身体から力が抜けてうな垂れるリンクを、黒いローブの男はまるで重さを感じていないようにひょいっと持ち上げて移動した。
 肩にかつぎ上げるという人を人とは思っていない運び方に流石にリンクも暴れる。

「なにを!」
「僕らのアリスを白ウサギのところまで運ぶんだよ」
「やめろ! 僕は白ウサギなんかに会いたくない!」
「ここから出るには白ウサギに会うしかないんだよ、リンク」
「……っ!」

 言葉に詰まる。身体をくの字に曲げていたリンクは男の背中に両腕をついて身体を捻り、チェシャ猫と言うふざけた男の後頭部を睨みつける。

「……それは嘘だな」
「猫は嘘を吐かないよ」
「それも嘘だ。お前はガノンドロフの手先だろ。僕をここから逃がすなんて考えられない」
「…………? リンクにはここにいて欲しいよ」
「まだしらばっくれるのか。お前どうして脱出方法を知っている白ウサギと僕を会わせたがるんだ」
「それが僕の役割だから」
「いい加減にしろ!」

 リンクの恫喝にも臆せず進み続けるチェシャ猫。その足は先ほどルト姫が沈んでいった血の海に向いており、気付いたリンクはぎょっとした。

「馬鹿! なんでそっちに行くんだ!」
「この向こうに城があるからね」
「渡るんだったら船が必要だろう!」
「どうして?」
「船がないと水の上なんて移動できない!」
「水ならそうだね。でも海は水じゃない」
「……っ! 下ろせ!」
「アリス、暴れないで」
「離せぇっ!!」
「アリス、暴れると落ちるよ」

 全力で暴れるリンクだがチェシャ猫の拘束は揺らぐことなく、歩みすら遅滞させることもできずに進み、ついに一歩が血の海の上を行く。沈む、と来るべき浮遊感に身を固くしたリンクは、砂場の時と同じ視点で血の海が見えることに驚いた。当然のように移動を続ける黒ローブの男を振り返り、後頭部に話しかけた。

「海の上を歩いているのか?」
「猫は歩けるものだよ」
「……普通は海の上なんて歩けない」
「普通は歩けるものだよ」
「あぁ、もう!」

 理解が追いつかず、もどかしさに男の背中に拳を叩きつけた。動じた様子の無いチェシャ猫に、リンクは虚しくなって抵抗することを止めた。するすると赤い海の上を歩くチェシャ猫の肩に担がれたリンクは、背中に肘をついて周りの景色を眺める。波は無く赤い床と錯覚してしまいそうになる程揺らがない。砂浜が離れていき、とうとう見えなくなるところまで来て一面赤色に染まった。
 チェシャ猫は歩行時にほとんど身体が動かしていないのか、当然あるはずの上下の動きがなかった。それが気味の悪いものに思えたが、色々と有りすぎたリンクはそのことについては深く考えないことにした。リンクは比較的快適に渡航する。今更下ろせとも言えず、遠くに時々枯れ木が見えるだけの風景を眺めて思案した。
 
 この場所は一体なんなのだろうか。
 自分の置かれている状況がよく理解できなかった。
 自分の身体を見るに、ここは七年後の世界で間違いない。
 ふざけた格好で意味の分からない事を言い続けるこの男も、水の神殿で戦った、己の姿を模した魔物だ。
 この男は、敵だ。

 リンクは自分がここに来た経緯を思い出そうとした。
 ガノンドロフに支配されているはずの城下町。気付いた時にはすでにあの場に立っていて、目の前には無機質な銅像のように立つフードの男がいた。
 眉間にシワを寄せて唸る。その前の記憶があやふやだった。
 どうしてリンクはあの場所に立っていたのか、そこに来るまでの経緯が思い出せない。
 水の神殿でダークリンクと対峙し、ナビィに己に打ち勝てと激励され剣を交わした。そこまではいい。
 その後は? 一度二度と打ち合い、それからどうなったんだろうか。

 きっとその後に何かをされたんだろう。
 果ての無い水辺の空間。あの空間はそもそもおかしかった。
 神殿内であるはずなのに、果てが無いというのはおかしい。
 あれはきっと幻が見せる場所だったのだろう。それならこの場所だってそれに該当するのではないか。
 そこまで考えて、リンクはこの場所の悪趣味さを再度認識した。
 リンクはルト姫を追いかけて神殿内を探索していた。最深部にへと進もうとするリンクを阻む為に、リンクと同じ姿の魔物をけしかけるのも大概だと思うがこの場所はもっと酷い。
 フードで隠れてはいるがリンクと同じ姿の者がルト姫に……あんなことをするだなんて。
 吐き気が込み上げて来た。

 ここは、敵が用意した舞台だ。
 直接的な方法を取らず、搦め手から攻めようということか。
 確かにそれはリンクに抜群の効果を発揮していた。
 現に、あまりに突拍子の無い事で混乱していたとはいえ、ルト姫を手に掛けたフードの男の存在に一瞬だけでも安心してしまった。
 良くない傾向だ。

 心を強く保たないと。

 リンクは己に言い聞かせる。
 今、頼れる相棒であるナビィはいない。
 自分に言葉をかけてくれる存在がいないのは痛いが、この幻影に打ち勝つためにリンクは深呼吸をした。
 恐らく敵はリンクの心を弱らせたいのだろう。
 進む意志を無くさせ、立ち止まったところを殺す。如何にもなやり方だ。リンクがいなくなればマスターソードを持つ繰り手はこの世からいなくなり、敵にとっての脅威はほぼ無くなる。それは、圧制に苦しむ人たちにとって悪夢だろう。
 頭の中でナビィの激励を思い起こしリンクは決意した。
 絶対に負けてやるもんか。

 強い決意を胸に抱き、リンクはこれからのことを考えることにした。
 するすると赤い水面を滑るように歩くチェシャ猫の言葉は信用しなくていい。けども、この幻影から抜け出す手掛かりはこの男以外に何も無かった。
 チェシャ猫と名乗る男はリンクを白ウサギのところに連れて行きたいようだ。
 頻繁に口に出されるソレが一体誰の事なのかは分からない。
 普通に考えればこのチェシャ猫は敵なのだからその白ウサギとやらも敵なのだろう。
 目的は分からないが、それはリンクにとっても悪いことではないのではないか。
 恐らくだが、闇雲に歩き回ってもここからは出られない。

 この空間を作っているのが、魔物なのか何かの装置なのかは分からないが、それを壊す必要がある。
 リンクを閉じ込めるためのソレは相手にとって何よりも優先されるべき大事なものだろう。それが無くなればマスターソードを持つ人間がまた出てきてしまうのだから。余程大事に仕舞い込まれている可能性が高かった。
 そう考えるなら『ソレ』があるのは敵の懐だ。
 リンクはその場所を目指さなければならない。

「…………なぁ、その」
「なんだい、アリス」
「……なんで、僕のことをアリスって呼ぶんだ?」
「アリスはアリスだからね」
「……僕はリンクだ」
「知ってるよ、リンク。けど君はアリスだ」
「…………」

 だめだ、話が通じない。
 ダークリンクの目的を探ろうと会話を試みようとしたが、この話題は今後持ち出さない方がいいのかもしれない。
 リンクは一つ息を吐いて再度口を開いた。

「えぇと……、きみ、その、水の神殿で戦ったダークリンク、だよね?」
「アリスはその話が好きだね」
「好きなわけじゃないんだけども……。じゃあ、その、白ウサギって誰のことなんだ?」
「会えば分かるよ」
「そりゃそうなんだけども。うーん……」

 この男から何かを聞き出すのは無理なんじゃないか。
 薄々分かっていたが、本格的にそう思わざるを得なかった。
 血の海から突き出す枯れ木をぼんやりと眺めながら、リンクは息を吐いた。

「君の目的は分からないけども……、ルト姫にあんなことをした君のことを、僕は許さないからな」
「あんなこと」
「絶対に、君たちに……お前たちには屈さない」

 フードの男はそれ以上喋らなかった。
 リンク自身も会話をする気は失せていて、ぼんやりと赤い海と赤い空の境目を眺めた。
 不思議なことに、砂浜に立っていた時には海の波打つ音がしていたというのに、この赤色の上ではその音は一切無かった。フードの男が水を掻き分ける音なのか、微かな水音がするだけだ。
 そのことにこの海はもしかしたら水深が浅いのではと考えたが、ルト姫が沈んでいったところをリンクはこの目で見ている。思い出して、リンクは顔をしかめた。

「アリス、着いたよ」

 その言葉に顔を上げる。数瞬後に、浮遊感があって背中から地面に落とされた。

「……ッ、いったぁ……ッ!」

 頭を打つことはしなかったが、いきなりの事で受け身を上手く取れなかったので背中がじんじんと痛んだ。フードの男を見上げると、彼はにんまり顔でリンクを見ていた。

「お前、笑うな!」
「猫は笑うものだよ、アリス」
「あぁー、もう!! ならせめて下ろすって言ってから下ろせ!」
「分かったよ」

 未だに猫だなんだと可笑しな事を言い、アリスという呼び名を改めないフードの男にリンクは諦めの境地に至った。
 やり場のない怒りを飲み込みつつ、リンクは立ち上がる。
 服についた砂を払っているのを、ダークリンクは笑って見ていた。あまりその魔物を視界に入れたくはなかったが、目を離すのも得策ではないと警戒する。
 何が面白いのかずっと笑みの形を保っているフードの男に不快感が募った。

「さぁアリス。城に向かおう」
「…………」

 訂正する気も失せてしまったリンクは何も言わずに周囲を見回した。
 リンクが今立っているのは砂浜の波打ち際だ。緩やかな砂浜の坂の先には草地があり、そのさらに向こう側には城らしき建物が小さく見える。ところどころ樹木が生えていて視界を遮っているが、そう遠くは無いことが窺える。

「あそこに……白ウサギとやらがいるんだな」
「遅れてなければね」
「あぁそう」

 フードの男が言う白ウサギとやらが遅れようがどうしようがどっちでも良かった。
 ただ時間が多ければ多いほどこちらに都合が良い。周辺のことを知るのにも、武器を調達するのにも時間はいる。
 リンクは城に向かって歩き出した。
 その後ろをフードの男が音もなくついてくる。
 無視しようかとも思ったが、目を離せば気配も感じ取れない存在に仕方なく顔を向けた。

「……その、チェシャ、猫? 僕の後ろじゃなくて横を歩いてくれないかな。気になって仕方ないし」
「分かったよ、アリス」
「…………」

 絶対にわざとだろ。
 するすると横に移動してきたフードの男を苦々しく見る。
 男は変わることのない笑みで、立ち止まるリンクを見返した。
 目元すら見えないほど目深に被ったフードのせいで本当にリンクのことを見ているのかは分からなかったが、なんとなく『視線』を感じる。
 小首を傾げているフードの男から顔を背けて歩き出した。


 砂浜から草地、樹木がところどころ邪魔するように生えてはいるが人が幾度も通って踏みしめられたであろう地面を歩いて城を目指している途中、拓けた場所に出た。
 広場だ。
 そこまで大きくはないが、円形に広がった草地の上にテーブルが置かれている。
 室内用のしっかりとした長机はお祭りの様相を呈しており、子供が一生懸命作ったような紙の輪飾りや装飾がされている。机の上には食事やプレゼント箱が置かれて華やかだった。
 そんな机を取り囲んでいる人たちにリンクは驚く。突っ伏している者、怒っている者、むっすりとしながらティーカップを傾けている者、草地に寝転がっている者、その全てがリンクの知っている人たちだったからだ。

「え、ぜ、ゼルダ姫!? それに、サリア、ミドも!?」

 リンクが声を上げると、むっすりとした表情でお茶をしていたゼルダ姫が振り返った。ゼルダ姫は七年前と変わらず、違う所と言えばその服装だった。リンクが知っているのは髪の毛を纏めてベールで覆っている姿だったが、今のゼルダ姫は髪の毛を下ろして公の場に出るような華やかな桃色のドレスを纏っていた。
 リンクは小走りで机に近寄る。
 ゼルダ姫はリンクのことを見てはいるが訝し気な表情だった。
 リンクはその表情に不安を覚えた。机に突っ伏しているサリアの事も気になるし、時計を掴んで怒っていたミドの事もそうだ。草地に寝転がっているのは……タロンだ。こちらはいつも通り寝ているだけのようなのでいい。
 突然の闖入者に、ゼルダ姫とミドは戸惑っているようだった。

「そ、その……ゼルダ姫?」
「あなたは、……誰ですか?」
「え?」

 ゼルダ姫はそう言うと難しい顔をしてティーカップをソーサーの上に戻した。

「それに私は姫ではありません。女王です」
「え……?」
「これだから身体のある者は嫌いなんです。鎌さえあれば首だけにするのに……」
「…………」

 短いやり取りでリンクは悟った。
 これは自分の知っているゼルダ姫ではない。
 あのルト姫のように、おかしな状態になっている幻影だ。
 リンクの記憶にある人達が面白おかしく歪められている事実に、手の平を握りしめた。

「あぁちっくしょー! 女王様! もうそろそろいいンじゃないですか!? これだといつまで経ってもお茶会が終わりませんよ!」
「いやです」
「女王様も鎌を取り返したいでしょ!? あのバラ、意地でも返しませんよ!」
「いやです。私は首の無い者はきらいだわ」
「好き嫌い言ってる場合じゃないでしょう!?」

 ミドは四角い時計をぶんぶんと振り回しながら怒っていた。
 ゼルダ姫と同じようにこちらもリンクの記憶に無い恰好をしていた。
 コキリの森の服ではなく、仕立ての良さそうな燕尾服に身を包んでいる。頭には大きさの合っていない帽子を乗せて、顔に何度もずり落ちて来るたびに片手で位置を直していた。

「帽子屋、お茶がなくなりました。あとケーキも」
「あのナ、女王様! 俺は召使いじゃないんですよ! お城に帰って時間くんを出してやってください!」
「いやです」
「嫌ですじゃねぇヨ!」

 帽子屋と呼ばれているミドは、ゼルダ姫の言葉にさらに激昂した。
 ゼルダ姫はミドの言葉に「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 リンクはその状況についていくことが出来ずに立ち尽くしていた。
 ミドが敬語を使っているのもそうだがゼルダ姫に口荒く怒っていたり、そのゼルダ姫もリンクの知っている穏やかさも無く我儘を言っている。
 二人の押し問答はまだ続いていて、リンクは助けを求めるように隣を見た。

「あれ……?」

 先程まで横にいたはずのフードの男がいない。
 慌てて辺りを見回しても、どこにもいなかった。
 まさかとは思うが置いてきてしまったのか?
 リンクは来た道を引き返して探したが見つからなかった。
 仕方なく広場に戻ったが、ミドが渋々とゼルダ姫にケーキを用意したりお茶を淹れたりしているだけで変わりはなかった。
 机に突っ伏しているサリアの前にもケーキが置かれたが、サリアは「むにゃむにゃ……」と言うだけで食べる様子は無かった。サリアもサリアで変な格好をしていて、灰色の着ぐるみに身を包んでいた。頭部には丸い耳の付いているフードが被されていて、身じろぎをしながら端を掴んで頭を抱え込んだ。眠りを邪魔されたことを嫌がっているのだろうか。そのまま動きを止めてしまった。
 草地に寝転がっているタロンも、緑色の寝袋に包まれて安らかな寝息を立てている。あのタロンらしくない安らかさにリンクは違和感を持ったが、幻影なのだから違うのは当たり前なのかもしれない。

 とりあえず、どうしようか。
 このまま彼らを放っておいて城に向かった方がいいのか。
 広場を見回していると「おい、お前!」とミドがリンクを指さして怒鳴った。

「おまえ、ちょっとこっちに来い!」
「う、うん……?」

 ミドは慌てたように机から離れて広場の隅に行く。
 それを追いかけて傍に寄ると、ミドは忌々しそうにリンクを見上げて「屈め!」と命令した。言われた通りに中腰になるとミドはリンクの耳に口を寄せて内緒話を持ち掛けてきた。

「お前、どこの誰だか知らないけども手伝ってくれよ」
「……内容によるけども、何を手伝えばいいの」
「お城に行って時間くんを外に出してくれ。このままじゃ俺、お茶会に殺されちまう」
「時間くん?」
「そうだよ、時間くんだよ! 女王様が首の無い時間くんに怒って閉じ込めちまったンだ! そのせいで時間が止まって、ずぅーーっとお茶会をするハメになってンだ!」
「……無理にお茶会なんてせずに、帰ったら?」
「それができるんだったらもうやってるっつーの!」

 興奮したのかミドが耳元で一際大きな声を出した。
 あまりの声量にリンクは耳を押さえて顔を遠ざけた。
 ミドはリンクが逃げようとしているように見えたのか、胸倉を掴んで引き寄せようとする。ただでさえ中腰でバランスの取りづらい中、リンクはなんとか倒れないように踏ん張った。

「こらっ、お前、逃げンな!」
「に、逃げない、逃げないから!」
「本当か? 嘘を吐きそうな顔をしやがって!」
「そんなことを言うんだったら手伝わないからな!」
「……そ、それは困る!」

 ミドは途端に青白い顔になって手を離した。ようやく解放されたリンクは胸元を正しながら息を吐いた。ミドは落ち着かなそうにサイズの合っていない帽子をいじくり、何か言いたげな顔をして見上げている。
 その姿が本来のミドの姿と似通っていてリンクは思わず笑ってしまった。
 幻影であるとはいえ、ミドとこうして言葉を交わし合えるのは嬉しかった。七年前に戻っても会いに行けず、七年後の世界ではリンクをリンクとして認識してもらえない。デクの樹サマが亡くなってからは、こんなやり取りはもう出来ないと思っていた。
 むっすりと口を引き結んでいるミドに、リンクは「分かった」と頷いた。

「時間くんを探せばいいんだね?」
「! そ、そうだよ! 行ってくれるのか!?」
「いいよ。時間くんはお城にどこにいるんだ?」
「それは知らネェ。女王様が隠しちまったからな。アイツ、寂しがりだから早く見つけてやってくれヨ。今も大泣きしてるかもしらねぇし……」
「分かった。時間くんはどんな見た目を?」
「えぇと……長い! あとは長くて……長い!」
「う、うん……」
「それと近くに時計があるかもしれないな」
「そう。他は?」
「…………長い、かな」
「……分かった。長いんだね」

 ここまで強調するんだから物凄い長さなんだろう。
 ミドは帽子の位置を直しながら「頼むぞ」と言った。デクの樹サマへの道を通せんぼしていた時のミドの表情に似ていて、リンクは懐かしさに目を細める。

「約束だかンな。絶対に時間くんを出してやってくれよ」
「うん。約束はちゃんと守るよ」
「……ふん。それなら、いい。……早く行っちまえ。俺はこれからまた女王様のゴキゲンとりなんだからな」

 ミドはそう言って女王様のいる机にへと戻っていった。
 途中で女王様が声を上げ、ミドは慌てて走って行く。お茶を淹れて机に手をついたところで、着ぐるみを着たサリアがどたばたとしてうるさいミドの手の平にフォークを突き刺した。

「うぎゃぁーーーー!! てめ、ネムリネズミぃーー!!」

 寝ぼけているのかわざとだったのかは知らないが、怒ったミドはサリアの頭を平手で叩こうとして止まり、ぶるぶると手を震わせてから結局叩かずに「ちっくしょー!」と声を荒げるだけに終わった。
 偽物だったとしても、ミドらしい所作にリンクは小さく笑った。

 広場を抜けて城にへと向かう。
 少し歩いて、どんどんと木々が多くなっていく中に茨が密集している場所があった。茨はリンクの背丈よりも高く、塀のように聳え立っている。城に行く道に沿うようにして続いている茨は、一箇所だけバラの花が群生していた。
 茨の塀の向こう側に行くための入口なのか、金属製のアーチらしきものに絡みつき、うごうごと蠢いている。バラが蠢いているのにも驚いたが、それよりもリンクの目を惹くものがあった。
 アーチの真ん中に吊るされるようにしてバラが絡みつく、リンクの背丈ほどもある大鎌の存在だ。
 刃の部分がギラリと光を反射している。柄や刃の無い部分には絡み付いている茨がその部分には一切纏わりついていないことから、刃の鋭利を物語っていた。よく見れば下にバラの花が落ちている。それが絡みついた結果なのだろう。

 ミドと女王様の会話に出てきた「鎌」というのはこれのことだろうか。
 「鎌さえあれば首だけにするのに」という彼女の発言を思い出して、リンクは大鎌に手を伸ばした。これをどこかに持って行っておかないと危なそうだ。
 そう思ったのだが、リンクの手は途中で止まる。

 バラの花が全てリンクの方を向き、動きを止めていた。
 それは獣が相手の動きを注視している時のものに似ていた。
 嫌な予感がしたリンクはそのまま手を下ろす。
 バラはまた蠢いて大鎌に絡みつき、首を落とした。リンクの足元に転げ落ちて来たバラの花は、華々しい花弁を見せつけるようにして止まった。
 切断された茎からじんわりと染みだすように赤色が溢れてきているのに気が付き、リンクは顔を背ける。 
 ……早く城に向かおう。
 リンクは城に向かって歩を進めた。



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