***

 シュヴァーンが私の部屋に転がり込んできたよ事件から数日、私は書類をさばいていた。
 執務室で仕事をしながら騎士団が崩壊する日は何時なのだろうと考えていた。小説版では確かアレクセイが帝都の地下に繁殖する魔物を討伐している時に起こったはずだ。違うかったか? だめだネズミを狩って「騎士たれ!」って言ってるアレクセイしか思い出せない。
 シュヴァーンが回収してくる古代魔導器の解析は順調だが、騎士団内に置かれるであろう古代魔導器を解除できるかと言われれば無理だろうと思う。古代魔導器は難解だ。一つ解析が終わればその他の魔導器に当てはめてすぐに解析、とはいかない。
 あぁどうしよう。アレクセイが討伐に出かけたら騎士団が崩落しそうで怖い。最近はずっと執務室にこもっている。
 だが私がここにいたとしても、古代魔導器を設置する目的はおそらく私を殺害をすることだろうから私の不在は関係ないだろう。むしろ私が建物内にいて巻き込まれて死ねば万々歳だ。
 あぁどうしよう、どうしようと悩んでいるとふと思いつくものがあった。
 あれ? そういえば宙の戒典って古代魔導器の術式壊してなかったっけ?

 ゲーム内で確か……そうだ、バクティオン神殿で足止め用に古代魔導器の……だったっけ? 術式が道を塞いでいたがそれをデュークが宙の戒典で斬っていたはずだ。
 バクティオン神殿……シュヴァーン……。
 連想ゲームのようにシュヴァーンの顔が出てきて、ついでに数日前の私の愚行を思い出しておもわず自身の頬を殴った。痛い。
 あまりの痛さに呻いていると、窓からデュークが入ってきた。

「何をしている」
「……良い時に来てくれた。デューク、話がある」

 なんでこのタイミングに来るんだよお前。ストーカーか。
 痛みを訴える頬を押さえてデュークに顔を向ける。
 部屋を変えようか、と立ち上がりいつも通り仮眠室で茶器を用意する。
 男二人向き合って本題に入る。

「デューク、また頼みがあるんだが」
「なんだ」
「宙の戒典を少しの間だけ返してくれないか」
「時期ではない」
「皇帝の即位の件ではない。……はぁ、デューク。人のいざこざに嫌気がさして離れたお前にこのことを言うのは心苦しいのだが、近々大量の人死にが出る」
「……始祖の隷長がまた何かをすると言いたいのか?」
「違う。評議会の人間が古代魔導器を手に入れた。それは逆結界に加えて内部のものを破壊するものらしい。今調べているんだが手に入れたのが誰かまでは分からないし、いつ使われるのかも分からない状態なんだ」
「愚かな。人はどうしてそう争う」
「さぁな。私も分からんよ。人の幸福を願い尽力するのが正しい形だろうに。争い疲弊するのは不毛だ。その不毛さを理解せず、むしろ進んで邪魔をする者たちの思考など私は分かりたくもない」

 分かりたくない。
 アレクセイもそうだったんだろう、きっと。
 だから足掻いて足掻いて、壊れた。
 私はどうなんだろうか。キャナリ達を見殺しにしたことが今でも残っている。当たり前だ。死んだ。死んだんだ。見殺しにして、私は分かっていたというのに彼らを見送って彼女たちは死んだ。私が殺したんだ。
 後悔なんて言葉では足らない。私は、どうしてあそこであの判断をしたのだろうか。
 もし、仮に彼女たちを手元に残すという判断をして彼女たちを引き留めていれば。

 彼女たちは訝しむだろう。評議会もそれを許さないだろう。騎士団長とあろうものが日和ったか、とせせら笑いこれを好機と見て私を引き摺り下ろそうとしていただろう。だがそれがどうしたというのだろうか。
 私があそこで引き留めていれば、彼女たちは生きていたのではないか。
 私の同士たちは生きていた。言葉を交わし、同じ理想を目指し、笑って人を助け、そんな彼女たちはもういないのだ。
 彼女たちのほかにも人は大勢いた。キャナリ小隊を纏める部隊長も、同士だった。
 私はもうこれ以上人を失いたくなかった。

「私は、守らなければならない。今度こそ死なせない。デューク、君を人のいざこざに巻き込むつもりは無い。ただ少しの間だけでいい、宙の戒典を貸して欲しい。……頼む」

 私は向かいの席に座るデュークを見た。
 ここで頭を下げても良かったが、彼はこんな軽い頭を下げたとしても首を縦に振ってはくれないだろう。
 それなら、私はただ彼に訴える。目で訴え続けてやる。
 頼む、頼むよ。ようやく騎士団の人間たちが持ち直してきたんだ。私の、アレクセイの理想に憧れてついてきてくれる人間がいるんだ。彼らを失いたくない。頼む、頼む、デューク……。

「……人の争いに興味はない」
「デューク。私の頭では古代魔導器を瞬時に解析することはできない。その古代魔導器は起動すれば展開、破壊までの時間が短いんだ。解除できないのなら破壊するしかない。それをできるのは……宙の戒典だけだ」
「アレクセイ、お前はなぜ宙の戒典のことを知っている」
「……」
「これは皇帝が即位する際に皇帝の証として掲げられる儀礼用の剣だ。少なくとも外部ではそういう認識で通っている。この剣に秘められた力のことを知っているのは……皇族や皇族に近い者だけだ」

 マジで? そうなの?
 え、それじゃあなんでデュークは知ってるんだ……って思ったが、そうだった。
 確かバンタレイ家って皇族に近い家だったんじゃなかったっけ。ゲームでちょろっと出てたはず。それに今アレクセイとして生きている時にちょろっと聞いたような……いや聞いたわ。そうだ大貴族の出で、うわー、あー、ああーー。
 あー、うん。完全にゲームからの知識です。宙の戒典の能力を知っているのって普通はおかしいのか。やっちゃったぜ。
 デュークは鋭い目で私のことを見ていた。
 私はどうしようか迷っていた。どうする。下手に嘘を吐いてデュークの機嫌を損ねてしまえば騎士団の人間たちが死ぬ。それだけは回避しないと、何を、何を、なんて言えばいいんだ。あーどうしよ。あぁ〜〜〜……。

「……リゾマータの公式」
「…………」
「宙の戒典には、滅びた文明の技術が組み込まれている。エアルを自在に操る力だ。エアルに直接干渉し、中和、あるいは変質させる。……それは、始祖の隷長や、満月の子のものと同じものだ」
「…………」
「……私は、エステリーゼ姫を、危険な目に遭わせたくない」
「…………そうか」

 デュークはふいと私から視線を外した。
 カップの中身はまだ残っているというのに、彼は席を立った。
 私はたまらずに立ち上がり、出て行こうとする彼の前に立ちふさがる。

「デューク。私は宙の戒典を悪用しない。私のことを信じれないのなら、お前が持っていてもいい。だが、……頼む。助けてくれ。もう人が死ぬところを見たくはない」
「禁忌に手を染め、道具として扱う者の言葉を信じる気は無い。先程の質問も答える気は無いのだろう? 何をもって信じろと? 貴様も他の人間と同じだ」
「……ッ!! デューク!! それは聞き捨てならないな。私が、評議会のクズ共と同じだと? 撤回しろ。私はただこの国が、人々が平等に笑い合える世界が、……見たいだけだ……ッ!!」
「…………」

 何を、熱くなっているんだろうか。
 私はただ、アレクセイに成り切ろうと思った。
 これはアレクセイの悲願だ。アレクセイが求めたものだ。
 私自身が求めたものというよりも、私は役割を果たそうとしているだけなんだ。
 私は、だが、……そうだ、私は役割を果たさなければならない。
 『きっと、アレクセイなら、未来を知っていたならこうするはずだ』。アレクセイなら、こうするはずなんだ。
 デュークは私の横を通り過ぎようとした。その腕を掴んで引き留める。
 デューク、頼む、頼むよ、頼む、私は……どうしたらいいのか分からないんだ。彼らを助けるためにどうすればいいのか分からない。誰が古代魔導器を持っているのか分からない。せめて小説版で出ていたあの男を、アレクセイが腕を切り落とした男の名前を知っていれば違ったのかもしれないが、私はそこまで覚えていなかった。
 調べようにも評議会の人間たちの秘密主義は筋金入りだ。代を重ねて洗練されている。私の手元にいる人間たちでは調べている間に殺されてしまう。だから、私は。

「……アレクセイ」
「デューク」
「…………離せ」
「…………」

 ……あぁ。
 私はゆっくりと手から力を抜いた。
 デュークは入ってきた時と同じように窓から出て行った。
 私は、また人を死なせてしまうのだろうか。
 ……いや、やってみよう。エステリーゼ姫を使わずに、自分の頭を使って。
 アレクセイなら、どういった判断をしたんだろうなぁ。



 怖かった。
 私はまた見殺しにするんだろうか。
 シュヴァーンが定期報告に執務室に来た。
 私は彼に労いの言葉をかけた。死んだ目はそれに特に反応をしなかった。
 ドンの傍をうろちょろして彼の動向を見る仕事というのは常に命の危険との隣り合わせのようなものだ。
 ドンがレイヴンの存在を許しているから大丈夫だとは思うが、何か変なことをすれば処刑されるだろう。気を付けろとの言葉には、ドンはそういうことをするだろうけども大丈夫だろう的なコメントを頂いた。
 微妙にドンを庇う発言に口が若干曲がる。シュヴァーン、ドンのこと好きだな? くそ、やっぱりああいう荒くれ者たちのボスはかっこいいよな……分かる……私もドンはかっこいいよなって握り拳をして語りたくなるし。
 彼が退室し私は頭を抱える。

 イエガーが定期報告に執務室に来た。
 ラーギィという名でギルドを立ち上げたらしい。
 魔導器を発掘するギルド。騎士団にとってはギルドが入手する魔導器を横流し、あるいは古代魔導器だけでもいいからこちらに流すための組織だ。言うは易いが行うは難し、イエガーは見事ギルドを発足することができた。ユニオンへの加入はもう済ませているみたいだ。すげぇ……あのドン・ホワイトホース相手にどう交渉したんだよ。というかよくバレなかったな……。
 あの野生の勘というか、嗅覚が物凄い人間相手にイエガーもよくやる。
 イエガーの所感的には騎士団の人間であることがバレている可能性はあまり感じないみたいだ。すげぇなオイ。
 イエガーにも何か褒美をやらないとなぁ。何がいい? って訊くと「特に何も」とお前はシュヴァーンか。このデッドマン共め。泣くぞ。
 まぁいいイエガーへの褒美はあとあと考えよう……。くそ、シュヴァーンだったらすぐに思いついたんだけどもイエガーは分かんないぞ……。
 
 最近、私のところに暗殺ギルドの人間が何度か来ていて鬱陶しかった。
 私はイエガーに暗殺ギルドを抑えてくれと命令を下した。
 原作ではイエガーは暗殺ギルドの長だったが、……前代の長を殺して乗っ取った経緯があったはずだ。それは彼にして欲しくはない。
 彼が退室し私は頭を悩ませる。

 どうしようか。書類をさばいて手元の仕事が無くなった。あとは上がってくる報告や書類を待つだけだ。待ち時間内で評議会の人間への牽制に向かうのもいい。あぁだがその前にやっぱり古代魔導器を瞬時に解析する回路を作らないとな。
 嫌いだ。魔導器なんて嫌いだ。
 必要だから勉強をした。楽しくない。生活に根付いている魔導器は今の世界に必要なものだった。簡単に命を奪える魔導器が憎かった。楽しくない。楽しくない。
 魔導器なんて世界にいらないじゃないか。
 シュヴァーンやイエガーが回収してきた古代魔導器を弄りながら、私は考えた。
 手元の紙に解析陣を書いていく。描いていく。術式を組み、回路を組み、私は必死になって考えた。

 解析をして解除するよりも破壊してやった方がいいだろうか。
 だが私は現物を見たことがない。破壊していいものなのだろうか。起動し、展開をしたあとに自壊を促せばよいのでは? その自壊の規模はどれくらいになるんだ。分からない。魔導器自体を破壊する。防護術式をどう突破する? 私が解析できたのは一つだけだ。たった一つ、一つの解しか知らない。それで十分だと言えるか? 言えるわけがない。
 現物さえあれば。……持っている者さえ分かれば。

 四の五の言ってられないので評議会の誰が古代魔導器を持っているか諜報に向かわせた部下はまだ戻ってこない。大丈夫だ、きっと彼らは無事だ。大丈夫だ。
 前々から少しずつ準備してきたが、深入りするとなる話は別だ。信用、信頼がものを言う。
 シュヴァーンやイエガーに任せた方が良かっただろうか。いや、彼らは潜入はできるだろうがそれ以外となるとあまりに騎士団にいなさすぎる。もし評議会の人間に見つかってしまえば痛手だ。特にシュヴァーンは隊長主席とか物凄く特別待遇してるからそんな男が評議会の人間に見つかればやばいって言葉では済まされない。評議会と騎士団で全面戦争だぞ。
 早く戻ってきてくれないかな。そして報告を。古代魔導器を誰が持っているか、せめてあたりだけでも。騎士団を良く思っていない、野心に溢れる(微妙な基準だが)、頭が足りず、小心者に狙いを絞ってリストを作りそれらを調べて来いとは言ったがヒットするかどうか。

 手の中の魔導器を弄り、私は床にそれを叩きつけた。
 貴重な古代の遺産である魔導器は壊れることなく床を転がる。
 筐体自体が丈夫に加え、防護術式がさらに強度を上げている結果だ。
 陣が出ていないにも関わらず、術式は起動している。
 私は頭を抱えた。
 どうすればいいんだろうか。



 恐れていたことが起こった。
 執務室に篭って難しい顔をしている私を気遣った部下たちに圧されて、ちょっとした気分転換にと外に出ていた時にそれは起こった。
 騎士団本部を覆う巨大な術式。
 なんでだよ。なんで、こんな出来過ぎたタイミングでそうなるんだ。
 騎士団本部の入口に急いで駆け寄ると、執務室で根を詰める私に「気分転換でもしてきてください!」と怒り部屋から私を叩き出した部下が、不透明の壁を叩いていた。「閣下、助けてください!」と必死になって叫んでいる。私をしっかりと見て助けを求めてきている部下に「大丈夫だ、私がなんとかする!」と声をかける。部下の名前を呼び、小さく大丈夫だと呟き、何が大丈夫なんだろうかと絶望する。

 今の私には何もできない。
 ただ、自分の命運を悟ったのか顔を歪めて涙を流す部下に声をかけて、それ以外には何も。
 後ろから誰かが引っ張った。何人もの手が、私の身体を騎士団本部から剥がそうとする。

「離せ!! 触るな!!」

 部下たちが必死になって私の身体を引き摺る。
 徐々に離れて行く部下の泣き顔に、私は叫んだ。あぁ憎い、憎い、憎い、憎い。
 やめろ、離せ、と抵抗していると見慣れた赤色が横目に見えた。
 思わずそれを追うように視線を向けると、遠い場所でデュークが立っているのが見えた。涼しい顔で私を見ていた彼は、顔を背けると騎士団本部の壁の一部に剣を振り下ろした。裂け目が出来たそこは窓がある位置で、デュークはその中に入って行った。
 私は羽交い絞めにする部下を全力で振り払い、デュークを追いかけた。
 裂け目は自己修復をしているのか小さくなっていた。開いた窓に身体を捻じ込むと術式が完全に復活し、逃げ場所は無くなる。

 窓があったのは騎士団本部の廊下部分だ。
 入り口から少し離れているとはいえ、廊下の部分にも人はいた。
 デュークに続いて私が現れたことに騎士たちは驚いた。助けを請おうと私に群がろうとする彼らを恫喝し、固まっている隙に「魔導器はどこだ!?」と近くの騎士に訊く。
 彼は何も知らなかったが、離れた位置にいた私の部下が何か思い当たったのか「二階の! デスクに! 部屋の隅に!」と若干要領を得ない言葉を叫ぶ。
 私は走った。そうだ、小説では確かアレクセイの部下が仕事をしている場所に置いてあった不自然なものに触れようとして起動していた。さらに二階となれば、大体の場所は分かる。

 全力で走っているとデュークの背を見つけた。
 彼はどこに魔導器があるのか分かっているように迷いなく廊下を走っていた。
 私は彼の名前を呼び「場所は分かっているのか!?」と訊く。デュークはちらりとこちらを見て「知らん」と言った。おまえええええ!! おま、虱潰しに探すつもりだったのか!? 馬鹿か!!
 キレそうになりながらも二階にへと誘導する。いつの間にか私が先導して部屋に辿り着く。
 扉に赤い術式が展開されていて、私は解析をしようと操作盤を開いた。が、古代語の翻訳と同時に情報量が多すぎるのとで解除するには時間が圧倒的に足りないことを知る。
 私は一瞬フリーズして、ゆっくりと操作盤を霧散させた。
 傍に立つデュークに顔を向ける。彼は私のことをじっと見ていた。

「……デューク、お前はどうしてここにいるんだ? あれだけ拒否していたというのに」
「…………帝都には」
「あぁ」
「エルシフルが好んで買っているスイーツがある」
「あぁ……、あ? はい?」
「それを……買いに来ていた。その時にエアルの乱れが見えた。エアルを調整するのも私の役目だ」
「…………そ、そうか……」

 周りがエアルの乱れにバチバチとしている中で、気が抜けることを聞いてしまった。
 え? なに? つまりデュークが言いたいのはなに?
 エアルが乱れてるのを見つけたから来たってことでいいよな? なんだ、なんでエルシフルの情報が差し込まれるんだ。特に知りたいことでも無かったぞ。
 いや待て、もしかしたらこれはエルシフルのことを口実にして実は騎士団の事を見張っていてくれたんじゃないか? 私が必死になって頼み込んだから、でも拒否しちゃったし、いやエルシフルへの土産を買ってる途中でエアルの乱れを見つけたから来ただけだし、ということだろうか。
 もしそうだったら、……ま、回りくどい……なんなんだ、こいつは。
 私は肩を落として大きく息を吐いた。

「そうか。……デューク、それじゃあ頼む。私ではこれの解除は無理だ」
「あぁ」

 場所を譲るとデュークは宙の戒典を眼前に構えた。
 足元に術式が展開し、エアルを中和していく。扉を守っていた術式が解けて、部屋に侵入できるようになった。すぐに中に入ると、部屋の隅で魔導器を中心に球状に術式を展開する、禍々しい雰囲気に彩られた忌々しき物が中空に浮いていた。
 扉を開けた瞬間から過剰なエアルが逃げ場を見つけたとばかりに流れ込み、私は思わず膝をつく。身体が悲鳴をあげている。呼吸ができない。身体の細胞全てが暴走し、私に対して攻撃しているような苦痛が襲った。
 さすがのデュークもエアルにあてられて体勢を崩す。二人して扉の前で座り込んでいる状態になり、私は焦った。
 はやく、はやく壊さないと。
 エアルを遮断する、術式を。あ、あぁ、そうだった、防護壁を展開できる、魔導器は、私の執務室にあるんだった。……あぁ。何をしているんだ、私は。

 このままデュークが動けなければ、騎士団本部は破壊される。
 古代魔導器は嫌な駆動音を立てて術式を展開し続けている。あの様子だとあと数分で本来の役割を果たすだろう。
 せめてデュークの前に出て少しでもエアルを遮断できないものかと思ったが、部屋に満ちるものを肉壁一つでどうにかできるものではない。
 どうする、どうする、どうすればいいんだ。
 身体が悲鳴をあげて、胃の腑が痙攣する。思考がおぼつかず、痙攣に任せるまま腹の中のものを吐き出す。赤色が見えた。黄色い胃液と一緒に血を吐いたようだ。あぁ、くそ、くそ、くそ、……アレクセイなら、どうしたんだろうか。

 現実逃避染みた思考を巡らせていると、デュークが立ち上がった。
 エアルの影響を受けていないかのように立ち上がり、術式を展開する魔導器に駆け寄る。
 ぼやける視界でその背を追う。デュークの周りを守るように何かが展開しているように見えた。
 ゲホゲホと吐いていると、ふっと身体が軽くなった。そっと誰かの手が私の肩に置かれる。誰だろうかとぎこちなく振り返ると、弧を描く口元だけが見えた。

 バキッ、と空気がひび割れ空間が割れる甲高い音があたりに響いた。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -