二度三度と帝都の結界魔導器を調査して分かったこと。
結界魔導器は、その大掛かりな機構に比べると使っていない部分があるということだった。
結界を維持する部分は稼働し続けているが、休眠している部分もあると。何か他に隠された機能があるのではないかという結果に、その休眠している部分がザウデ不落宮を動かすためのものなのだろうと理解した。
もっと調べると、その休眠している部分を動かすとなると大量のエアルが必要だということが分かった。
馬鹿らしいほど大量のエアルだ。エアルは濃度が高くなると可視化される。そこにさらに色が深まる要素も出てくるのだが、エアルの量としては辺り一面が「赤色」になるぐらいの濃度がいるらしい。
赤色と言えば、生身だと数分で死に至るレベルだ。数分も持つかどうか、といったぐらいか。
あぁ、なるほど。
アレクセイが謀反を起こした時に帝都がエアルで満たされていたのはそういうことだったのか。
私はゲームをする時は深く考えずにストーリーを進めるタイプの人間なので、どうしてそんなことをしているのかとかあまり考えないんだよな。とりあえずコントローラーを握って進めていけば勝手に登場人物たちが展開を進めてくれるし。
その弊害がまさかこんな形で出てくるだなんて思わないだろ。人生って深いよな。
研究員たちが興奮気味に論議し合っている。
その機構についての考察だ。ある研究員の一人が「結界魔導器が変形して巨大魔導器になって戦うのかもしれない」と言い出した時は思わず笑ってしまった。分かる。巨大ロボはロマンだよな。
ん……? 巨大ロボ?
私はその言葉であることを思い出した。
そうだ、ヘラクレス。あれも作らないといけないな。
ザウデ不落宮だったかに乗り込んだ時に、フェローを撃退するための兵器だ。
対・始祖の隷長用の兵器も作らないといけないのか……本当に忙しいな。
あれでアスタルを追い詰めていたんだっけか。精霊にするための始祖の隷長以外のものを倒さなければならないので、必須だろう。
結界魔導器を調べて分かった事は、使われていない機構を稼働させるには大量のエアルと鍵が必要だということだった。鍵というか、媒介になるものか。
そうか、それが宙の戒典か。原作のアレクセイは宙の戒典の代わりにエステルを使ったというわけか。
よし。それが分かればいい。あとはそのエステルを鍵の代わりにする術式を確立させるだけか。ここらへんも色々と考えないとな……。
ヘルメス式魔導器の開発に着手することに決めたので、私は帝都を離れることにした。アスピオに行くぞー! 騎士団の人員を引き連れて出張だ。評議会と喧嘩をすることなく、執務室で書類とにらめっこする必要もない。最高だ……。
クロームは私の傍に控えている。アスピオに一緒に行くとなると私が何をしたいのかバレるだろうな。できるだけ隠しておきたいんだが。デュークに説明する前にクロームにバレるのって最悪じゃないか? まぁいいか。クロームの傍でわざとらしく「彼にも伝えないとな……」とでも言っておいてやろう。
クロームがそこを突っついてくれたらデュークと分かる程度に情報を漏らしてやるんだが、彼女は聡明なのでそんなことはしないだろう。むずかしい。
デイドン砦を越えてハルルの街に着く。
夕暮れに近い時間帯に着き、ここで夜を越すことにした。
デイドン砦は騎士団の詰所もあるからそちらでもいいのだが、まぁこっちの方が花見とかできるし私だったら断然こっちに泊まる。
ハルルの街はゲーム画面で見るよりも広い街だ。騎士団に入団した頃の下っ端時代に騎士の巡礼として来た時には大変驚いた。まぁ当たり前なんだがな。ゲーム画面で見た程度の広さしか無かったらおかしいし。観光地としても栄えているので宿屋は多い。
泊まる宿屋はもう決まっている。帝都を出る前に予約を入れていたので貸し切りだ。
ハルルの街は満開の季節を過ぎてもなお花びらを散らしていた。いつ見ても良い景色だ。
さて宿屋に行こうかと歩みを薦めようとした時、見たことのある紫色を見つけた。
相手も直前になって気付いたようで慌てて身を隠している後ろ姿。あれ、レイヴンじゃね?
私はハルルの樹がよく見える場所を探している風にしてレイヴンが隠れた場所に近付く。建物の陰に隠れていたレイヴンを横目に、目が合う。私は軽く顎を引いて後で来いよのサインを送った。レイヴンは微妙な顔をしてから建物の間を縫ってどこかに行ってしまった。
夜。宿屋の机で書き物をしていると窓から侵入者が入ってきた。
まぁレイヴンなんだが。
レイヴンは、シュヴァーンの時のように死んだ目をしていなかった。なんだか新鮮だな。
「大将、お呼びで?」
「そうだ。ハルルで何をしている」
「えー? お仕事ですって。ドンのじいさんがここの酒が美味いから持って来いってさ」
「まるで小間使いのようだな」
「ま、そーね。じいさんは人使いが荒いのなんの」
やれやれと肩を竦めるレイヴン。
シュヴァーンの格好をしていないからこの態度なのだろう。
馴れ馴れしいと称するに相応しい物言いだが、まぁいい。
私はついでとばかりに彼の心臓魔導器のメンテナンスをすることにした。
結界魔導器を調べた時にちょっとした術式を思いついたので更新のためにも丁度良かった。
心臓魔導器を見るためにベッドに座らせて、服の前を開けるように指示する。微妙に抵抗されたが生娘じゃないんだからさっさとしろやコラをすると死んだ目になった。
まぁ分かるよ。何が楽しくて男の前で服を脱がなくちゃいけないのか。しかも上司から言われるだなんて、これがエロ同人だったらそういう展開になってしまっていたな。こいつも可哀相な奴だ。人生の中で一度でも上司からの脱げイベントがあるっていうだけできついのに心臓魔導器という生きるうえで一生付き合っていかなくてはいけないもののせいでこれから何度もあるのだから。憐憫。
その気持ちはよーく分かるが一応魔導器を視認しなくてはいけないんだ。術式をいじっている時に妙な動作をした時にすぐに分かるように、だ。
ちゃんと書き換え用の術式と現段階の術式のバックアップは分けられている。
術式の操作盤を展開して記録を見ていく。無理な使い方はしていないようだ。だが、うーん……生命力と周囲のエアルを使う比率を変える……のは駄目か。でももうちょっと出力を上げれるようになったら強くなれると思うんだがなぁ……。
生命力の使い過ぎは駄目だから周囲のエアルを取り込む方をもうちょっと……いや……それだと生身の身体にエアルが大量に入り込むことになるから身体の負担がすごいな……今の状態が一番安定してるから下手にいじるのはやめておいて……それじゃあやっぱり伝達の速度を上げて軋轢を減らす方向で……それだと効率良く術技に変換できるし……。
……ん、変換?
そういえば原作で星喰みが現れた世界でマナについてのことに触れていたな。
エアルと物質の中間のものだと記憶しているが、あの術式を確立すればどうだろうか。エアルよりかは濃度が高いはずだから術技の威力を上げるのに良いし、エアルを乱すようなことは……あ、駄目か。
いっそのこと結晶化したエアルである魔核を分解して取り込むという術式を作ってみてもいいかもしれないな。媒介が生身の身体に埋め込まれてるから制御が物凄く難しそうだが。外部の魔核を分解して死なない程度に取り込む。ううん……魔核に刻み込まれた術式が邪魔になるが、まぁ帝国は世の魔導器を管理しているので術式が刻まれていない魔核が一つぐらいはあるんじゃないだろうか。貴重だけど。
とりあえず循環の効率化の術式を更新する。改良ではあるのだが、まぁ微々たるものだ。
ヘルメスが考案したものであるこの魔導器は元々の作りが良すぎる。私が手を加えるまでもなく、普通に生きる分であればそのまま置いていてもいいぐらいだ。
だが、……つ、つよいレイヴンってかっこいいよな……。
握り拳をして語りたくなる。私よ、分かるぞ。原作をやっていて登場人物たちのかっこよさがやばいんだ。レイヴンとか騎士団とギルドのトップ2だぞ。有能すぎる……そんな副官の立ち位置の者が強いのは、こう、グッとくるものがある。
今の時点でも強いのだが、もしかしたらもっと強くなるかもしれないと思うと我慢できない。
心臓魔導器を弄れるのは私以外に認めていないので、私の頑張りがものを言うのだ。
頑張って術式を考えよ。
「無理な使い方はしていないようだな」
「まーね。疲れますし」
「術式を少し変えた。今回の調整でエアルの循環がスムーズに行われるはずだが、具合を確かめたい。治癒術を使ってみたまえ」
「へーへー」
例の「愛してるぜー!」が聴けるかなぁと思ったけどもそんなことは無かった。当たり前か。
弓矢を使わずに普通にファーストエイドを使い、私の身体にかけられる。……驚いた。まさか私に使うとは思っていなかったので驚きつつも自分の身体の調子を確かめる。目に見えての怪我があったわけではないので全く変化はない。
「どうだ?」
「……変化が分かりませんね」
「ならいい。術式の調整はこれで終わりにしようと思うのだが……、普段の生活で他に何か気になることがあるなら言いなさい」
レイヴンは目を天井に向けて考え込んでいるようだ。
すぐに出てこないということは、差し迫って困ってることは無いということか。
心臓魔導器のせいか分からないので出てこない、という可能性もあるので考えるレイヴンの言葉を待つ。
「……ちょっと寒い、ですかね」
「寒い?」
「動いてたら気にならないんですが、じっとしてる場面が多いと手先とか足先が冷えて……痛くて」
冷え性かよ。
それは筋肉をほぐすとか、血流を良くするしか無いんじゃないか?
「今もか?」
「まぁ……そうですね」
「ふむ。触れるぞ」
レイヴンの手首を取って脈を測る。
もう一度術式の操作盤を開いて血圧を見る。……普通の範囲内だな。
うーん。握った手首の温度は確かに低いような気がするが……。うーーん。
心臓魔導器が原因というよりも食生活なんじゃないか?
ありうる。酒とかよく呑んでるイメージがあるからな、レイヴンは。
それなら調整するのはやめておいた方がいいな。
操作盤を消して手を離す。
「ここで待っていなさい」
宿屋の一室から出て厨房に向かう。そこにいた宿屋の住人に豆乳が無いか訊くが、無いとのことなのでミルクにする。たしか、なんだったかな。ターメリックとシナモンだったか。あとハチミツ。ミルクを温めてそれらを入れる。
一つ分だけ入れたそれを持って部屋に戻る。
開いていた服の前を閉じて所在なさげにベッドに座っていたレイヴンに飲み物を渡した。
いきなり飲み物を渡されたレイヴンと言えば困惑していた。
「えぇと……これは?」
「冷え性に効く飲み物だ」
「冷え……」
さっさと飲めや、と促すと渋々と一口飲み「ヴゴェッ……あっま……」とやばい顔をした。
ハチミツを入れすぎたのかもしれないな。
「甘いものは苦手か」
「あー……人並み以下ってところです」
「そうか。なら今度からはハチミツを少な目にしたらいい」
「今度から、って……」
「君は代謝は良い方だろう。じきに温まる。それのレシピだが」
「え? もしかしてこれを毎日飲めってことで?」
「冷え性に効くぞ?」
「冷え……いやまぁそうなんですがね。これを、毎日……」
レイヴンが遠い目をした。哀愁が漂うぜ。
まぁとりあえず全部飲むまで帰すつもりはないので、その分はちゃんと飲めよと命令する。
両手でコップを持ち、背中を丸めてちびちびと飲む姿は仕事疲れで熱燗をいただくおっさんのようだ。なんだか物悲しくなってくるな。
どうせ飲み干すのに時間がかかるだろうから私は私で仕事をするか。
書き物机に座り、彼に背を向ける。部屋の中にペンを走らせる音と飲み物をすする音だけが響く。
アスピオに行ってヘルメス式魔導器の開発に手を出すのだが、本来なら人魔戦争が起きた直後ぐらいにやった方が良かったんだろうな。原作のアレクセイは始祖の隷長を憎んでいたから、それを打倒するための兵器を早くから開発していたはずだ。それに比べると私は始祖の隷長全体というよりも、テムザを襲った始祖の隷長が憎いだけだった。
フェローやべリウス、クロームやグシオス、今後精霊に生まれ変わる彼らと、ヒピオニアの魔物の統括をしていたアスタル。正直、どうでもいい。彼らは彼らの仕事をしているだけだ。
あぁそうだった。エルシフルも生きているからそっちもな。デュークの友人でもあるので負の感情は無い。
……そうか……やってしまった……そうだったエルシフルが生きてるということは……エルシフルも手にかけないと……いや、精霊に生まれ変わってもらう側に……まぁその時になってから考えよう。
人魔戦争が起こった原因はヘルメス式魔導器にあるとは分かっているが、これはどうしても進めないと。
原作始まる前にエルシフルに闇討ちされたらどうしよう。作中では穏健派だと言われてたけどもな。警告はしに来るかもしれない。その時はちょっと頑張って交渉してみようか。……嫌だなぁ。
レイヴンが飲み終わったようだ。私は彼の方を向く。
「どうかね」
「どう……まぁ、温まってはいますね」
「そうか。あまり飲み過ぎない程度に、冷えた時に飲むといい」
「…………分かりました」
「今日はもう戻りたまえ。私も明日は早く出なければならない。君も早々に身体を休めることだな」
「えっ?」
「ん?」
レイヴンが驚いたように声を上げる。私はそれに驚いてレイヴンを見た。
彼はしまったといった表情で目を逸らした。なんだ……?
「他に何かあるのかね」
「い、いえ……」
「…………」
レイヴンは言い淀み、だがそれ以上に何かを言うつもりは無いようだ。
なんだ? 彼が声を上げた原因を考え、別段普通のことを言っただけだよなと不思議に思う。
いや、待てよ。ははーんなるほど。そういうことか。恐らく私が呼び出したから何か任務を言い渡されると思っていたのだろう。それなのに何も言われずに帰されそうになっているから、「えっ? それだけ?」ということか。
「なるほど。君は随分と働き者のようだ」
「…………」
私がそう言うとレイヴンの目が淀んだ。おいやめろよ。いきなりシュヴァーンモードになるんじゃない。私は口の端を吊り上げてしょうがないなぁと彼に命令を下すことにした。
「私のために働きたいというのなら、そうだな……。ハルルの樹の枝を持ってきてもらおうか」
「……はい?」
「ハルルの樹には三種の花が咲くことは知っているな? その三種の花を取ってこい」
「それは、……何故ですか?」
「桜の木は枝を折るとその部分から腐食していく」
「は、はぁ……」
「ハルルの樹の枝を折れば……そういうことだ。今の君には十分な悪さだな」
「え? あ、はいぃ!?」
「悪さを働きたいのだろう。さぁ、早く行け」
「わ、分かりましたけど、……えぇえ〜〜……?」
レイヴンはさっさと窓から出て行った。
まぁ正直、ハルルの樹は桜とは別種のものだろう。三種の花が咲くという時点でお察しだ。
色んな種類の植物が絡み合い共生しているというよりも、融合して一つの大樹として在る。
それに枝を折られたぐらいで駄目になるのなら、ハルルの樹はもうとっくの昔に駄目になっているだろう。だからそこらへんの心配はしていなかった。
わりとすぐに帰ってきたレイヴンは、手に二振りの枝を持っていた。さすがに一つの枝に三種は咲いてなかったか。ご苦労、と労って枝をいただく。やったー乾燥させてルルリエの花びらとして保存するぞー。……いや、違うな。三種の花の中にルルリエというものがあるというだけだ。
レイヴンは戸惑いながらも次の指示を待っているようだ。まだ何かやりたいのか? 本当に仕事熱心だな。まぁそう待たれても何も無いんだがな。
ふん、ドンがレイヴンを小間使いにするんだったら私もそうするだけのことだ。
見てみろ、騎士団のナンバー2は私の言うことをきくぞ。たまんね。上司で良かった。あのレイヴンが! 私の言葉をきくんだぞ。やっべ。
「……その花、好きなんですか?」
「いや、好きというほどでは……。あぁ、だが懐かしくはある」
「懐かしい?」
「三種の花の頭文字を取ってハルルと呼ばれているだろう。その花の一つにルルリエがあるが、その響きがな、似ているんだ」
「……それは俺が聞いてもよろしいことで?」
「勿論だ。私の……懐かしい記憶の中にこの名がある。ルルイエ。……海底に眠る、古代の遺跡の名だ」
いやー、前世といえばいいのか、アレクセイになる前の人生でわりとハマってたんだよ。
ルルリエなんか見たら思い出してしまう。アレクセイになってからもう三十後半だが、本当に懐かしい。私はどうしてアレクセイになっているか分からないが、こういった前を思い出すことも少なくはない。そのたびにホームシックだったり友人たちのことを懐かしんだりとしているのだが、趣味のことを思い出すのは久しぶりだ。
オカルトに傾倒していたとか、今の私では考えられないな。
いやでも今でも神話の類は好きなんだけども。人の歴史というのも、なかなか良いものだ。読み物として読む程度なら十分に楽しめる。
私は適当にコップに枝を挿し込んでおく。あとで花を毟るんだからその程度の扱いでいい。
「ルルイエ……ですか。聞いたことがありませんが」
「それはそうだろうな。私しか知らない事だ」
「……閣下だけ」
「あぁ。他に知っている者などいまいよ。……知っている者は、もういない」
「…………」
前世でもマイナーの部類だったしな。いや、どうなんだろうか。私が生きていた時分では結構流行っていたか? まぁオカルトに興味が無ければ一生知ることは無いだろうものだが。
あぁ懐かしい。友人たちと一緒に盛りあがったのが遠い昔のようだ。実際本当に遠い昔のことなのだけれど。
と、懐かしさに浸り続けるのも拙いな。
私はシュヴァーンのように姿勢正しく立つ彼をこれ以上付き合わせるのも悪いと思い、そろそろ帰してやることにした。
あぁそうだ、もう一つ。
「シュヴァーン。時々でいい、君の隊の者を指導してやりなさい。彼らは君のことを心待ちにしている」
「…………はい」
「以上だ。ギルド潜入の任を励みたまえ」
一礼してレイヴンは窓から出て行った。
私は窓を閉めて、ルルリエの花を毟る。パナシーアボトルは別に欲しくはないが蒐集欲が働いた結果だ。ちゃんと乾燥させて置いておこう。
夜は更けていった。
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