リンクは荷馬車に揺られていた。人を運ぶためではなく荷物を積んで曳くためのそれは、馭者以外の配慮はされていない。幌が無いせいで天高く昇る太陽の熱線を遮るものがなく、リンクは眩しそうに手でひさしを作った。風があるのでそこまで暑さは感じないが、頭のてっぺんをじんわりと熱されるのは気分がいいものではない。
 リンクの背後には手綱を操る馭者。時折ギャッギャッと爬虫類の鳴き声が聞こえてくる。この荷馬車を曳いているのは馬ではなく竜だ。赤いうろこに覆われた活発そうな竜は、人を多く運んでいることに楽しさを覚えているのか興奮気味にしている。それを何度となく馭者がなだめ、「まったく……」と嘆息していた。

 リンクは目を辺りの景色に移す。両側は木々で視界を遮られており、左側は木々の密度が薄いものの、右側の方は森と言っていいほどだった。リンクは牢屋に入れられた三日の間にこの島のことを看守から多く聞いていた。竜が多く住むこの島は、地図で見ると体格の良いドラゴン型の竜の側面にも見えるらしい。東に頭を向け、後ろの二本脚で上体を起こし、二本の腕を振るうようにした竜。大きく開いた翼は力強く、今にも羽ばたきそうだと看守は言っていた。

「おい、いつまでこっちを見ない気だ」

 前方に座る全身真っ黒な男が面白くなさそうに言った。リンクは諦めてゆるゆると男に目を戻す。
 荷馬車に積まれた荷物は多くないとはいえ、子供一人分ある樽や木箱が何個か荷台の上に乗っている。その隙間を縫うように座っている二人は人一人分を挟んだ距離に、お互いに向き合っていた。
 偉そうに胡坐をかき、不満そうに腕を組んでリンクを見ている男は、今のリンクが少し成長したぐらいに見える。人にはあるまじき灰色の肌と磨かれた鉄を思わせる銀髪。煮えたぎるマグマのように鮮烈な赤は二つ、目という形で顔に収まっている。
 シャドウ、と呼ばれる男はリンクがやっとこっちを見たことに「ふんっ」と顎をそらした。

「せっかく俺が直々に迎えに行ったというのにな、その態度は無いだろう」
「迎えにって言われても、別に頼んでないし」
「そりゃそうだろう。リンク君に頼むヒマなんて無かっただろうしな。そうじゃなくて俺が、直々に、そう、この俺が! 迎えに行ったことに対して言っているんだ。もう少し喜んだらどうなんだ」
「喜ぶって……初対面でそんな偉そうな口きいてくる人にそう思うわけないだろ」
「…………牢屋から出してやったぞ」
「あんな派手なことしなくても僕は外に出れたし。むしろ今の僕は連行されてる気分だよ」
「なんか、思ってたのと違うなリンク君」

 シャドウは片眉をひょいっと上げて不思議そうにしている。ガタゴトと揺れる荷馬車――いや、荷竜車?――の上でリンクは片膝を抱き、不審そうにシャドウを見た。
 シャドウはリンクを迎えに来たというが、どうしても行き当たりばったりといった印象を受ける。それは人を運ぶための竜車ではなく、港から荷物を運ぶための荷車に飛び乗ったシャドウの行動もあった。
 慌てる馭者につべこべ言わず運べ! と尊大に言い放ち、そんなシャドウに対して看守と同じ反応をした馭者は頭を必要以上に下げて了承した。そして今二人は荷竜車の上で揺られている。大きな石を車輪で踏みつけたのか、ゴトンと一際大きく揺れた。

「あんたがどういう予想をしてたのか知らないけど、僕は不躾な人に対してはいつもこうだよ」
「不躾? それは俺のことか?」
「そうだよ! 自覚無いとかタチわりぃよ!!」
「おー……、リンク君そんな言葉遣いもするのか。でも慣れないことはするもんじゃネェな。身につけてないものを扱おうとすると滑稽に見えるぜ」
「なんなの、あんたは! むかつく!!」
「まぁまぁリンク君落ち着けって。分かったよ、ちゃんと説明するから」

 歯を剥いて怒りの形相になりつつあるリンクを、シャドウは組んでいた腕を解いてなだめるような仕草をした。余裕を見せる男にリンクは不快を感じたが、ここで噛みつくのは大人げないと思い、抱き込んだ片膝をさらに胸に押し付けた。

「あー……それで、今この竜車が向かっているのは竜の都と呼ばれる所だ。このウォリス島の心臓部、言葉通り島竜の心臓の上に建てられた神殿だ。そこには四柱竜と島竜に愛された子、ゼルダ姫がいる。そいつに君を見せてやろうと迎えに来たんだ」
「ゼルダ姫……」

 シャドウの言葉の中に出て来る言葉達を、リンクは三日の間に学んだ知識を掘り起こす。
 島竜というのは地図上の竜のことであり、このウォリス島の地形の名だ。通常の竜は人間と同じ位置に心臓があるが、島竜は身体の中心にある。島の中心部、心臓の上に建てられた神殿は神聖なものであり尊ばれる場所である。

 四柱竜というのは島竜を守る力の持った竜のことであり、火竜、水竜、風竜、地竜を総称した言葉だ。四柱竜についてリンクが面白いと思ったのは、各々の竜達の呼び方だった。
 火竜、といえば「かりゅう」と呼びたくなるものだが、これは間違いで正しくは「ひりゅう」と呼ぶらしい。水竜もそれと同じく「みずりゅう」と呼び、風竜は「かぜりゅう」地竜も「ちりゅう」と呼ぶ。
 リンクは看守の話を聞きながら「変わってるな」と思ったものだ。

 リンクは知識の掘り起こしから戻るとぎゅっと眉間を寄せて困惑した。
 リンクに似たこの男は、島の一番の権力者であるゼルダ姫の下にリンクを連れて行くと言った。その目的が分からないリンクは唸るように質問した。

「ゼルダ姫に僕を会わせて、どうするんだよ」
「そりゃ昔話に興じるんだろ」
「昔話って……僕はゼルダ姫のことなんて知らない」
「そうなンだよなぁ。あまり期待しないようにしようとは思っていたんだが、いざそうなると落ち込むもんがあるな。けどそんなことは別にいいんだよ。君がリンクであればいい。それだけだ」
「ちょっと意味が分かんないんだけど」
「そうだな、君はこのウォリス島の神話を知っているか?」
「……勇者と邪竜が、世界の常闇を打ち払った話だろ」
「そうそれ。なんだ知ってるのか。あの看守も良い仕事をしてるな」

 ニヤっと犬歯を覗かせたシャドウは、竜車の揺れに同調するように頷く。
 ウォリス島には、ハイラルとは違った神話がある。天地創造から始まるハイラルの神話とは違って、比較的新しい約500年前に遡る話だ。

 神話の内容はよくある勧善懲悪だ。
 世界に現れた強大な力を持った竜が国々を襲い、人やその他の生物達が命を散らした。土地も竜の口から放たれる業火に焼け爛れ、草木の生える余地もない不毛の地と化した。命を好き勝手に食い荒らすその竜を、人々は畏怖の念を込めて邪竜と呼んだ。

 邪竜は世界を食らおうと暴れまわり、人々はそれに抵抗する術もなく滅びるのを待つだけであった。だがその中で一人、邪竜に立ち向かった勇者がいた。
 勇者は邪竜と死闘を繰り広げ、そして勝った。邪竜は自らを打ち倒した勇者に敬意を抱き、これからは人々のために働こうと勇者と契約をした。
 勇者は邪竜に乗り世界各地を回って人々を助け、その姿に人々も遺恨はあるものの彼らを受け入れようとした。

 そんな時、突然現れた邪竜よりももっと強大で世界を覆い尽くす闇が、世界を我が物にせんとした。人々は恐怖の再来に慄き、死を目の前にして膝を屈した。それに立ち向かったのは邪竜を友とする勇者だ。勇者と邪竜は途方もない闇と戦い、ほぼ相打ちの形で勝利を手にした。
 息も絶え絶えの勇者と邪竜が最後に足を下したのがここ、ウォリス島だ。

 なんの特徴もなかった孤島は、英雄の魂を形作るように、竜の形となったらしい。
 勇敢に戦う邪竜の形を模した島。勇者と邪竜が眠るこの島は、島に住む全ての生物達から敬意を持って島竜と呼ばれている。

 ウォリス島の神話を、ハイラルに住むリンクは知らなかった。
 世界の名はハイラルと言い、その世界の名をそのまま王国とした場所で育ったリンク。
 ハイラル王国は、世界の中心だ。少なくともリンクはそう教えられて育った。
 ハイラル王国で教わらなかった事と、この島で聞いた神話の事。齟齬を感じたリンクは容易く自らの育った国の方を信じた。

「それで、その神話がどうしたんだよ」
「神話に出て来る勇者の名前は、リンクって言うんだよ」
「……はっ?」
「すごいだろうリンク君。ちなみにもう一つ面白いことを教えてあげよう。君も分かっているだろうが俺は人間じゃぁナイ。大雑把なくくりで言うと魔物に分類される。俺は長生きでなー、今年でもう500は優に超えてるぜ。神話ってのはどんな物でも表裏があるもんだが、俺がその裏の部分なんだよ。さぁ驚けよ、いざ驚け! ――俺は邪竜と勇者の契約時に生まれた勇者の影だ。リンク君、君は今、生きた伝説を目の前にしてるんだぜ?」

 リンクを下からねめつけるように笑うシャドウ。リンクはシャドウの言葉にぽかんと口を開き、衝撃に思考停止していた。生きた伝説が、目の前に。
 シャドウの自信満々な態度はそこから来ているのか。それにゼルダ姫に僕を会わせたいという言葉にもリンクは納得した。
 リンクだからだ。自分の名前がリンクだから、彼は勇者の影だから、リンクを迎えに来たのだ。
 ゆっくりと、ゆっくりと口を閉じる。――そして、シャドウから顔を背けてぶっきらぼうに言った。

「あっそう」
「ええっ? 「あっそう」って……。さっきまで良い顔してたのに急に冷めンなよ!!」
「別に、「あっそう」以外に反応できないし」
「いやいやもっと驚けよ。自分が勇者と同じ名前だなんて、とか、その勇者の影が目の前にいるなんて! とかさぁ!!!」
「だからどうしたって言うんだ。あんたは勇者と同名の僕を面白く思ってゼルダ姫に会わせようとしてるんだろ。それだけのこと。同じ名前なんてそこらへんにいるだろ」
「名前が同じはいるだろうが、違ェよ! 証拠はこの俺の姿だ! リンク君の数年後ぐらいに見えるだろう? 神話の中の勇者はこの姿だったんだよ!」
「……それで、あんた何が言いたいの」
「そりゃ決まってる! リンク君! 君は俺が待ちに待った勇者だってことだ!」

 今までの人を食った笑いとは違った、快活な顔にリンクは戸惑った。子供のように笑うシャドウは、嘘を言っているようにもリンクを揶揄おうとしているようにも見えない。リンクは再度ぽかんとして、「わはは!」と心底嬉しそうにするシャドウを見ていた。

「まさかまた会えるとは思ってなかった。待った甲斐があったってモンだ!」
「……いや、また会えるとはって……。僕は神話の勇者じゃないし、何言ってるんだよ」
「おっ? リンク君もお年頃だな? 勇者って言われて少し嬉しそうだな〜。うんうん分かるよ、なんたって勇者だもんな。しかも俺の本体の! 言われて嬉しいよな〜」
「う、嬉しくなんてない! それにあんたさっきから勇者勇者って、別に僕は自分を勇者だなんて思ってないし、生まれ変わりとか馬鹿みたいな事考えてない!」
「わはは! 残念ながらリンク君! 勇者の生まれ変わりかどうかは分かるんだぜ」
「えっ?」
「そう! 俺の本体は左手にゼルダ姫と同じく竜紋が刻まれている。君にもそれがあるだろう!」
「……えぇ?」
「さぁ俺に見せてみろ! ……なんだよ恥ずかしがンなよ。恥じらう乙女じゃネェんだから男を見せろやぁ!!」
「えっ、ちょっと!!」

 いきなり飛びかかってきたシャドウがリンクの左手を両手で捕える。自分と同じ見た目をした、しかも男に手を握られているという状況に鳥肌が立ったリンクは逃げようと身を引いた。が、荷竜車の木製の縁に背中をつけただけで、逃げ場なんて無い。
 眼前には不敵にほくそ笑むシャドウ。リンクの左手にはめられた、茶色の指抜きグローブは勢いよく強引に剥がされた。

「あァ……?」

 その左手の甲には、何も無かった。

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