もう一つのダークリンク設定。
今日の朝ごはんはサンドイッチとオニオンスープだ。
サンドイッチの中身は最近買ったばかりのレタスとマッシュしたたまご。味気ないだろうとケチャップの味付けと塩コショウの味付けのものを作った。
お湯で戻した干し肉とレタスをはさんだやつも作っている。味付けは塩コショウだ。
干し肉を戻したお湯にたまねぎをスライスしたものを入れて茹で、カカリコ村で買ったスープの元を入れて出来上がり。
二つとも簡単なので短時間で朝ごはんの用意ができた。
朝ごはん一人分。と、余分にサンドイッチ一つとスープ気持ち多目。
それらを見回して一つ頷く。よし。
くるりと振り返り、私の後ろで気持ち良さそうに毛布に包まって眠る金髪の男を起こしにかかった。
「リンク君、朝だ。起きろ」
「んん〜」
「リンク君、朝ごはんが出来た。起きろ」
「んんんん〜。……もうちょっと」
「ダメだ。日はもう昇っている。起きなさい」
「うぅ……」
「もう! リンクってホントねぼすけさん! ヘイ! 起きなさぁーい!」
「うわっ!」
肩を揺すって起こそうとした私の手には頑固として反抗していたリンク君は、ナビィの顔面アタックには抵抗できなかったようだ。
まだ寝たそうな顔をしてしぶしぶ起き上がる。
私は手をあげて横目でナビィを見る。その意図に気付いてくれたナビィは元気な掛け声とともにハイタッチをしてくれた。
「リンク君。今日はサンドイッチとオニオンスープだ」
「サンドイッチ? 中身は?」
「たまごのと、これは干し肉」
「干し肉って固いから僕、嫌だな……」
「文句を言うな」
「ふぁ〜い」
「リンク! ご飯を食べる前に顔を洗ってきたら?」
「ん〜」
「本当に朝に弱いな、君は。……寝癖がついてるぞ」
「ん〜?」
目をしょぼしょぼさせているリンクは私の言葉に反応して、頭に手をやる。
寝癖を直しているというよりもぺたぺた触っているだけのそれに、私は見かねて髪がはねている場所を撫で付けた。
リンク君同様に頑固な寝癖はすぐには直らず、髪を手櫛ですいたり上から押さえつけたりして、やっとのことで大人しくさせる。
その間リンク君は目をつむってにへらと笑いながらされるがままだった。
猫、いや、犬か。見た目は青年ほどのリンク君だが、その所作は子供だ。親に頭を撫でられて気持ち良さそうにしている子犬。和む。
一通り寝癖を直し終えるとリンク君を立たせて川の方に背中を押した。
リンク君はのろのろとだが川に向かっていく。その後ろをナビィが追った。
私達がいる場所は森の中だ。コキリの森とはまた違った森なのだが、性質は非常によく似ている。
人を惑わす森。
私達がこの森に踏み入れてからまだ一日しか経っていないが、それでも分かる。……早くこの森から出てしまいたいのだが……。
皮袋の中身を確認する。リンク君の嫌いな干し肉やドライフルーツといったもの、野菜とチョコレートもある。水は川があるから大丈夫か。
ざっと見て三日はいけるか。リンク君がわがままを言わなければの話だが。
私はため息を吐く。彼は優しい。優しいのだが、私はその優しさに少々迷惑をしていた。
彼が戻る間、私はぼぉっと近くの木々を眺めていた。
彼は「さっぱりしたー!」と先ほどとは打って変わって、さわやかな笑顔で戻ってくる。
私は座りながらそれを見、一つ頷いた。
「リンク君、おはよう」
「おはよう、ダーク」
ダーク。それが今の私の名前。
笑うリンク君に目を細めていると、リンク君は焚き火の火にかけていた鍋をはさんで、私の対面に座った。
私は鍋越しにサンドイッチを渡す。スープをお椀に入れ、それも渡した。
ぱっと顔を輝かせるリンク君は「いただきまー……」と礼儀正しく挨拶をする手前で止まる。
伺うように私を見るリンク君に、私は内心ため息を吐いた。
「ダーク、食べろよ」
「何回も言うがな、リンク君。俺のこの体は君達人間とは違う。魔物であるこの体は食べ物を必要としない。水があれば十分だ」
「でも、一人で食べるより二人で食べた方が美味しいし」
「昨日俺達が足を踏み入れたこの森は、人を惑わす森だ。ここからいつ出られるか分からない。食料は大切にした方がいい。削れるところは削る。今この状況にまでその持論を俺に強要するな」
「嫌だ。ダークも食べろ。ダークが作ったご飯だから絶対美味しいし食べろってほら」
「だからな、リンク君。何度でも言うが俺の体は食べ物を必要としない。それに引き換え君の体は食べ物が必要だ。いつこの森から出られるか分からない。俺は君に飢えて欲しくないんだ」
「……あと何日分ぐらいある?」
「三日だ」
「……僕だけの分で?」
「そうだ」
「よし分かった! じゃあ二日! 二日でこの森から出る! だからダークも食べろ!」
「あのなぁ、リンク君……」
「一人で食べるなんて嫌だからさ! ほら食べろってダーク!」
「はぁ……」
こんな状況にまで、こいつはわがままを言うのか。
私は深い深いため息を吐いて、しょうがなく頷いた。
リンク君は「勝った!」とばかりに満面の笑みで笑った。
一応作っていた一つのサンドイッチと少なめに入れたスープを持って、二人で「いただきます」と挨拶をした。
ナビィは近くに生えていた花の蜜を飲んでいる。花に留まって羽をぱたつかせる姿は、蝶だ。
それを見ながら私はサンドイッチをちびちび食べる。
食事を終える時間をリンク君と同じにしないと、リンク君は自分の分を私に勧めてくる。彼は優しい。その優しさに、私は迷惑をしている。
迷惑をしている。迷惑だ。その心遣いはむず痒い。それは欠陥品である私にとって必要のないものだ。迷惑なのだ。……なぜ私にそこまで優しくするのか。……彼が優しい心の持ち主だからだ。
リンク君は誰にでも優しい。だがそれを私に向けないで欲しい。本当に、心の底から、迷惑だ。
私は大事にされるべきものではない。だからこそ私は人間から魔物になってしまったのだ。
私の故郷であるコンクリートのビル郡。緑の少ない都会。ひしめき合う人間達。人と人の繋がりが希薄な私の故郷。それに感化された希薄な私の存在。リタイアして魔物の体を手に入れた私。
……何をしているんだ、私は。
「うん。今日も美味しいなー」
「そうか。それは良かった」
「うん! いつもありがとうね、ダーク」
「あぁ。君の役に立っているなら、これ以上嬉しいことはないよ」
「ん? う、うん。……改まりすぎだってば、ダーク……なんか、照れる……」
「そうか。もっと照れてくれ」
「えぇ〜……」
困ったような、照れているような、恨みがましいような、そんな器用な顔で私を見るリンク君に向かって少し笑う。
途端、苦笑に変わるリンク君は、とても素直な子だと私は思う。
二人で朝ごはんを食べ終えて食休みをしていると、リンク君はくんできた水を飲みながらぽつりとつぶやいた。
「……この森、抜けなくちゃダメかな」
「何を言っているんだ。君はさっき俺に向かって二日で出ると言っただろう」
「あ、うん。そうだけど、そうだけどさ……」
眉を下げてさびしそうな顔になる。
私はその理由をなんとなく分かっていたから、何も言わなかった。
「この森を抜けたら、ハイラル城に行くんだよね……」
「あぁ。賢者達は皆目覚めた。あとはガノンドロフを倒してゼルダ姫を助けるだけだ」
「だよね……」
「…………」
リンク君はゼルダ姫のことを大事に思っている。
私がいなければ、リンク君は迷わずにこの森を最短で抜けただろう。
私がいなければ。そう。リンク君がこんな迷い事を言うのは私のせいなのだ。
私は君の重荷になりたかったわけではないのに。
「なぁ、ダーク」
「なんだ」
「ガノンを倒す前に、七年前に戻って遊ばない?」
「…………」
何を言っているんだ。リンク君。
言外にそう言う私の目に慌てたのか、リンク君は大げさな身振り手振りで言葉をつのらせる。
「この森を早く抜けるからさ! 一日! 一日だけ!」
「…………」
「ダメ、かな……」
「…………」
リンク君は、ゼルダ姫が大事だ。
すぐにでも駆けつけたいだろうに。
すまない。私がいなければ君は心を強く保っていただろう。
私のせいだな。……それが少し嬉しいなどと、私は最悪なことを考えている。
迷い子のように心許なそうな顔をするリンク君をじっと見つめ、そして私はゆっくりと、一つ頷いた。
「……分かった」
「! ダーク!」
「君がそう望むのなら。……私は君の心を優先しよう」
「……なんでダークはいちいちそう小難しいことを言うんだよ」
「クセだ。今更直せないぞ」
「……その言い方、照れるんだって」
「そうか。なら照れてくれ。そんな君を見るのを、俺は心の底から楽しんでいるから」
「だから照れるって! あ、あと、なんで俺から私になってるんだよ! ややこしい!」
「それはだなリンク君。俺の本来の一人称は私で、今は君と同じ姿をした男性の姿をしているから俺と言っているだけだ。本音を言う時や真剣な時は思わず私になる」
「だから、だから! あーもう! ナビィ! 助けて!」
「知らないヨ。ダークが気障なのは元からでしょ」
「気障なつもりはないんだけども」
「言い回しがいちいち気障なんだよダークは! 照れる!!」
「うん。照れてくれ。和むから」
「なご!? もう嫌だナビィ! 助けて!!」
「嫌。リンク頑張って」
「ナビィィィ!!」
シンとした森にリンク君の叫びが響く。
顔を赤くしてぶちぶち愚痴っているリンク君に目を細めて、私は来たるべき別れの時に思いを馳せた。
できればこれからもずっと一緒にいたいけども。
料理が下手なリンク君が心配だが。
……それでも、私のこの体は魔物なのだ。
ガノンドロフを倒せば私は。私の体は。
(…………いや、だなぁ)
水の神殿の部屋の一室で目を覚ました私を。
耳に痛いほどの静寂が満たすその部屋で、何も考えずに時間を、何時間も何十時間も何日も何もせずにぼんやりとしていた私のところに来た緑の服の男が。
部屋の真ん中で寝転がり天井をただ見つめていた私を起き上がらせ、音のある、光のある場所に連れ出してくれた優しい目をした勇者が。
……悲しむのは、いやだなぁ。
できるなら、私も、リンク君のそばに。
(いやだなぁ)
叶うことはないと知っているけども、私は淡くそれを願い、そっと目を閉じた。
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