レイヴンに似た男は、シュヴァーン・オルトレインと名乗った。
確かにその姿はユーリ達が記憶するシュヴァーンと同じだ。騎士の格好はしていないが、片側の目を隠すように前髪を下ろしている姿も、抑揚のない低い声も覚えている。睨んでいるわけではないだろうが、感情の篭らない目がユーリ達を見る姿は、まさしく記憶の中のシュヴァーンそのものだった。
一時は混乱したが、ユーリ達はここがどこだか思い出して無理矢理納得する。
ユーリ達と一緒にいるレイヴンと、目の前の男は別の存在だ。
この空間に迷い込む前は、ユーリ達は追憶の迷い路と呼ばれる場所で調査をしていた。
そこで戦った幻影の中にはシュヴァーンもいたので、その類だろうと当たりをつける。ただ不可解なのは、幻影は意思も何もなく目の前の敵を排除しようと行動していたが、その男は違った。
感情があるように話し、意思があるように行動する。それがユーリ達を悩ませた。
「あの、シュヴァーン。あなたもどうです?」
「いえ、いいです。お心遣い感謝します」
ユーリは二人のやりとりを見ていた。
誰が言い出したのかこの白い部屋が続く空間を調査しようと言い、日にちをかけてここに何度も訪問している。いつ来てもこの空間にいるシュヴァーンが心配なエステルは、白い部屋の一室で食事の支度をするユーリ達の輪に彼を招こうとしていた。
このやりとりは何も今回が初めてではない。
色々なことを提案するエステルやカロルの誘いを断り、一歩離れたところで俯瞰する、あるいは違う部屋に行くシュヴァーンを、ユーリは注意深く観察していた。
今回は違う部屋に行くらしい。背を向けて拒絶を表すシュヴァーンを見送って、ユーリは隣で微妙な顔をするレイヴンに話しかけた。
「なぁおっさん。前オルニオンでシュヴァーンとは兄弟だって言ってたけど、あれがそうなのか?」
「いやいやいやあれは冗談だって。あんな気持ち悪いほど似てる兄貴はいないわよ」
「ふーん」
「ねぇ、やっぱりさ、あのシュヴァーンって僕達の記憶の中にあるシュヴァーンだよね。ここって他の所と同じなんじゃないかな」
カロルがそう言って首を傾げる。自分の言葉にちょっとした違和感を持ちつつもそうとしか考えられず、無意識にリタに目を向けた。そのリタ自身は腕を組んで床を睨みつけていた。
「あたしは違うと思うわ。ここがシステムに支配されている場所である前提で話すけど、今まであたし達が会った人達を具現化して存在させる部分は同じだけど、今までのところはせいぜいホログラムでしょう? いや違うか……それをさらに肉付けしてるものね。人の記憶を読み取って肉付けする、ってのも馬鹿げた程高等な技術だけど、あのおっさんはその比じゃないわ。人間のように振舞いつつ決められた行動パターンをしてるにしても、同じ行動に差異が出てる。人工知能はそこまで人間らしく振舞うことはできないのよ」
「う、うーん?」
「あれが作り物なら、一分の差も無く同じ行動するってか」
「そういうことよ。ったく、今までのは侵入者排除と分かりやすかったのにあのおっさんはなんの目的でいるのよ」
「でもさ、もしここがリタが言うようなシステムに支配された場所じゃなくて、もっと、なんというか……幻想的? な場所だったら?」
「はぁ? なによそれ。どういうことよ」
「俺達が考えられるようなものじゃなくて、人の範疇を越えた場所だったら? ってことだろ。おばけが存在してるようなもんじゃないか」
「おばけなんているわけないでしょ!」
「でも、リタ。空中の裂け目に入ってボク達はここに来たんだよ? 何も無い場所に裂け目があるってどう考えても……」
「この世に説明できないものなんて無いのよ!」
「それを俺らが調べるんだろ?」
「そうよ! ここが非科学的な場所じゃないってぜぇぇったい証明してやるんだから!」
意地になって咆えるリタ。いつものリタならもう少し柔軟な思考をするが、何が彼女を駆り立てているのか今回はその片鱗はなく、何がなんでもこの場所を解明してやると前のめり気味に意気込んでいた。
その様子にカロルは気圧されてユーリにどうにかしてよという助けを求めるが、ユーリは肩をすくめるだけだった。
食事の準備をするレイヴンの近くで、リタやカロル、ユーリが座り込んで話をしていた。他のメンバーは何か手がかりがないか周りを散策している。
ここ数日この空間を調べたが、めぼしいものは見つかっていない。乱雑に置かれた家具に、読めない文字が書かれた本が散らばっているだけだ。
あと気になるものといえば、鉄製の扉の存在とその部屋にある扉だ。部屋に入って真正面にある頑丈そうな鉄製の扉とはまた違う、入って左側にある簡素な扉。
他の部屋は調べたが、あの部屋の中だけは調べがついていない。
調べようにも、その部屋によくいるシュヴァーンが調べさせてくれないのだ。
頑丈そうな鉄製の扉は調べさせてくれるが、もう一つの方は頑なに拒否される。あの扉の先に何かがあるのだとは分かるが、どうしたものか。
「何も見つからないのじゃ〜」
そう言って肩を落とすパティが部屋に帰ってくる。それと同じタイミングでジュディスやフレン、ラピードも帰ってきた。
各自座って休憩を入れる中、シュヴァーンが出て行った扉を見つめていたエステルもそれに習う。気落ちしている彼女に、リタが歯がゆそうにしていた。
「エステル、別にあんたがそんな顔しなくてもいいのよ」
「……ですが、シュヴァーンが食事を摂っているところを見たことがありません。大丈夫なんでしょうか……心配です……」
「確かに、そこは心配ですね……シュヴァーン隊長……」
「あら、でも元気そうよ? 私達の見ていないところで食べているんじゃないかしら?」
「ワン!」
エステルに釣られるように気落ちし始めたフレンに、ユーリが呆れたように息を吐いた。皆が考え込む中、レイヴンの「できたわよ〜」という言葉に色めき立つ。匂いで分かっていたが、料理の内容はシチューだ。カロルが立ち上がってレイヴンの手伝いをする。
人数分の皿によそったシチューをカロルが運び、各々に渡ったのを確認したレイヴンが自分のを入れて座る。バケットでシチューを掬って食事しながら、話を続けた。
「気になるのは、あの部屋の血の跡よね」
「あぁあれか。何か死体でも引きずったような」
「ちょっとリタ、ユーリ! ご飯食べてる時にそういうのは……」
「悪ぃ悪ぃカロル」
「でも気になるわね」
「秘密の匂いがぷんぷんするのじゃ!」
カロルが青い顔をする理由は、あの鉄製の扉がある部屋にあった。
頑丈そうな鉄製の扉の前からもう一つの扉まで、血を流す何かを引きずったような跡があったのだ。大きさ的に人間の死体なんじゃないかとユーリは思っている。
シュヴァーンが誰かを殺して、その死体を扉の先に隠した。
そう安易に予想できるシナリオに、ユーリは顔を歪めた。
「だけどシュヴァーン隊長がそんなことを」
「騎士だって綺麗事だけじゃ済まされねぇって、それはお前がよく知ってるだろうが」
「君じゃないんだ。騎士が全員そうだと思って欲しくないな」
「あぁ? んだと」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
「でもそこが変なのよね。あのシュヴァーンは幻影なのよ? おそらくこの空間の謎を解いたら消える存在が、どうして死体を隠したり調べられるのを嫌がったり感情があるように行動してるのよ。まるで本当に生きてるみたいじゃない」
「もしかしたら本当に生きてるのかもしれないわね」
「それは無いわ。だってここに食べ物は無いもの。水は花瓶の中とか水差しの中に少し入ってたけど、それだけじゃ生きられない。あんな健康そうにしてられるわけがないわ」
「そういえば、シュヴァーンがあの扉を開けて欲しいって言ってたけど、あれどうやっても開かなかったよ」
「カロル先生もお手上げの代物か」
「シュヴァーンは、どうしてあの扉を開けたいんでしょう?」
「開けた瞬間、ババーンと星喰みみたいな存在が出てきたりしてね」
「冗談キツイぜ」
レイヴンの言葉に苦い顔をするユーリ。
それから黙々と食事をするユーリ達の胸には、もうそろそろ何かしら進展させたいという気持ちがあった。
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