勘違いしないでいただきたい。私は決して乱暴者でもなければ、当たり前のように殺人鬼というわけでもない。彼女を殺したのには、訳があったのだ。
 彼女は私を屈服させていた。私は彼女のキス無しには生きていけない身体だった。彼女は私を侮蔑していたし、存在していることさえ煩わしそうにしていたが、心の底では私を受け入れていたさ。彼女の目を見たことがあるか? とびきり綺麗なネイビーブルー! 本の中でしか語られない深海の底、黒に塗られた世界を今にも消えうる光で照らした濃厚な生命の水! 通り過ぎざまかすめただけで胸に新たな息吹を感じる高揚! 君にはこの素晴らしさが分かるか!?

「分からねぇよ、クソが」

 ダメだダメだ! そんな汚い言葉を使っちゃダメだ! 彼女に聞こえたらどうするんだ!
 
「うるせぇ、さっさと動機を言え」

 動機なんてそんな俗なことをきっかけに私が動いたとでも? それは間違いだ。私はいつだって彼女を愛していたし彼女だって私を愛していたとも。
 私と彼女の馴れ初めをまず語ろう。私は普通の家庭に生まれた少し頭のおかしな人間だった。小さい頃から人とは少し違った事をするものだから私はよく人から「こいつは天才になるか、あるいは犯罪者になるだろうな」と言われていた。

「当たってるじゃねぇか」

 そんなことはない。私は求道者だ。天才にも犯罪者にもなれなかった。私が犯罪者では無いことは君が一番知っているだろう? なんたって君が私の無実を立証する証人なのだから。
 ところで私をこの汚い椅子に縛り付ける縄を解いてくれないか。さっきから腕や胴に食い込んで痛いんだ。見てみろ私のこの胸を押し潰す縄を。自分の胸を見下ろして思うが、なかなかにエロい。身体のラインを覆うたるんだ衣服の上から縄で縛りつけ、くっきりはっきり形を強調させ、肌の露出した部分に麻がチクチクと傷つけ跡を残らせ、私の苦痛の顔に興奮しているんだな君は。変態め。

「お前の頭の中はどうなってるんだ? 前々から巨人狂いで腐っているとは思っていたが、行き過ぎている。お前は誰だ?」

 そうかそうかそんなに私の名前を知りたいか。
 私の名前は、まぁ無いな。好きに呼んでくれて構わんよ。名前なんてどうだっていいさ。だが一つ忠告してやるよ。名前なんて与えてみろ。君はきっと後悔する。
 名前の無い私は自由な鳥だ。天を覆う青の空を気持ちよく飛び回る私という鳥。空気の壁の中すいすいと泳ぐ様を想像するだけで身の毛がよだつな。墜落したらどうするんだ。死んでしまうぞ怖いな。

 閑話休題、私と彼女の馴れ初めだがな、彼女も小さい頃からおかしなものだった。何にもかににも興味津々で、彼女の目に映るもの全てが彼女にとっての研究対象だった。
 枝につく葉だって彼女には薬へと変貌を遂げる材料だったし、自らが踏みしめる土だって皿を作る資源だ。水は最低限身体を動かすための燃料、あるいは潤滑油だったし、食物は身体に投下する燃料だ。食物に関しては大多数の人間と同じ見解かな?
 彼女のネイビーブルーに映るものは全て輝く原石だったよ。

「あいつはネイビーブルーじゃない」

 何を言っているのかさっぱりだ。彼女は周りから奇行ばかりの変わった子だと思われていた。普通に子供と遊ぶ協調性はちゃんとある。これがなければ人との対話なんてあっちへ行ってこっちへ行って、彼女の足取りのようにどこにでも行く。
 彼女は幼少期をちょっと変わった子という評価で過ごし、成長するにつれ自分を覆うベールを下ろす術を見出した。処世術は人の世を渡るには必要不可欠。これが無い者はどうもな、どうもなぁ……。
 あぁ大丈夫君のことじゃない。まさかそんな生かすも殺すも目の前の男次第の状況で、そんな恐ろしいことを、恐ろしいことをねぇ、言うなんてねぇ。頭がおかしいんじゃないか。そうだろう、リヴァイ。

「クソみてぇなこと言ってねぇでさっさとしろ」

 何をさっさとしろというのか私には全然分からないなこれっぽっちも!
 成長した彼女は兵士になろうと訓練兵団に入った。何がきっかけだったんだろう、私には皆目検討もつかないがその頃に私は彼女の目の前に現れた。私は彼女に一目惚れだったとも。だから私は当たり前のように彼女に交際を申し出たし、当たり前のように払いのけられた。
 彼女は何故だか巨人にとても執着していてね、何か両親に悲しいことがあったんだろうか、私にはとんと分からぬが小さい頃は世界のいたる物に輝きを見出していた小さな瞳は、ギラギラと太陽の熱線の如き熱さで何かを焼き殺そうとしていた。
 ちなみに彼女の両親はその時健在だったよ。何かあったと思った? 残念はったりでした。

「…………」

 私は彼女に交際を断られ、意気消沈としていた。
 彼女にとって私は不要な物だ。だが私の心を彼女が支配していた。私の心臓、心と言われる部分は八割方彼女で埋まっていたし、寝ても覚めても目蓋の裏には彼女の顔だ。彼女は時々鏡にキスをしていたことがあったが、あれはきっと私宛てだったのだろうね。
 そんな私思いの彼女をどうして殺してしまったのか、君はそれが知りたいんだね。

「死んだと決まったわけじゃない」

 まさか、まさかまさか、だって君の目の前にその死体があるというのにどうしてそんなことを言うんだろう。君は彼女がまだ生きていると言っているがそれなら何故私は君と話をしているんだろう。彼女が死んでしまったからに他ならない。
 私は彼女を両親に紹介しようと思った。私の両親は彼女のことを昔から知っていた。私の両親は奇行を繰り返す彼女のことをとても気に入っていて、頭のおかしな私を受け入れてくれていた。そんな両親に孝行しようと考えるのは普通のことだろう、違うか。
 私は彼女の首を切った。ほらそこに彼女の首が!

「…………」

 君は彼女の名前を知ってるね、なんだったかな。

「…………ハンジ」
 
 そう、ハンジ・ゾエ。とても良い名前だね。私にもそんな良い名前が欲しかったと思うが、そんなことはどうでもいいな。それで君は首無し死体と話をして何が楽しいんだ?
 彼女の死体を前に、何を悠長に紅茶など飲んでいるんだ?
 それで話を最初に戻すけども、私には彼女を殺す訳があったんだ。君には到底分からないとは思うが、私は彼女の足が欲しかった。私を踏みつけてくれる足だ。だが足だけでは私自身が私の頬に靴底を押し付けるだけで物足りない。だから私は胴体が欲しかった。私を踏みつけてくれる足に力を入れるための胴体だ。だが胴体だけではバランスが取れないしなにより頭が無ければ「踏む」という行動ができない。だから私は頭が欲しかった。
 ここだ。私はここで唐突に頭だけでもいいかもしれないと思いついた。だから私は彼女の首を切って後生大事にしようと思った。
 それで、君は首無し死体と話をして何が楽しい。

「何も楽しくねぇ。お前の長ったらしい意味の分からない話はどうでもいい。ハンジはどこだ」 

 それなら君の目の前に。
 縄で縛られあられもない姿を晒している人間が、そうだろう。
 切られた首の断面から流れ出た血が乾き、ただ腐っていくだけの物々しいオブジェがそれだ。

「違う」

 現実から目を逸らしてどうする。彼女の首はそこに転がっている。綺麗な色だ。これからどんどん淀んでいく。私はそれが悲しくてたまらない。だがそれでいいんだろう。彼女が最期に見たのは私だ。彼女の全てが私に満たされたのなら、もうそれでいい。
 さぁどうぞ、拷問でもなんでもござれ。一生交わることはないだろうが、一瞬だけでも両思いになれたのが、私の生涯の幕閉じの合図。
 どうぞどうぞ、好きなだけ痛めつけてくれ。

「…………お前にはちゃんと首がある」

 何を言っているのかさっぱりだ。

「石牢屋、頼まれても座りたくねぇ小汚い椅子に麻縄で縛られている男の名はネルマール」

 何のことだかさっぱりだ。

「女装癖のあるクソッタレな変態野郎、危険思考の頭のおかしい奴。しかも重度な妄想癖。他人を自分と混同する人格障碍者。……調査兵団に属していた、生粋の変態だ」

 なんのことだか……君は何を言っているんだ……?

「お前の首はちゃんとついてるしハンジの首がそこらに転がってるわけがねぇ。お前が殺したのは『ハンジと背丈が非常によく似た別の女』だ。だがお前がその女を殺して首で気持ち悪ぃことをしてる同時期にハンジがいなくなった。ハンジはどこだ。知ってるのか?」

 まさか……まさか……そんな……。

「確かにお前が殺した女は青い目をしていた。だがそいつはハンジじゃない。一緒になって巨人に狂っていたお前が間違えるだなんて、お笑い種だな。それとも他の女共をハンジだと思い込もうとしてたのか?」

 愉快だ。私には首がついていると君は言う。なら何故私は首から声を出している? むき出しの声帯からひゅーひゅーと空気を吐き出し、血液と一緒に声という音を捻り出す私を、君はどう説明するんだ?

「それはお前が人工声帯をつけているからだろう。そんなことも認識できないのか」 

 喉、喉。そうかそうか思い出した、私の喉には管が刺さっている。私は昔喘息で喉をやってしまったんだった。私の両親は私に酷く無関心で、あぁそうだそうだ思い出した。私は他人が羨ましくて仕方なかった。私に同情した医師が拙いながらも首を切って声帯から声を出せるようにしてくれたんだった。
 私はその時の感覚が忘れられなかった。今でも夢に見るよ。

「やっと話ができるとこまで来たか……。お前は身の程知らずにも調査兵団の女性の私服を盗み、それを着用し殺人に及んだ。それがどういう意味か分かってるか? お前は私利私欲のため、己の欲求を満たすためだけにやったんだろうが、お前のやったことは調査兵団の失態を演出する結果となったわけだ。お上が黙っちゃいねぇな」

 そうか、どうでもいいな。
 そう、それでハンジだったか。彼女の居場所、知りたいか。

「……知っているのか」

 私の腹の中、と言いたいところだが。

「言うな。お前の相手はもう飽きた」

 そう、そう、私も彼女以外の人間と話すのは疲れたよ。
 それで彼女の居場所なんだが、私は彼女を街中で見かけた。昔から憧れていた、恋焦がれていた彼女の背を追い、あっちへふらふらこっちへふらふら、彼女を見失ってしまった。
 だが彼女はその腕に食料を入れた紙袋を抱えていた。きっとそう遠くない内に帰ってくるさ。そう、そう、そうだ。良かったなリヴァイ。俺はお前が羨ましくて仕方が無い。

「数多の女性の首を狙った『首切りネルマール』、お前は然るのちに処分が下されるだろう。ほぼ未遂で今回が初の殺人だが、その際の暴行、脅迫、異常思考など、更生が絶望的だと判断されている。十中八九死刑だろうな」

 そう、そう、そう、そう……だろうな。あぁ短かった。俺の人生は短かった。それと同時に長かった。想いが長かった。ずっと想い続けた圧縮された時間は振り返れば短いが、その時その時を生きた俺が感じたのは耐え難い苦痛だった。
 それから解放されるのなら、それもいいかもしれない。愉快だ、愉快だ。俺の人生は非常に愉快だった。非常にくだらない理由で求め、壮大な終わりで幕を引く。いいだろう、それも人生だ。俺はとても満たされている。


 石造りの牢屋には似つかわしくない小奇麗な椅子から立ち上がったリヴァイは牢屋唯一の扉を開けて外に出る。ギィ、と錆び付いた蝶番が悲鳴を上げて、俺はそれを見送った。閉まる扉。遠ざかる足音。
 後に残されたのは彼女の首だと思っていた物と、椅子に縛られた俺だけ。床に転がる首が転がって俺にその顔を向ける。ニッと笑ったその顔は、鏡でよく見た顔だった。

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