘に仕舞う。落ちないようにベッドの上に置き、武装を解除させた彼を抱いてどうしようかと悩んだ。

 彼が何をしに来たのか分からない。本当なら何があったのか訊いてやるのがいいんだろう。
 が、私はもう眠たかった。

「……靴、脱がすぞ」
「…………」

 何も言わないシュヴァーンの身体を引っ張って、太ももを引き上げる。靴を脱がせて、もう片方も。肩からずり落ちそうになったら彼自身が嫌がるように手に力を込めてくるのでなんとか落ちずに済んだ。
 なんだか赤ん坊を抱っこしているコアラを思い出すな。他の動物でもいいんだが。
 靴をベッド下に放り投げてシーツを剥がす。全く動く気配のない彼の脚をベッドの上に引き上げて揃えてやり、そのまま寝転んだ。仲良く二人でベッドの上で寝転んでいる姿は、どう見ても面白すぎる。抱き枕かな?
 流石に肩から頭を落としベッドに転がった彼を見ると、彼もこちらを見ていた。
 起きてたのなら動いてくれても良かっただろう。成人男性を動かすこちらの身にもなってみろ。

 一つ息を吐いて、彼の頭を引き寄せた。
 女性でなくて悪いが、胸に抱いて腕枕もしてやる。なんて親切なんだろうか私は。
 背中に手を回してしっかりと固定する。……本当に何をやっているんだろうか。

 恐らくだが、シュヴァーンは人肌が恋しかったのではないだろうか。
 小説でも空虚を埋めるように女性と寝ている描写があったはずだ。彼の奇行も、その空虚を埋めるための行動だったのかもしれない。彼は自分が何をしているのか分かっていないような言葉を吐いていた。ただ、空虚を埋められるような事をしたかったのだ。
 その行動は、その原因を作った私の殺害で埋められると無意識に思ったのかもしれない。
 無意識の行動に決意はない。決意なく人を殺せるかと言われれば、きっとできないだろう。だから彼は私を殺さなかった。それだけのことだった。

 私は彼に対して申し訳なく思っている。
 だからまぁ、胸ぐらいは貸してやろうじゃないか。
 女性じゃないから彼も困りそうではあるんだがな……。
 自由にさせると何をするか分からないから怖いし、我慢してもらおう……。
 というかこう近いと、あの時の私の愚行を思い出して……あぁもう本当にごめんってあの時は……。

 ……けど、こう近しい場所にいられると私も困るんだがなぁ。
 大事になってしまいそうだ。……困るなぁ。
 これは動物。大きな猫。と自分に暗示をかけつつ抱き枕になった彼を抱きしめた。
 あぁ、困るなぁ……。
 大きく息を吐いて、私は眠ることを努めた。


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