なんとかデュークを味方にへと引き込んでルンルン気分の私は痛む身体を無理に動かしつつ仕事に精を出した。アスピオから「結界魔導器を調べると聞いて」といった感じに駆け付けた研究者を迎え入れて結界魔導器まで案内することになった。
 帝都の地下は広い。古代文明の叡智が詰め込まれた場所である帝都の地下はほとんど調査されずに放置されていた。帝都ザーフィアスを覆う結界魔導器の機構が据えられ機能しているこの場所は「下手に触って壊れられても困るし」だとか「今動いてるんだから別に調査しなくてもいいんじゃない」と要約すればこう言った思考の下、手を出さずにいた区域である。
 古代魔導器の使用による騎士団本部爆破事件の後に古代文明から続く結界魔導器を騎士団長自ら赴いて調べに行くということに評議会が難色を示したが黙殺して今回の調査に乗り出した。

 奈落の底に続くんじゃないかという程深く長く穿たれた空洞を降りていくための螺旋階段を降りて行く。階段の幅は広いし空洞の部分も幅が狭いため落ちはしないだろうが研究員たちは足を滑らさないように恐る恐る進んでいるので進みは遅々としていた。騎士たちも同様らしく、手に持った光照魔導器を掲げながら一歩一歩確かめつつ降りて行く。
 ネズミ型の魔物が不意打ちに出てきて研究員たちが動揺し、どろどろと数を増やしていく魔物の数に騎士たちも釣られて光照魔導器を暴れさせた。研究員の一人が悲鳴を上げて飛び跳ね、危うく奈落の底に落ちかけたのを助けて、私は閃くものを感じた。
 こ、この状況は! あれを言うしかない!

「狼狽えるな! 諸君、騎士たれ!」

 そう言って魔物を薙ぎ払う。言えた! 言ったぞ! なるほど、私の記憶はここのことを覚えていたらしい。騎士たちは私の言葉に呼応して素晴らしい働きをしてくれた。研究員たちは数名転んだり機材を床に落として傷を付けたりと楽しそうにしていたが、人員への被害は無し。
 私は彼らの状態を確認し声をかけつつ「騎士たれ」を言えた達成感に溢れていた。
 もう結界魔導器を調べに行かなくてもいいんじゃない? 私の目的はほぼ達成したようなものだけども。
 とは言うものの結界魔導器を調べるイベントはちゃんとこなしておかないといけない。原作アレクセイを再現するのだ……。正直なところ、この部分しか覚えていないのでどうしてアレクセイが結界魔導器を調べたのかも分からない。

 エステルを誘拐して御剣の階梯で何かをしてザウデ不落宮が……出現していたんだったかな……? といったあやふやな記憶しかない。まぁとりあえず調べておかないといけない場所だ。
 結界魔導器の機構の前に来て研究員たちが一斉に準備を始める。後ろから見ていたらワーっと散らばっていってる風なので、彼らが小動物にしか見えなかった。小動物といえば癒しが欲しくなってきた。今度デュークが訪れた時にまた頼んでみようかな、と考え込んでいる中研究員たちは黙々と作業をしている。
 あまり魔導器に対して良い感情を持っていないが、私も参加するか。
 一応、アレクセイだからということで魔導器については猛烈に勉強をしていたので分からないことは無い。古代魔導器を解析するのに私も紛れ込んでいたから、まぁそこそこ使える方だろう。

 研究というのは時間を忘れて没頭してしまう。
 アスピオの研究員たちはそれが顕著だ。
 プログラミングに似た文字列に頭が痛くなってきた私は一度目の調査を切り上げることにした。
 調査員たちは残念そうにしていたがまた連れて来てあげるから、あと今回調査した分を考えるのも大事なことだしってことで戻った。
 さすがに古代文明は手強い。

 執務室で次回の調査の日程を決めている中、私はふと自分の仕事が多すぎるな、と思った。
 帝都の事だけなら、まぁ禿そうにはなるが補佐官がいる状態でもいけそうな気がする。それでも仕事が多いのだけども。今から色々と考えないといけない中で法律だとかなんだとか頭を悩ますのもなぁ……。いやでも普通に考えて今までがおかしかったのだ。そうだそうだ、私はあまりに人を信用しなさすぎた。
 私は副官を傍に置くことにした。
 評議会とぶつかる時に一人だとしんどいし、それにこれからは外に向けて多く動くことになるだろう。出張だ出張。現地の視察だとかなんだとかもしていたが、その頻度が増えるだろうし。私のところに専用というか、まぁ傍控え、秘書みたいなのはいるよね。秘書の役割は補佐官たちがやっていたが、これからは他のこともしてもらおうと思うしいいや。
 ということで副官誰にしようかなぁ〜秘書さん候補どうよ〜と募ってみたらクロームが来た。
 ……そういえばそうだった。この人本編でもアレクセイの傍にいたな。

 私は内心の動揺を悟られないように緩く笑んでクロームを歓迎した。
 特別諮問官である彼女は評議会との重要な橋渡しになる。どちらかというと評議会側の人間……まぁうん、人間である彼女が私の傍に来たということは評議会も私に大人しくしてほしいのかもしれない。しないがな。
 いやまぁユニオンに対してもうこれ以上睨み合うのはやめようぜ、友好関係築いた方が後々いいって、ということを言ったのに難色を示していたので、まぁそういうことだ。騎士団本部崩壊前に言ったことだったが、今来たか。
 外に交渉に出かける時は絶対に傍に置いておけよ、とのことだ。評議会からの手助けに見せかけたものだ。
 なるほど。秘書だったら大体傍にいることになるだろうし監視にちょうどいい。それに始祖の隷長からの監視も加わるのかぁ。クローム有能だな。

 クリティア族の姿をした彼女はなにものをも悟らせない表情で当たり障りない挨拶を述べる。私はすぐさま彼女に仕事を押し付けた。
 これをしたいあれをしたいを頭の中でリスト化するのも疲れるんだ。
 とりあえず彼女は始祖の隷長からの監視だ。デュークに「魔導器を世界から駆逐しようぜ」と言った手前、あまり大掛かりな魔導器の研究・開発を知らせることはできない。おかしいなぁ。仕事を楽したくて副官を募ったのになぁ。
 まぁいい。他の仕事が多すぎるからそこらへんを……。

 本編でアレクセイがやっていたことは、本当に多岐にわたる。大体の悪事の裏にアレクセイが関与していましたってぐらい手広くやっていやがったので、どこから手をつけたらいいものか迷うな。う……うう……と、とりあえず、デュークにはネットワークを作りますよと宣言したのでその通りにしよう。
 つまり、ヘルメス式魔導器に手を出そうと思う。
 いやだってねぇ……強力なネットワークには頑丈なサーバーが必要だしね……。
 世界中のエアルが乱されるとは言うが、この部分はどうしても必要になってくる。
 ヘルメスの技術はアスピオに置かれているので積極的に開発をしようと思えば研究員たちは歓喜に発狂して飛びつくだろう。研究者怖い。魔導器は帝国が厳重に管理しているし、その開発となるとまぁわりと簡単に出来てしまう。ということでゴーゴー。
 クロームにはできるだけ伏せておこう。説明をするというのならデュークにしなければ。


 魂の鉄槌に剣と防具の製作を依頼しつつ、私はイエガーを呼び出した。
 イエガーは窓から侵入してきた。おいおい私の周りの連中本当に窓が好きだな。

「ハーイ、マイロード。呼び出しに応じ、参上しましたヨー」

 あの特徴的な服装はさすがにしていなかったが、イエガーはニコニコとうさんくさい笑顔で大仰に手を広げた。おぉ、本編のイエガーの口調と同じだ、と感心しているとイエガーは観察されていることに狂人のそれと同じく口の端を引き上げた。怖い。
 イエガーから闇ギルドの乗っ取りのことと、そのギルドの運営の方針を訊く。
 海凶の爪は暗殺のイメージが強い。だが他にも武器や魔導器の密売をしているらしく、私はそれを聞いて使えそうだなと思った。原作の方でも確かビジネスと言ってキュモールの近くにいたし、上手く使えば色々と暗躍できそうだ。暗躍……できるかな……いややらないといけないんだが。
 魔導器の密売をしているというのなら、開発した魔導器を評議会の人間に渡して使わせたりできるし、なんなら騎士団長アレクセイの名の下にヘルメス式魔導器を開発しました、ではなく彼らに開発させる目的で押し付けることができる。
 な、なるほど……つまり原作のアレクセイはそういうことをしたってことだな……? やばい、頭が良すぎる。

 いわゆるコロンブスの卵だ。
 私は原作のアレクセイがやったことを追いかけているだけだが、彼はそれを考え付いてやってのけたのだ。私でもまぁ、考え付くまではできるかもしれないがそれを実際にやったとなるとすごすぎる。わ、私も頑張らねば……。

「ふむ、そうか。ご苦労。ではそれらを踏まえて君のこれからの動きなのだが、まずはギルドの運営に力を入れてくれ。騎士団との繋がりを悟られるな。そうだな……私とごく一部の周りの者たちの暗殺依頼は受けず、他は好きにしてくれていい」
「オー、いいのデスか? あなたのことを信奉している可愛い可愛い部下たちだっているのでショウ?」
「彼らもそう柔ではない。それにこちらも遂行させるつもりは無い」
「なら、マイロードへの暗殺依頼を受けてもいいのでは? ミッションをコンプリートさせないんデショウ?」

 イエガーがそんなことを言った。
 えぇえ……めちゃくちゃこっちの命を取りに来ようとしてるじゃないか……。
 私はそう言い放ったイエガーを見る。イエガーは笑っていた。完全に私の反応を楽しんでいるな。本当ならここで強く諫めた方がいいのだろうが、なんか怖いし触りたくないので適当に流すことにした。

「ふむ……。君は一介の暗殺者如きに私が後れを取るとでも? 数で圧せばいい、と考えているのならやめておけ。羽虫が集まったところで目障りでしかない」
「……ソーリー。言葉が過ぎましたネ」
「分かったならいい。あまりくだらないことを言うな」

 ここで孤児院の子たちのことを言えばさらに締め上げることができるのだが、謀反が怖いデス。今の状態だって好感度マイナスなんだからさらに負の感情を積もらせることもないだろう。
 あーでも遂行させるつもりは無いとは言ったが情報は欲しいな。とりあえずそういう依頼を受けたら、その依頼をした人間の情報と一緒に教えてくれ。海凶の爪と密に繋がっていると思われないようにはしとくから、情報だけでも。

「ノンノン、信用はギルドにとって重要なファクターデース。いくらマイロードと言えども、そう簡単にクライアントの情報は教えられマセーン」
「なるほど。ではどうすればその情報を引き渡す?」
「ビジネスデス」

 イエガーはそう言って私の目を凝視する。顔のどこかを見ている、だなんて生温いことは無く完全に私の目を見ていた。瞬きの少ない目で見られるとさすがに怖い。イエガーに対しての感想が「怖い」一辺倒なんだがどうにかしてくれ。

「海凶の爪は情報も売り物にシマース。それが誰であれ、なんであれ、応じるのがミーのギルドデース」
「なるほど、手がたいな。そちらの方が信用ができる」
「オー、マイロードはアングリーしないのですネ。仮にもミーはマイロードを仰ぐ部下……、ですヨ?」
「そうだが君はギルドの人間として動く。騎士団の人間である私と対等にビジネスをしようと言うのだろう。ならそれでいい。書面にした方がそちらも反故に出来なくなる。ギルドは信用が物を言う、だったな?」
「…………そうデース」
「ではそれで行く」

 私はイエガーに褒美としてエヴァライトを渡す。一本の剣を打てるぐらいの量を渡し、他にもエヴァライトがあるけどもビジネスする? と訊くと買い取っていった。
 エヴァライトの今の時価を提示するとちょっと考えてはいたが、エヴァライトは希少性がある優秀な素材だ。
 褒美と合わせて武器三本分の量を抱え、イエガーは「良い取引ができましたネ?」と狂人笑いをした。エヴァライトの前払いで今後の騎士団への暗殺依頼の情報を得られる。資金繰りに頭を悩ませていた私としては、出どころ0ガルドの素材で情報を得られるのは有難かった。デュークさまさま。

 こんなに素材を渡したというのにエヴァライトはまだある。エヴァライトの希少性が下がっちゃうぜ……。あとはシュヴァーンの剣とデュークの防具を作って隠しておこう。
 遺構の門は騎士団の指揮下の下、発掘された魔導器はギルドと騎士団両方者に売り渡すということで詰める。まぁ、こちらもヘルメス式魔導器の開発に手を出すので、それの横流しで金銭のやり取りは……ま、うん……がんばる……できるんじゃないかなと……うん……。ちょっときつかったらポケットマネーの出番ですよ。どうせ原作を忠実に再現しようとしたら、私はザウデ不落宮で死ぬし……お金があってもしょうがないよね。
 イエガーは来た時と同じように窓から退散していった。……本当にみんな窓好きだよな。


 久しぶりに私邸に戻って私はふと考えていた。
 原作を再現しようとしたら私は死ぬ。その事実は前々から知っていただろうに、私は少し考え込んでしまった。今更やめようとは思わない。一応準備をしようとしている初期の初期の段階だから、今やめようと思えば何も無かった、騎士団の運営にちょこっと過激なことをしたんだ、ぐらいに収められる。
 シュヴァーンの手を汚させてしまった事実はある。
 その罪は何をやろうが雪げはしないだろう。
 だが、あれは必要なことだった。あの状態で放置していれば咎められなかった議員たちがさらに調子に乗り出していただろうから。
 そうだとしても、必要なことだったとしても、私は彼にそうさせた。
 イエガーの事もそうだ。結局のところギルドを乗っ取る事態になってしまったが、その時に犯させた罪は私の言葉からきている。なら、それもだ。
 私はぼんやりと考えながら、まぁいいか、と考えることをやめた。
 考えていても仕方がないことだ。
 私は、アレクセイ・ディノイアとして原作通りに動く。それだけだった。


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