結果的に言うと、騎士団本部は崩壊した。
 古代魔導器は無事に解除、いや破壊できたようだが逆結界内の負荷が大きかったようだ。
 私は濃いエアルに酔っていて状況がよく分かっていなかったが、魔導器を破壊した後しばらくは建物は耐えていた。壁からバキバキ言ってる音が聞こえるなぁとかデュークが私を引き摺って行こうとしているなぁとかは認識できていたが、どうも意識が朦朧としていた。
 デューク以外に誰かがいて、二人で協力して私を連れ出そうとしていたようだが廊下の途中で天井が崩れてきてデュークたち諸共生き埋めになった。
 あ、死んだわ、と意識を飛ばして次に目を覚ました時にはベッドの上。生きてました。
 身体の至るところが痛い。包帯塗れで医者の説明を訊くとどうやら全治一ヶ月らしい。大怪我じゃないか。安静にしていてください、だなんて言われたがそんなに仕事休めませんねぇという旨を伝えたら怒られた。医者には勝てなかった。
 一緒に生き埋めになったであろうデュークともう一人は見つからなかったらしい。なんでだよ。まぁデュークのことだから不思議パワーで生きてるだろう。生死の心配はしていない。

 医者にたしなめられた後、部下を呼び帝都の門の封鎖を命じた。オラオラ、すごいことをやったんだから逃げるなよ。画策した奴らよぉ。私は生きてるぞコラ。ああん?
 他の部下が報告に来た。部下は私の大怪我具合に報告を続けていいものかどうか迷っていたが、今どんな状況になっているのか知りたかったので続けさせた。
 騎士団本部は崩壊したが、中にいた人たちは大方無事だったようだ。
 逆結界が解除されて逃げれたとはいえ、後ろにつっかえていた人間たちは建物の下敷きになったらしい。……そうか。
 だが全てを助けることはできなかったが、元々は全員死んでいたと考えると良い方か。そう考えてしまう自分が嫌だったが仕方が無い。

 部下の報告は騎士団本部崩壊後の市街の混乱をなんとか鎮静化させたこと、古代魔導器を所持し使用したと思われる今回の犯人の確保、指示したと思わしき評議会の人間を取り調べ中だということに加え、騎士団本部に詰めていた人間たちの治療で人が圧倒的に不足していて自分が頑張るのしんどいけどもしょうがないよね〜というちょっとした愚痴が添えられた。

 そうか。
 ……そうか。

 私が作ったリストが役に立ったと笑う部下に、私は小さく笑った。
 なんだ。私は『原作の登場人物』に対して絶対的な信頼を寄せていたが、原作で見なかった私の部下も当たり前だが生きていて十分有能じゃないか。自分が恥ずかしくなった。
 評議会の人間に探りを入れるのは危ないと、過保護になりすぎていたようだ。彼らは彼らで十分に仕事をしてくれている。…………そうか。
 全治一ヶ月の怪我を負っているということもあり、部下には「ちゃんと療養してくださいよ」と釘を刺されてしまった。ベッドの上に寝転んでいるだけじゃ暇だから動けるぐらいになったらすぐに復帰しようとしていたのも見抜かれていたようで、「ちゃんと、療養、してくださいよ!」と念を圧される。分かった分かったと笑えば部下は私を疑いながらも退室していった。

 病室で待ち続けるのは暇で嫌だな、と思いつつ療養していると部下からの続報を受ける。
 騎士団本部崩壊の件で指示したであろう評議会の人間が、証拠不十分で釈放されたようだ。実行犯の証言が取れたというのに、自身を陥れる罠だなんだとごねられてしまった。評議会の人間がよくやる手だな。
 悔しそうにしている部下を労う。
 今更その人間の周辺を調べても難しいかなと思いつつ古代魔導器の入手ルートを調べるようにと伝える。一応な、一応。まぁこれでソイツも不用意に動けなくなるし、その間に私がなんとか……うーんどうしようかなぁ。
 帝都の門を封鎖した直後に案の定評議会の人間が何人か閉じこもったようだ。たのしいなぁ。どうしてやろうかなぁ。
 閉じこもった評議会の人間共をきっちりと調べて、あとは挙動不審になってる奴らもリストに加えておこう。

 悔しそうに報告していた部下が一転、気持ちの良い顔でもうひとつ私に伝えてきた。
 騎士団本部を覆っていた術式を解除したのはどうやら私ということになってるらしい。部下の熱っぽい賛美の言葉を曖昧な笑みで受けつつ、デュークの手柄を横取りしてしまったと申し訳なく思う。
 デュークは人からの賛美を欲することはない。栄誉も、称賛も、全ては無価値の物。
 なら私が貰ってもいいか。あとでデュークに代わりのものを用意してやろう。何がいいだろうか。デュークは何も欲しがらないだろうが、助けてもらったんだ。無理にでも聞きだして感謝を押し付けてやろう。
 部下が退室したあと、私は眠りについた。


 病室で食べる食事ほど味気無いものは無いな。
 食欲は無いが無理にでも詰めて回復を図る。味覚がおかしくなっているのか味があまりしない。それでも詰めるんだが。部下が続々と報告を上げてきてオラ楽しくなってきたぞ。
 そうだったそうだった。騎士団本部を壊滅させたのはフィアレンだったな。確かそんな名前だった。他の名前も知っている。ははーんなるほどなるほど。カクターフとか物凄く知っているなぁ〜〜。
 帝都の門を封鎖し続けることは難しい。幸福の市場は早速不満の声を上げている。商人たちにとっては仕入れができないのは痛手だろう。だが知らんな。もう少し時間がいる。

 崩壊した騎士団本部から魔導器やら書類やらが引っ張り出されて私の周りに集められる。
 なんかこれ働き蟻が女王蟻の周りに餌を集めてるやつを思い出すな。これが生態系か。待て、それだと私が女王……? なんてことだ。これ以上頭がおかしくなる前に早く来いよシュヴァーン。
 ゴミみたいな物に囲まれて虚無の目で天井を見つめていたらようやくシュヴァーンが戻ってきた。万感の思いを込めて「よく戻った」と言った。私は役者。

 シュヴァーンはいつも通りの死んだ目だった。
 私は彼に今の状況を教える。騎士団本部が崩壊した、部下の大半は無事だった、評議会の人間が私を疎んで及んだもののようだ、だがね、私はこうやって生きているし諦める気も無い。お前たちが敵に回した者が一体どれほどのものか思い知ればいい。ここに今回の騒動に関わっているであろう、騎士団に敵愾心を持つ評議会の議員の名簿がある。さぁ、シュヴァーン、やってくれるな?

「やれと言われるのなら。ですが、……本当によろしいのですね」

 私はその言葉に思わず笑みを浮かべた。
 シュヴァーンは私の表情に少なからず驚いたようだ。
 そうだろうな。シュヴァーンにとっては今初めて聴いたものに当然の返答、念押しをしただけのこと。だが私にはそれは『原作通りの』待ち望んだものだ。人は変わる。昔はそんな悲しいセリフを言わせないでおこうと思っていたし、その手を汚させるのも嫌だと思っていた。
 人は変わる。
 良くも悪くも変わり、信念は曲がっていく。
 上も下も無い、貴族も平民も無い、皆が平等に笑い合える世界を、国を。

 だが考えてみろ。そんな理想論、ただ突き進んでいけば手に入れられるか? 突き進んだ結果がこれだ。私は分かっていたが、それでも私はここまでに到達してしまった。もういいや、そんなことを思った。邪魔をするのなら、阻むのなら、私はそう成ろう。
 お前たちの恐れているものになろうじゃないか。
 
 理想には犠牲が付き物だ。その犠牲とは何か。私だ。私がそう成ろう。
 少なくとも私は一つの結末を知っている。その結末は、最終的に世界中の人間が手を取り合い助け合う素晴らしいものだ。
 犠牲というよりも当然の歯車だ。やっぱりアレクセイはいる。アレクセイという素晴らしい駒は必要だ。
 駒を動かして全てを薙いでやろう。
 私は自分でも驚くほど静かに、穏やかに、憎んだ。
 魔導器なんてクソだな。それを使って人をまるで取るに足らない虫のように潰そうとした人間もだ。
 そんなクソ共は死ね。
 私は笑ってシュヴァーンに「もう決めたことだ」と言った。

 ……ついでにお前も地獄に同行させてやるよ。
 やろうと思っても、どうしても一人では無理だからな。
 『原作の人間』を私は無条件に信用し、信頼している。原作で起こったことなら、きっとその通りに進んでくれるだろう? 私はそう信じているよ。無理に方向性を変えて予想ができなくなるよりもずっと安心だ。
 今私がなんとか頭を捻れば良い方法も出てくるかもしれない。本部に詰めていた部下たちは全滅ではなく大半は無事なのだから他を考えれるのかもしれない。だがね、……そんなこと知らねぇんだよな。知ったこっちゃない。
 私は守らなければならない。
 この国を、な。
 そこに住んでいる人を、慕ってくれる部下を、……。

「シュヴァーン」
「はい」
「君は、騎士団を抜けてギルドの人間になりたいか?」
「は、……は?」
「君の口から聞いてみたくてね」
「いえ……そんなことは」
「そうか。……本当にそうなのか?」

 ようやく表情らしい表情を浮かべたシュヴァーンは、私の真意を読み取ろうと険しい顔をしている。
 いいぞいくらでも見ろよ。私に真意なんか無い。ただ訊いてみたくて訊いただけなんだからな。あぁ困ったな、そんなに見つめられると穴が空いてしまいそうだ。
 さぁどうだろうか、シュヴァーン。

「……俺は、用済みということですか」
「何を言っている。そんなことは無い。私には君が必要だ。そう、これからの長い道を考えると君は不可欠な要素なんだ。だから今君に抜けられると私は非常に困る。だが」
「…………」
「その長い道にもいつか終わりは来る。その時に君はどうするんだろうな」
「…………」

 考えろ考えろ。考えるのは生者の特権だと思わないか。
 私はうっすらと笑みを浮かべてシュヴァーンを見る。私の言葉をじっくり吟味しているシュヴァーンの目には微かに光が灯っていた。

「……閣下の、望んだ理想を成し遂げた後のこと、ですか」
「そうだな」
「…………分かりません」
「ふむ」
「ですが、今の俺は、……私は、帝国騎士団隊長首席 、シュヴァーン・オルトレインです」

 そう言うシュヴァーンはまた死人に戻った。


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