ギルドが日に日に力を付けてきている。
 それはいいのだが、だからと言って日和見していると彼らも好機と見てこちらに攻撃を仕掛けてくるだろうな。帝国側が喧嘩を売らない限りは大丈夫だろうが、評議会のクソ共がいるので私が頑張らないとすーーーぐに喧嘩を売ろうとする。
 評議会からしたら言うことをきかない奴らなんて目障りで仕方が無いんだろう。
 シュヴァーンともう一人をギルドに送り出す。騎士団の人間を何人か送ろうとは思ったのだが、たしか小説版では騎士団の人間が吊るされてたような気がするし可哀相だからやめた。
 シュヴァーンともう一人は、まぁ原作通りなら大丈夫だろう。
 死んだ目をして私の言うことを訊く彼らを見ていると私も疲れる。
 私には君たちが必要なんだ、と言葉をかけても死んだ目。早く身体を治して動けるように、と気にかけても死んだ目。予想以上にきつい。

 ギルドに行って癒されて来い、という気持ちで送り出した。
 大丈夫、上手く行く……大丈夫、大丈夫……。
 人魔戦争直後とまでは言わないが仕事に忙殺されつつ待っていると、シュヴァーンが帰ってきた。最高だ。
 よく戻ってきてくれた、と言葉をかけても死んだ目。挫けそう。
 シュヴァーンから報告を受けるとドンに見つかりつつも潜入に成功。名前もレイヴンとして活動しますとのこと。やったぜレイヴン。レイヴン、レイヴンかぁ……。
 とりあえずシュヴァーンももう一人の方も、ギルドにいた方がいい。私は積極的に彼らをギルドにへと送り出した。
 ここは彼らにとって思い出が多すぎる。新天地で人に触れた方が良い。
 ……実際のところ、私自身が彼らの死んだ目を見たくないというのが大きかったが。

 今日も今日とて騎士団の仕事に忙殺されていると窓からデュークが入ってきた。
 書類とにらめっこをし続けていた私は、目の疲れで幻覚を見ているのかと思った。デュークは私をふいと見た後に当然のように執務室の横にある仮眠室に入って行った。……幽霊、か?
 私は現実味が無いながらも書類を置いて後を追いかける。
 デュークらしきものが仮眠室に置かれたテーブルに紅茶を出していた。何をしてるんだコイツ。

「デューク、か……?」
「久しいな」
「あ、あぁ……」

 原作で見た通りのイメージそのままのデュークが、涼しい顔で茶器を用意している。
 何をしているんだ、と訊くと無言で向かいの席を薦められた。とりあえず言うことをきいておこう。宙の戒典を返して欲しいし。なんとデュークはお茶菓子まで用意してきたらしい。仮眠室に置いてあるものとは違ったクッキーを出してきた。マジかお前、本当に何しに来たんだ。

「……デューク、何をしに来た」
「エルシフルが」
「あ、あぁ」
「遊びに行けと」
「……なんだって?」
「だから来た」
「そうか。いやそれはいいんだが……遊びに……?」

 宙の戒典を奪っておいて、遊びに来ただって?
 何を言ってるんだコイツ、と思いつつダブル死んだ目を見て心が萎えていた私は温かい紅茶と美味しいクッキーには癒されてしまった。
 お互い無言で茶を啜る。
 人のいざこざに愛想を尽かしたデュークは騎士団再建の愚痴なんか聞きたくないだろうし、私も話したくない。だからといって昔の話に花を咲かす、だなんてこともできない。
 デュークの近況を訊いてもいいものだろうか。いや、やめておこうか。
 機嫌を悪くされても困るしな……と無言を貫く。そのときにふと、デュークと戯れていた動物たちのことを思い出した。
 そういえば彼らはどうしたのか。デュークがいなくなってからあの場所に赴いていない。
 彼らも一応は人に飼われているわけではない、野生に近い動物だから達者で暮らしていることだろうが。
 気になって窓に目を向ける。久しぶりにちゃんと見る空は青かった。

 何をしに来たか分からないデュークは、紅茶を飲み終えるとどこかに行ってしまった。
 本当に何しに来たんだアイツは。今度来たら宙の戒典返せって言ってみるか。
 新しく騎士団の人間を教育しているとシュヴァーンが帰ってきた。無事に帰って来て良かった、と言うも死んだ目。つれぇ。
 ギルドでの報告を受けて、ついでに古代魔導器も受け取る。
 よっしゃ、未来の騎士団崩落時にもしかしたら役に立つかもしれない。古代魔導器は謎が多い。解析をするのも一苦労だ。評議会の馬鹿にこれ以上人を殺させはしないぞ、と息巻く。
 シュヴァーンに労いの言葉をかける。死んだ目。知ってた。
 身体を休めろよ〜と言うも死んだ目。……うん。

 騎士団の施設内で今のままじゃだめだってわかってるよね〜〜より良い国にしようね〜〜みんな私に同調してねぇ〜〜〜という内容の演説をする。人魔戦争で人が多く死んだ。私が殺した。魔物の恐ろしさに心が萎えている騎士団の人間たちに、力強い言葉をかけ続ける。
 そうするしかない。そうするしか、今の私はできない。
 騎士団が力を失えば、帝都は評議会の好き勝手にされてしまう。皇帝がいないんだ。誰も止める者はいない。騎士団が抑止力にならなければ。同士たちはいない。私の言葉を信じて行動してくれる人たちはいない。私が見殺しにした。そう、私は死ににいくことを知って彼女たちを見送った。
 どうしてあんなことをしたのか。原作通りに、レイヴンに心臓を失って欲しかったからだ。……分からない。原作以外の道筋があるのは分かっているが、それが果たして良いものなのか分からない。
 人が死ぬことが良いことなのか、と言われれば違うと答える。だが私がしたのはそういうことだ。アレクセイなら、未来を知っていたなら止めただろう。なにがなんでも止めた。きっとそうだ。

 日々が過ぎていき、なんとか騎士団の人間たちが持ち直してきた。
 シュヴァーンは相変わらず死んだ目。こちらは持ち直すことは無い。原作では十年経ってようやく、だったな。報告のために執務室に来た彼は、報告を終えると昏い目で私を見る。次の命令を待っているのだろう。
 私は彼を見て、そういえばと思い出す。

「シュヴァーン」
「はい」
「何か欲しいものはないか」
「特に何も」
「そうか。……君はよく働いてくれている。何か褒美をやりたいのだが」
「お気遣いありがとうございます」
「……剣はどうだ。エヴァライト製のものだ」
「…………分かりました。それでお願いします」

 シュヴァーンは特に欲しいとは思っていないようだったが、会話を終わらせたいのか承知した。
 嫌われたものだなぁと笑いも出てこない。シュヴァーンをそのまま退室させて、私はエヴァライトを探さないとなと、頭の中で誰に頼むか考えた。
 シュヴァーンといえばあの赤い剣だろう。
 はやく渡してやりたいな。


 仕事があらかた片付き、私が少し離れても大丈夫だと思える頃にまたデュークが来訪した。
 今度はご丁寧に宙の戒典を持ってきていた。私は思わず返せと言ったが、デュークは「時が来れば返そう」と言って返してくれなかった。
 まぁ皇帝候補はまだ幼子だし、まだ座に据えるのは早計だろう。
 皇帝がいないという状態は評議会にとっても少し動きにくいのだ。だから傀儡にしやすそうな子供を座に据えるのは彼らの前に極上の餌を吊るすようなものだ。食いつぶされて失敗しましたでは済まない。今度こそ評議会が大きな力を付けてしまえば、この国も終わりだ。
 殿下も姫様も守らないと。

 デュークの言葉もよく分かるので私はそれ以上何も言わなかった。
 代わりに何をしに来たのかと問えばまた「遊びに行けと言われた」だった。なんなんだよエルシフル。何がしたいんだお前も。
 流石に二度目だったので大きく息を吐いて仮眠室にへと行く。大人しくついてくる彼に、お茶と茶菓子を用意してやった。
 この前と同じく、何が楽しいか分からない無言のお茶会の中で私はふと彼に頼み事をしてみた。

 エヴァライトの原石を探してくれないか。
 駄目元で頼んでみたらあっさり承諾を貰った。
 えぇ……? なんで……?
 デュークの考えてることは分からない。だが、まぁ承諾してくれるのならいいか。
 エヴァライトで剣を作りたい旨を伝え、デュークは再度了承する。うんん……?
 原作のデュークはこんな感じではなかったはずだ。
 いやに素直だな、と訝しんでいると紅茶を飲み終わった彼はまたすぐにどこかにへと行ってしまった。
 なんなんだ、本当に。


 あぁ〜どこらへんで騎士団の建物が破壊されるんだったっけかなぁ〜全然覚えてないなぁ〜どうしようかなぁ〜と頭を悩ませているとシュヴァーンが転がり込んできた。
 城の中で私の自室にあたる部屋に、苦しそうに息を荒くして窓から入ってきた彼に驚いた。
 こんな夜更けに何があったのだろうかと駆け寄る。胸を押さえて呻いている彼に、すぐさま心臓魔導器の不調が思い当たり操作盤を出して見ていく。
 脈が速い。魔導器が何か悪さをしているのか。操作盤の数値に予断なく目を走らせていると、シュヴァーンが額から汗を大量に流しながら私の服を掴んだ。私に縋ったというよりも、無意識に近くのものを掴んだといっていいそれに「大丈夫だ、私がなんとかする、大丈夫だ、息をしろ」と声をかけ続ける。
 ひっひっと上擦った声。死なせてたまるかと操作盤を叩く。

 何が原因だ。おそらくこれは魔導器の不調というよりも、身体の方に何かが起きているのか。
 シュヴァーンに何があったか訊いても彼は呻くだけで答えなかった。
 この苦しみ方は異常だ。毒物でも盛られたか。
 誰かを呼ぼうとしたら、シュヴァーンに力強く引き寄せられて体勢を崩した。

「よ、ばないで、ください……」
「だが君の苦しみ方は異常だ。何か盛られたんだろう? 私が処置できればいいが、私では分からない」
「呼べば、心臓、魔導器を、見せる、ことになるでしょうが……」
「それは……。だが君が死んでしまっては元も子もない」
「あー……大体、何が盛られたか、分かってるんで……」
「何?」
「時間を置けば……抜けます……」

 何を盛られたか分かっている?
 シュヴァーンは一体何をしてきたのだろうか。
 静かな部屋の中でシュヴァーンの押し殺した息遣いだけが響く。
 何を盛られたか分かっている、理解しているということは毒物が入っていると分かったうえで摂取したということだろうか。それとも自身の状態から鑑みての事だろうか。もし自身の不調が何かを予想したうえでの発言だとしたら、過去、彼は今と同じ状態になったことがあるということだ。
 胸中に複雑な感情が入り乱れる。
 
 死んだ目で私を見る彼に対して、必要だからと、原作ではそうだったからと無理をさせてしまっている。その自覚はある。だが、なんだろう。他者からの悪意を受けて苦しんでいる彼を見ていると、怒りが込み上げてきた。どうして彼は苦しまなくてはいけないのか。
 ほとんどが私のせいだろう。人魔戦争で死んだ彼を無理に生き返らせて手元に置いている。死んでしまえば苦しみを味あわせなくて済むというのに、私は原作ではそうだからと、そうした。
 ……生きるのは苦しいことだ。けども、これは違うだろう。

「シュヴァーン、教えてくれ。何を呑んだ」
「……は……?」
「君は今の自分の状態を正しく認識しているようだな。教えてくれ」
「いえ……いえ……、それは……」
「何故、言えないんだ」
「は、……ぁ……」
「シュヴァーン……」

 彼は私の言葉に答えるのも億劫そうにして顔を俯けてしまった。
 そうだな。私は彼に信用されていないから、教えてはくれないんだろう。
 悲しいというよりも、虚しい。
 心配をしても、心を砕いても相手が応えてくれないのは虚しかった。
 だが、彼は私のわがままで生きている。せめてベッドにでも寝かせてやるかと彼の身体に触れた。

「ふっ……! やめ、っ!」

 明確に拒絶をされて殴られた。
 元々踏ん張れるような体勢をしていなかったのでよろめいて床に手をつく。シュヴァーンも床にへばりつくようにして荒い息を吐いていた。

 私は激怒した。
 もう知らん。
 人の気遣いを無碍にする人間のことなど知らん。
 私は彼の拒絶を無視して再度手を伸ばし、今度こそ捕まえて抱きあげてやった。
 鎧を着ていないとはいえ成人男性を持ち上げることはできない。腰あたりの布を引っ張って立たせ「ひっ!」と思わずといった風に声をあげる彼を無視して引きずる。
 なんだか妙に艶やかな悲鳴をあげている気がするが知らん。
 力任せに引っ張ってベッドに放り投げる。シュヴァーンはされるがままにベッドに転がされ、自身を守るようにゆっくりと身体を丸めた。小刻みに震えているところから、私のいきなりの暴力染みた行動に怯えているのかもしれない。

 怯えている? あのシュヴァーンが?
 そんなことは無いな。私は彼を放ってパナシーアボトルを取りに行った。あれは広範囲の状態異常を回復してくれる薬だ。ポイズンボトルも常備しているからどちらかが効いてくれたらいいが。
 特別な毒物だとこの二つでは流石に無理だが、そこは祈るしかない。
 コップに移し替えて部屋に戻ってきた時に、シュヴァーンはお腹を抱えるような姿勢で丸まって堪えていた。
 彼にコップに入った薬を差しだすと、目は動かしたがそれ以上はどうしようもないようだった。顔面にぶっかけてやろうかと思ったが流石に病人相手にそんなことはしない。

「ベッドに零していい。少しでもいいから飲め」
「はっ……あ、れくせ、さ……ま、待ってくだ、さ」
「飲みなさい」

 有無を言わさず口に向けてコップを傾ける。
 横を向いている彼は、一度顔を歪めた後に口を開いた。
 少しずつ口の中に流し込み、彼も必死になって嚥下した。薬の苦さに咽せて吐き出されたが、私は根気良く、執念深く流し込み続けた。
 ベッドのシーツがまだらに色を変え、コップの中身が全て無くなる。
 よくよく考えてみたらコップに移し替えなくても良かったな。
 さて、次はポイズンボトルだ。次はコップに移し替えずにボトルのキャップを抜く。

「ま、まって、まっ、て」
「君も苦しいだろう。これで解毒できたら楽になる」
「やめ、ちょ、あ」
「飲みなさい」

 涙目で苦しそうにあえぐ彼の口に第二段。
 今度は顎を固定して流し込んでいく。加減を間違えてまた吐き出されてシーツが汚れたが命には代えられない。ボトルの中身が空になるまで何度か分けて傾けて、終わるとようやく解放してやった。
 シュヴァーンは涙目で鼻をすすっていた。口内に広がる苦い味にあえぎ、荒い息を吐く。
 彼の状態をじっと見ていたが、どうやら解毒は効いていないようだ。
 一体何を盛られたのだろうか。
 荒い呼吸は整わず、身体を丸めて堪えているのも変わらない。

 これ以上なにもできないか……と自分の無力さに歯噛みしていると涙目のシュヴァーンが手を伸ばしてきた。
 恨みがましいように見える目で私を見ている彼は私の服の袖を掴み、私の名前を呼んだ。
 少しずつ状態が悪くなっていっているように思える。
 彼は意識が朦朧としてきているのか、私の名前を呼ぶことさえ危うくなってきた。
 やはり誰かを呼ばないといけないか、いやだが今の弱っている彼を見せるのは、身体を調べる時にもし心臓魔導器を見られてしまったら、と色々と考えているとシーツに顔を埋める彼に違和感を覚えた。
 私は彼の身体を再度見下ろし、確認する。

 …………、…………、…………もしかしてだけども。
 これって、その、……私はなんというか物凄い勘違いをしていたんじゃないか?
 ダンゴムシのように身体を丸めて震える彼の腰辺りを押して下半身を確認する。……うーん。
 袖を強く握りしめてる彼の手を乱暴に解き、私は彼の頭に平手を叩き込んだ。

「ひっ、ぐっ……!?」

 良い音がした。
 今度は私が死んだ目になる番だった。
 こいつ……、媚薬の類を飲まされたんじゃないか……?
 医者が患者に対して癌の告知をするような重々しい口調でシュヴァーンに「媚薬の類か……?」と訊くと、彼はしばらくした後に頷いた。
 ……女遊びしてんじゃねぇよ……というか私の部屋に転がり込んで来るなよ……。
 いや、もしかしたらシュヴァーンは自分に割り当てられた部屋に戻ってきたつもりだったのかもしれない。そういやちょっと間取りが似てるな、ここ……。
 私はもう一度シュヴァーンの頭に平手をお見舞いした。良い音がするなぁ本当にさぁ。

 こいつ、どうしてやろうかなぁ……。
 腹いせにどんな罰を与えてやろうかなぁと考えていると、さすがにつらくなってきたのかシュヴァーンの鼻をすする音と呻き声が大きくなってきた。
 ……私はそのとき、本当に、魔がさした。
 魔がさしたというよりも、日中でこなした仕事と今の出来事とで頭の栄養を全て使ってしまっていた。つまりアホになっていたんだと思う。それと日頃の彼らへの鬱憤が溜まっていたんだ。
 苦しそうにしている彼を憐れに思ったのもある。
 アレクセイだったら絶対にしないだろうな、と思いつつ私は彼を手伝ってやることにした。


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