ヘルメス式魔導器に力を入れようぜと持ち掛けたら研究員たちは色めき立った。
 魔導器開発は禁止されてはいないがグレーの部分がある。特に軍事力に使われることになれば禁止の域だな。ヘルメス式は高性能の魔導器だ。帝国は何故それに力を入れないのかとアスピオの研究員たちに散々言われていたので、今回のことでようやく自分たちの意見が通ったと思ったのだろう。
 ヘルメス式魔導器は、人魔戦争前にも開発されていたのだ。
 皇帝の名の下に研究・開発をされ、結果人魔戦争に繋がった。私はそのことを知っていたので極力開発を抑えるようにした。その時はどういった理由で諫めたのだったか。皇帝が崩御した後だったので、混乱に乗じてだったような気がする。

 アスピオの研究員たちは縮小された研究費でもって粘り強くヘルメス式魔導器の研究をしていたようだ。いやはや……。まぁそれが今役に立つ。とりあえず私はネットワークを確立させるためのサーバーを作れるかどうか訊いてみた。研究員たちはどうして私がそれを作りたいのか意図を計りかねてはいたが、作れるか分からないしどうやったらいいか分からないけどもまぁなんとかできるでしょうおそらくたぶん確証はないけどもというなんとも心強い言葉を頂いた。
 やっぱり難しい? ヘルメスちょっと黄泉の国から帰ってきてくれないかな。研究員にはネットワークを作る前に結界魔導器を作りましょうと言われた。……た、たしかにな。
 まぁそうだな。彼らがヘルメス式魔導器を使いたいのは人々のためにだし、いやそれよりも自分たちで結界魔導器を作るという偉業をやってのけたいのかもしれない。う、うん。いいぞ。作れ作れ。
 結界魔導器か。結界魔導器と言えばヘリオードでも使われていたなぁ。

 それと軍事力も強化しようということでヘラクレスの開発も持ち出した。
 こっちはアスピオの研究員たちに好評だった。
 話を持ち出しておいてなんだが、デュークに怒られないかどうか不安だな。
 確実に怒られるだろうが、ようやく協力してくれるとなったのにいきなり決別をされてしまっては困る。デュークはそういうところがあるからなぁ。
 ちなみにクロームには席を外してもらっている。秘書とは、副官とは。
 まぁいいんだ。こうでもしないと内容が知られてしまうからな。クロームがいるところに行ってわざとらしく「彼にも伝えておかないとな」を言ってそれで終了だ。
 一応ちゃんと魔導器の研究・開発の話だけをしたということは伝えておく。ヘルメス式とは言わないがな。しーらね。

 アスピオで数日程入り浸り、魔導器漬けになった頭に眩暈を感じつつ帝都に戻ることにした。
 帝都に戻る前にもう一つの目的の品であるヘルメスの著書を借りていくことにした。探すのにめちゃくちゃ苦労した。イフムンフト・ネプメジャプという、ペンネームにしては意味の分からないものだ。名前を憶えていなかったので本棚の前で長時間うろうろして司書に訝しがられた。
 帝国の権限でこれ外に持ち出すね。渋られたけども知らんな。私はこれ以上ここにはいられないんだよ。後でちゃんと返すから、な? なんとか強引に頂いていくことに成功した。
 
 う、うう、これであとはヘルメス式を開発して、イエガーに横流しを頼んで……。その前に紅の絆傭兵団に技術だけでも横流しをした方がいいんだろうかな。時期がよくわからん。恐らく原作の悪役共がヘルメス式魔導器を使っていたのは、試運転もあったのだと思う。ちゃんと機能するかどうかを確認するためにアレクセイが裏で動いていたのだ。
 アレクセイがヘルメス式魔導器を使うわけにはいかない。デュークに嫌われてしまうし……。
 はぁ。気が重いな。

 帝都に戻って部下たちに私が留守中どうだったか訊くと普通通りだったようだ。
 ついでに魂の鉄槌に頼んでいた武器と防具が届いたらしい。やったぜ。これで後は本人たちが来たら渡すだけか。
 と思っていたらなんとシュヴァーンが自分の隊の指導をしているらしい。ハルルの街で指導お願いねとは言ったが行動早すぎないか。あ、いやでもハルルからはダングレストよりも帝都の方が近いもんな。私からの指示を早めに消化したかったのだろう。だがちょうど良かった。私はシュヴァーンの居場所を部下に尋ねた。
 騎士の鍛錬所にいるらしいとのことなので、私はすぐさまそちらに向かう。

 シュヴァーンが人目につく場所にいるとは珍しい。
 仮・騎士団本部による仮・鍛錬所には多くの騎士たちが詰めていた。そこで各々が自身の鍛錬に及んでいるのだが、滅多に見ない人魔戦争の英雄が鍛錬所にいるということで皆気もそぞろだった。そんな中で騎士団長である私も登場したのだから騎士たちは鍛錬どころじゃなくなったらしい。
 まぁいいか。私はシュヴァーンに近付いて声をかける。
 シュヴァーンはハルルの時と打って変わってそれはもうシュヴァーンだった。レイヴンではない。
 死んだ目、とまでは言わないまでも抑揚のない、他者に対して興味を抱いていないような目をしていた。

 かっこいいじゃないか……。これぞ騎士というか、歴戦の猛者といった風格のあるシュヴァーンに思わず笑みがこぼれた。私がアレクセイで無ければ「ファンです!」と叫んでいたかもしれない。いやいや。
 羨望の眼差しやこちらを慕う表情、あるいはこちらを嫌悪し邪魔だと思っている目を多く見てきているのでシュヴァーンの「お前に興味はない」といった目は新鮮な気持ちになる。ハッ……これはあれか、「お前面白い女だな」に似た状態か。ふっ……私に羨望の眼差しを向けないとは、お前面白い男だな……。
 なんなんだ、これは。馬鹿らしすぎるな。

 シュヴァーン隊の者たちは敬礼をした状態で固まってしまった。
 邪魔をしただろうかな、と言えば「いえ」と言葉少なくシュヴァーンに返される。指導に精が出てるようだねーどうだ自分の隊の調子は、今後も期待してるよーと当たり障りない事を言って後で渡したいものがあるから私の部屋に来るように、とも言っておく。
 急ぎじゃないから鍛錬が終わった後でいいよ。シュヴァーンが首肯したのを見て、私は自身の執務室に戻った。さぁーてヘルメスの著書は後で解読しなければ。確かこれにマナの可能性のことが記述されていたはずだ。それはまぁついでなのだが、ヘルメスの頭の中を少しでも覗けるであろう本を厳重に保管し、仕事に取り掛かる。
 数日離れてるだけで書類の量が増えていた。クロームにも手伝ってもらい、緊急を要する書類と後ででもいい書類とを振り分けていく。評議会と喧嘩をしない分、まだこっちの方が気が楽だった。

 仕事を黙々と片付けているとシュヴァーンが来た。
 私は彼にエヴァライト製の赤い剣を渡す。本当は贈呈式とかそういうのをした方が良かったのかもしれないが、シュヴァーンはそういったものが嫌いだろうからやめておいた。
 というかまず隊長主席に就任した時に渡されるようなものだよな、これ。
 遅くなってすまんなーと謝るとシュヴァーンはいつもの特に興味が無いふうに受けた。
 剣を持った彼は一言断りを入れて鞘から抜き、眼前にそれを掲げる。む、ちょっと目の輝きが増した気がする。うんうん、やっぱり剣というのはいいよな。持っているだけでもなんだか気分が高揚するし、それが業物であれば尚更だ。
 シュヴァーンは何度か持ち手を握り直し、剣の重さや重心を確かめるように軽く動かしている。
 納得がいったのか剣を鞘に戻すと一礼をして「ありがとうございます」と礼を述べた。

 シュヴァーンが退室してから、クロームにも席を外してもらう。
 まぁ、彼女は秘書や副官の位置として据えてはいるが本来の仕事は特別諮問官の方だ。彼女も彼女で他の仕事がある。それに彼女がいるとデュークも部屋に来づらいと思うしな。

 そんなこんなで日々を過ごす。デュークはいつ来るのだろうかと今か今かと待ち望みつつ仕事に励む。
 ヘルメスの著書の解読はそこそこ進めていっているが、破壊された騎士団本部の復興はなかなか進まない。本部には重要な書類や設備があったので、それらを発掘されると困るということもあって騎士や信を置けるものたちが作業をしているせいだ。いっそのこと炎上とかしていた方が他の者たちが手を出せるのだが。
 まぁそうは言ってられないのでギルドにも手伝ってもらっている。あれらも一応、信用できる部類だからな。仮の騎士団本部は貴族街の中、というか離れてはいるが非常に近い場所にあるので貴族たちからの非難が轟々だった。うるせぇな。お前たちの安全を守っているのは誰だと思っているんだ。一部ぐらい貸してくれたっていいだろうが。

 時が進めば物事が進んでいくため、色々と問題が発生する。
 その対処と評議会との喧嘩、今後のことへの準備と一日一日が忙しかった。
 身体の方も完治したので久しぶりに暴れたいなぁとは思うが騎士団離れるの怖いです。評議会の人間共また何かやらかしそうで嫌なんだよなぁ。今のところはぜんっっっっぜん大人しいけども。大人しいからといって油断していたら噛まれる。
 騎士団本部崩壊以外の事件を知らないから、これからまた評議会が何かやらかそうとした時に対処が遅れるのが怖いんだよな。またあれほどの事件を起こされたりでもしたら私は評議会の人間を皆殺しにするぞ。許さん。次は無いと思え。


 デュークの訪問が無さ過ぎることに癒しが無く心が荒みかけていた頃、ようやくデュークは訪れた。私は窮地に神を見た気分で彼を歓迎した。

「デューク、また良い時に来たな。お前に伝えたいことがあったのだが、何か感知して来たのか?」
「お前の行動を逐一見ているわけではない」
「そうか。なら本当に偶然なんだな」

 気持ち良いぐらいにばっさり切られて笑ってしまった。デュークは何を考えているかは分からないが、自分の気持ちを偽らずに言葉に出すタイプは好きだ。真摯に向き合えばやりやすい相手だと思う。まぁ信念が違えば非常に厄介な相手ではあるのだが。
 今は協力関係であり、恐らくデュークからの好感度もそこそこ良いであろう仲だとまるで友人のように近しく感じる。
 デューク自身は私のことを友人とは思っていないかもしれないが、私はそう思っているとも。騎士団長ともなると友人なんか作れないからな。私のように、友人を裏切ろうとする者なんていっぱいいる。……自分で言ってて悲しくなってくるぜ。

 デュークを茶の席に座らせつつ、私は魔導器ネットワークの件を持ち出した。
 騎士団の指揮下に遺構の門が入ったのでこれからの魔導器発掘にはその機構を取り付けることはできるが、前にも言った通りもうすでに使われているものはその機能が無い。ので、強制的にネットワークを繋げるようなあれそれをする魔導器を新しく作ろうと思っている。そのことをアスピオの研究員たちに話をしてきた。
 まだ実現ができるか怪しい状態だが、きっとできるだろう。いや、やるとも。
 ヘルメス式であることは伏せておく。デュークは絵空事のような私の話を聞いていた。
 最終的に世界中の魔導器を破壊することが目的なので、なんとも大掛かりになってしまうな。

 私は言葉を切る。
 デュークは何も言わなかった。
 それは私の言葉に賛成しているというよりも、私を見極めようとしているのだろう。
 私は自分の言葉があまりにも浮ついていて笑ってしまった。

「デューク。私は、できる限りのことをしようと思う。それが今を生きている者の義務だ」
「…………そうか」
「あぁ。今はただの理想でしかないが、着実に根付かせて目的を果たそう。……だが、私がやろうとしていることは人への裏切りだ。魔導器は人々の生活を守る重要な礎であり、私はそれを取り除こうとしているのだからな」
「そうだな」
「そういうことだから……まぁ、私は人々の敵である、と言えるわけだ」

 デュークは私の言葉に何も言わなかった。
 ただその無機質ではあるが強い意思を宿した目で私を見ているだけだ。

「大罪人として歴史に名を刻むことになるだろう。……悪の道を歩むというのは、なかなかに乙なものだな?」
「やはり、解せんな」
「ん?」
「何故そうまでして魔導器を破壊しようとする。お前の言った通り、あれは人々の安寧を約束するものだ」
「ふむ。……おかしいか?」
「解せない。人の寿命は短い。その命が尽きるまでの間、自身の周りさえ守られれば良いと考えている。世界を憂うことなく、子々孫々に至るまで世界がどういった状況なのかも知らずに暗愚に生を営み、終える。それが人だ」
「それは悪いことではないだろうに。個々がそれぞれに重要な使命を帯びて生きているわけではない」
「そうだ。だがお前は、その大多数の人間たちの安寧を壊そうとしている。何故だ? お前の部下が魔導器に殺されそうになったからと一度は納得したが、それだけのことだろう。お前を動かす理由が分からない。何故『全て』になる。先程の話も、聞けば聞くほど夢を語るだけの机上の空論としか思えん」
「理想と言って欲しいものだな」

 こ、この野郎……ズバズバと言いやがって……。
 いやだがデュークがここまで饒舌になっているのは、私を理解しようとしてのことだ。
 相手を見限る時、人はこれ以上言葉を重ねても無駄であろうと沈黙を選ぶ。あるいは無視だな。デュークはそうせずに私に言葉を投げかけているのだから、私はそれに答えなければならない。
 くっ……デュークとの仲良しバランス難しいな……。

「ふむ……そうだな……。まず、その問いの答えは後にしよう。結論を言っても薄っぺらい言葉にしか思えないからな」
「それともう一つ、……お前はどこまで知っている」
「……それも後でだな」

 もぉ〜〜〜なになにどうしてってお前は子供のなぜなぜ期かぁ〜〜!!
 厄介な時期を引き当てたな。いや、まぁ子供に比べたらまだ話を聞いてくれる方だけども。
 さて、どうするか……。
 ここで面倒くさがって説明を怠れば決別だ。めんどくさいなコイツ。デュークがいなくてもまぁ原作の流れに持っていくことはできるのだろうが、できればデュークにはこちらにいて欲しい。最後は裏切ることになるだろうに、不思議なものだ。
 私は自分の行動の意味がよく分かっていないのかもしれない。
 でも私は言葉を費やそうと思う。宙の戒典を持つデュークを手元に置いていたいだとか、始祖の隷長との繋がりを持っていたいだとか、そういった要素もきっとあるのだろうがそれらはついでのようなものだった。
 騎士団本部破壊時の古代魔導器の解除はもう終えたのだ。これからは悪役ムーブをするときに宙の戒典の力を借りるかと言われれば……まぁ正直借りたいんだけどもデュークをどう説得できるか分からないし、というか御剣の階梯でザウデ不落宮を復活させてくれない? とか間違っても言えないし。
 
 私はどちらかというと行き当たりばったりの人間だ。評議会を相手取る時にはそうも言ってられないので先を先をと予想を立てるが、デューク相手だとどうもそれが働かない。
 裏切る、そう、彼のことを裏切るのだと言うのに私は何故か彼を必死になって引き留めていた。なんでだろうな。分からないけども、まぁいいさ。
 いや、待て。デュークに馴染みすぎていて忘れていたが宙の戒典は皇帝の証だ。お前早く返せよ。

 私はデュークにこれから私が行うことを伝えた。
 最終的には世界中の魔導器の破壊ではあるのだが、まずはサーバーの確立だ。これはアスピオの研究員たちに話を通している。魔導器は世界各地に散らばっているからな。ネットワークを作るためにもそのサーバー自体を世界各地に広く設置しなくてはならない。

 ユニオンとの友好的な関係は必須だろう。
 各地にそのサーバーを設置するためにはそういった方々の理解はいるからな。
 話を通さずに好き勝手にしようとすれば争いが起きるのは当たり前だ。私は争いたいわけではないし、というかむしろ仲良くしたい。友好条約を結ぼうと思っているのだが、荒くれ者のトップであるドンとはもう是非とも仲良くなりたかった。だってかっこよすぎるだろう。友人や同盟者とは言わずとも互いが互いを認めている関係とかもうやばいな。握り拳をしてその良さを語りたくなる。まぁ流石に私情を挟んだ話をデュークに語ることはないが。
 まだ幼くはあるが、次期皇帝候補のヨーデル殿下も争いを望んではおられない。時々話を伺うことがあるが、私の話に興味津々で理想に目を輝かせていた。洗脳とか言うな。志を同じにする同士と言え。

 皇帝不在の今、その話を進めるのも難しいものだろうが私はなんとしてもやるぞ。
 というか皇帝不在の原因はデュークが宙の戒典を持っているせいだろう。早く返せよ。
 皇帝がいればその話も今よりかは早く進めることができるだろう。デュークにその旨を伝えて返せと言えば「今の時点では返すつもりは無い」と言われた。なんでだよお前。意地っ張りか。

 あとはそのネットワークが完成すれば魔導器を破壊、あるいは魔核の昇華をしようと思っている。
 魔核が無ければ魔導器は動かない。当初は魔導器の方を破壊一辺倒で考えていたが、言ってしまえば動かなければいいんだ。どちらでも良い。
 魔核を昇華するにはリゾマータの公式がいる。結晶化したエアルというのは結びつきが強く、解くのにも大掛かりな術式がいるのだ。ネットワークで繋がれば遠くにある魔核の昇華も容易く行えるようになるだろう。……多分。いや多分の部分はデュークには言わないぞ。
 宙の戒典を返さなくてもいいから後で解析させろよ。私は世界を変革するんだから、それぐらいの手伝いはしろよこの野郎。

「言うことは簡単だがこれらを今からやろうと思えば数年、数十年と時間を費やさないとならないだろうな。いやはや、頭が痛いよ」
「……何故お前はその道を選ぶ」
「前も言った通りだ。私は魔導器があるから人の世は腐敗すると考えている。それに……憎くもある。お前が言った通り、部下を殺されかけたというのもあるからな」
「はぐらかす気か。お前のそれは何か深いものがある。それを言わずして、私の信を得ようとするのか」
「……本当に、お前は痛いところを突くなぁ……」
「答えろ。お前はどこまでを知り、何を憂いている」

 ガンガン攻めてくるなオイ。
 デュークってこういうキャラだったかな。
 どうしても原作のデュークを思い浮かべてしまって違和感があった。
 それに、憂うとは? 何を言っているのか。私は何も憂いてはいないというのに。強いていえばデュークの追及に頭を悩ませることを憂いてるっての。
 うぐぐ……、何を言おうかと頭を悩ませていると、私は『自分が原作のアレクセイと同じ役割をする』以外にまだ理由があることを思いついた。
 私は指を組んで口元を隠す。ゲンドウポーズだ。お前との話はもう飽き飽きだ。これ以上追及しないでくれよ。

「魔導器は、私の部下を守ってくれなかったからだよ」
「…………」
「テムザは魔導器開発の要所だった。あの場所は、人にとって世界一安全である場所だった」
「…………」
「それでも駄目だった。ならいらないだろう?」
「……結界魔導器に守られている人々を見捨てる気か」
「見捨てるだなんてとんでもないな。そのための騎士団だろう、そのためのギルドだろう」
「……全てを自らの手で護るとでも言うのか。傲慢だな」
「何を言っている。人とは本来そのようなものだろう? 互いが互いを助け合い、手を取り合うには魔導器は邪魔だ。自身を守るものが道具では、人々は『人』を蔑ろにする。今が良い見本だな。だから魔導器は必要ない。……大事な時に守ってくれないのなら、いらないだろう。あぁ、あとお前は私がどこまで知っているか知りたいんだったな。私が知っているのは」

 私は一呼吸を置く。
 こちらはもう最初っから決めてあるんだ。

「始祖の隷長がエアルの量を調整していること、宙の戒典にはリゾマータの公式が刻まれていること、満月の子はその公式に似た力をその身に宿していること。……魔導器が人魔戦争を引き起こしたこと、だな」

 デュークは戦争の部分で目を細めた。

「憎むのには十分な理由じゃないか?」

 ほらよ、これで流石に納得するだろう。
 デュークは案の定理解を得たのか黙り込んだ。
 どうしてそれらのことを知っているのかと問われれば、私は一つ一つ説明してやるぞ。文献というのは、それほど説得力を帯びる代物だ。人魔戦争の原因はヘルメスから聞いたとでも言えばいい。あ、でもやばい。参考文献を出せって言われたらどうしよう……。騎士団本部が破壊されたし、そこにあったんだよって言えばいいか。
 デュークは「そうか」と一言呟いて終わった。

 よっしゃ。今回もなんとか乗り越えたかな。
 デュークとの仲良し検定は合格だ。私は一つ息を吐いてエヴァライト製の防具が届いたことを伝えて席を立った。一応両腕分を作ったのだが、気に入るだろうか。
 防具を渡して付け心地を教えて欲しいものだな、と茶化すように言えばデュークは机の上に置かれたものを一瞥して、ふと顔を上げた。

「アレクセイ。お前は……始祖の隷長を憎んでいるのか」

 仲良し検定はまだ終わっていなかったらしい。
 だがそれの答えもすぐに出せる。

「人と同じだ。嫌な奴もいれば、良い奴もいる。テムザを襲った始祖の隷長のことは心底憎いと思っているが、他の者まで恨んだりはしない」

 デュークは「そうか」と言い、また机の上の籠手を見た。
 結局それを付けてはくれなかったが、その後の会話で騎士団本部が壊滅する時に助けてくれたのはエルシフルだったということを教えられて「マジか」と言ってしまった。デュークは私のいきなりの俗語に若干驚いていた。やっちまった……アレクセイのイメージが……いやまぁいいか。デュークだし……。
 私は咳ばらいをして誤魔化した。
 エルシフル……あの口元はエルシフルだったのか……。エルシフルのイメージが口元に固定されてしまいそうだ。エルシフルとは会いたくないが、あの口元しか思い浮かばないのも問題なので早く記憶の更新をしたいものだなと思った。


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