部屋の中に何かの鳴き声が響く。肉食の爬虫類に似ている鳴き声に、リンクは薄く目を開いた。リンクが寝ているベッドの近くの窓から顔を出しているのは、最近よくここに来る子竜だった。
 子竜と言っても大きさはリンクの身長ほどあるらしいその子竜は、頭部分しか通らない小さな窓にいらついているようだ。ギャッギャッ、と抗議の声を上げていた。そうしてしばらく暴れたあと、諦めたように眼下のリンクを見下ろす。
 ボーッと子竜を見上げていたリンクと目が合い、リンクは気の抜けた笑顔で小さく手を振った。「うん、うん」と誰にともなく頷いて、そしてまた夢の世界に戻ろうとした。

「いや、坊主。もう昼なんだからいい加減起きろよ」

 鉄格子の向こうで呆れた顔をする看守の言葉に、リンクは仕方なく起きることにした。


***


 竜の住む島、ウォリス島。
 大海原にポツンとあるその島は、人間と竜が共存する世界に唯一の場所だった。
 ウォリス島に住む竜の性格は極めて温厚で人懐っこく、人里に降りては人間達の手伝いをして食料をもらっていた。知能も高く人間の言葉を理解しており、子竜と人間の子供達が一緒に遊んでいる姿もちらほら見える。
 竜の姿は固体によって様々で、物語に出てくるドラゴンに似ているものもいれば、蛇にそのまま羽を生やしたようなものもいる。大きさもまちまちで、人間の家程の大きさのものもいれば、人間程の大きさのものもいる。
 性格は大きく違わないようで、ほぼ全ての固体が人間に対して害を与えたりはしなかった。

 竜が人間に牙を剥く時は、正当な理由がある時である。
 それは竜に危害を加えようとするか、悪さをしようとする時だ。
 犯罪者に科する刑罰のうち、最も重い流刑にする際に選ばれるウォリス島は監獄島や牢獄島とも呼ばれており、通常の島よりも多く犯罪者が住んでいる。
 島の多くが断崖に囲まれているウォリス島から逃げることは困難で、港も一つしかない。港以外から船を出そうものなら、そこらを縄張りとしている魔物達に襲われ命からがら戻ってくるのが関の山だ。
 竜の目のこともあり、島から逃げ出すことはほぼ不可能と言っていい。

 そこでヤケを起こして犯罪を犯そうとすれば、その前に竜の爪や牙が襲い掛かる。竜のほぼ全ての固体に真実の目と呼ばれる嘘を見抜く器官が備わっており、犯罪を犯す前に止められてしまうのだ。
 犯罪者にとって過ごしにくいことこの上ないが、逆に言えば普通に暮らしていれば竜に護られる快適な島である。
 そんなウォリス島に、リンクは犯罪者として島に流されていた。


 ウォリス島の港村の外れにある小さな牢屋小屋。流刑で犯罪者が流されると言っても年に数人なので、牢屋の数はそこまで設けておらず三つしかなかった。その中でも今埋まっているのは一つだけ。リンクがいる所だ。
 石造りのひんやりとした牢屋の中、ベッドの縁に腰かけまだ眠たそうに目をこするリンク。三十代後半の気だるそうな風貌をした看守がため息を吐いて食事を差し出した。鉄格子の下部分に料理を通す用の穴が空いており、リンクはのそのそと料理の乗ったトレイを回収する。
 牢屋の中にあるテーブルに座ってちまちまと食事を始めた。

「おじさん、このパン固い」
「文句言うな。それは本来朝食だったもんだ。起きて来ないお前が悪い」
「え〜。じゃあ昼食は?」
「さらに食う気か? 残念ながらそこの顔突っ込んでる子竜が全部食っちまった」
「お前……恨むぞ……」
「ギャギャッ! ギャッ!」

 牢屋の天井近くの小窓から顔を出す子竜を、リンクは恨みがましい目で見た。子竜はリンクがこちらを見たのが嬉しいのか、はたまたイタズラが成功したことに喜んでいるだけなのか、嬉しそうに声を上げた。
 くすんだ灰色の体皮に覆われた愛嬌ある顔に、頭部にくっついた未発達な二つの角、くりっとした大きな緑の目を持つ子竜。何が面白いのかその子竜はリンクがこの島に来てから丸三日間、こうして小窓に顔を突っ込んではリンクの行動に楽しそうにしていた。
 こんな人懐っこい竜がいないハイラルで生まれたリンクは、最初の頃は驚いていたが今ではもう慣れてしまった。パンを片手に子竜を指差す。

「他人の物は盗っちゃいけないんだぞ」
「ギャギャッ!」
「本当なら君が食べたやわらかいパンは僕が食べるものだったんだ。それなのに君が食べちゃったから、僕はこんなかたぁーい、かたぁーいパンをさぁ」
「ギャウッ……」
「あ〜、坊主、すまんな。実は坊主が起きて来ないもんだから俺がソイツにあげちまったんだわ。ソイツが勝手に食ったわけじゃないぞ」
「おじさんが犯人だったのか! なら謝罪の気持ちとしてやわらかいパンを要求する!」
「すまんな、それは面倒だ」
「謝る気持ちすらない!!」
「ギャッ! ギャギャギャッ!」

 リンクの怒りに子竜が楽しそうに顔を揺らした。
 毒気を抜かれたリンクはもそもそと食事を片付け、食器を鉄格子の下に返した。

「ごちそうさま。パンが固いのとスープが冷めてるのは残念だったけど、美味しかったよ」
「嫌味か。まーこんな辛気くさいところで冷たいもんじゃ、文句も言いたくなるよなー」
「そう仕向けたのはおじさんだろ。そういえば、僕はいつになったらここから出られるの?」
「島の規則では牢屋に入れるのは三日だ。朝に手続きして昼には釈放だったんだが、坊主がずっと寝てやがってたからなぁ。外に出る時はもう夜なんじゃねぇか?」
「起こせよ」
「何回も起こしたぞ」
「ギャー! ギャギャッ! グゥアッ!」
「おじさん今嘘吐いただろ! 子竜が怒ってるんだけど!」
「いやぁスマン実は起こしてない。面倒だった」
「適当すぎる!」

 はっはっは! となぜか勝ち誇った顔で笑う看守は、回収したトレイを牢屋前の机に置いて引き出しから一枚の紙とペンを取り出した。それをバインダーに挟み、椅子に腰かけてリンクに質問した。

「んじゃー夜になる前にさっさと終わらせようか。まず名前と年齢、出身を聞こうか」
「リンク、十五歳、ハイラル」
「そんな怒った顔すんなよ。じゃあ坊主が犯した犯罪も言ってくれ」
「何もしてない」
「何もしてないわけないだろー。お前、ここがどこだか分かってんのか? 犯罪者が流される島だぞ?」
「そう言われても、本当に何もしてないんだ。ただ寝て起きたらいつの間にか憲兵に家が取り囲まれてて、無理矢理引きずられて牢屋に入れられて、それで……」

 説明するリンクの表情がどんどん暗いものになっていく。
 リンクはどうして自分がここにいるかよく分かっていなかった。犯罪者として捕まって、連続殺人鬼として実刑を食らい、この島に流された。
 人を殺したことなんて一度だって無い。人を傷つけるのにも抵抗があるというのに、そんなことができるはずがなかった。
 リンクの人柄を知っている近所の人達は最後まで信じてくれたが、憲兵達は頑なにリンクを犯人だと言い張り、リンクは連続殺人犯という烙印を押された。
 犯罪者という冤罪を背負ったリンクに、世間の目は冷たかった。リンクを知らない人間は口々に噂する。『あんな子供が人を殺すなんて』『世も末ねぇ』『親の顔が見てみたいわ』『最近犬猫の死体が多いのは、あの子供の仕業じゃなくて?』好き勝手に、憲兵に連れられ俯くリンクを非難する。
 野次馬が集まる船着場。島に流される船に乗る時に見た、幼馴染のサリアの泣き顔が今でも鮮明に思い出せる。隣の悔しそうな顔をしたミドや、自分の親やリンクに良くしてくれた人達の沈痛な見送りに、泣きそうな気持ちになった。

「ギャウ〜……」
「……んまぁ、嘘は吐いてねぇんだろうけどなぁ。じゃあなんだってんだ、ハイラルの連中が間違って坊主をここに流しちまったってのか」
「僕は、何もしてない……」
「あ〜……、まぁ坊主、元気出せ。この島も犯罪を犯そうとしなけりゃ良いところなんだ。この後外に出たらぱぱ〜っと遊んで〜!」
「帰りたい……」
「遊んでぇ〜……って、いや、うん……まぁそうだよなぁ。いきなり親や友達から離されて、こんな田舎に飛ばされちまったんだもんなぁ……」

 牢屋の中にいる少年が冤罪だと分かって同情する看守。妻も子もいる看守は、もし自分の子が冤罪で極刑を受けたらと思うと胸が痛くなり、リンクに何か励ましの言葉を言おうと口を開いた。
 だがあまり口が上手い方では無い看守の口からは「あ゛ー」だとか「う゛ー」だとか、そんな無意味な言葉がしばらくの間牢屋に響く。
 とうとう考えることが面倒くさくなった看守は、重苦しい空気を換えるべく自身の膝を叩き、俯くリンクに声をかけた。

「でもまぁ冤罪ならなんとかなるかもしれん! そう気を落とすな坊主」
「……憲兵は、信じてくれなかった」
「嘘を見抜く竜がお前の言葉に嘘は無いって言ってんだ。大丈夫だ。いつになるか分からんが帰れる、いや、帰してやるさ」
「……朝食の分を出してきたおじさんは信用できない」
「俺が今良いこと言ってる時にな! お前なぁ!?」
「だって! パンが固かった! スープ冷めてた!」
「悪かった! 悪かったから素直に俺の言葉に感動しろ! ほぉーら、俺がお前を絶対家に帰してやる! ほら! ほら感動しろ!」
「押し付けがましい! やっぱ信用できない!」
「あんだとぉ〜!? ……ごほんっ、まぁいい。とりあえずお前が冤罪だってことは竜姫様に伝えておくから、どうにかなるって」
「竜姫って、おじさんが前言ってたこの島の偉い人?」

 リンクの言葉に看守は頷く。竜姫とは、ウォリス島のかみさまである島竜に祝福されたゼルダという女性のことを指して使われる名称だ。
 島竜に祝福された歴代の人間達は総じて竜の子と呼ばれていたが、ゼルダはその歴代の人間達とは比べ物にならないぐらいの祝福を受けているため、そう呼ばれることになった。この島の最高責任者だ。竜姫ゼルダの判断で、ウォリス島の全ての物事が決まる。

「島の中心部にある竜の都っつー神殿に竜姫様がいらっしゃる。関係者以外は入れねぇから、観光程度に見に行くのもいいかもな」
「はぁ……」
「ほら元気だせ! 帰れるまで思う存分遊んじまいな!」

 看守はリンクを元気付けようとするが、リンクは半信半疑だった。未だに小窓に顔を突っ込んでいる子竜に目を移す。くりっとした大きな目が不思議そうにリンクを見返していた。
 リンクは看守から、竜達はほぼ全ての固体に真実の目という器官を持っていると説明を受けていた。真実の目は人の嘘を見抜き、それが危害を企てるものなら容赦なく襲い掛かってくると。
 そのこと自体は素直にすごいと思ったし、そこは疑っていない。
 だが、憲兵達がそのことを信じるかどうか、だ。嘘を見抜く器官を持った竜が、リンクの冤罪を見抜いた。だから元の場所に帰してくれと言って、はいそうですかと帰してくれるだろうか。
 リンクの中の不安な気持ちを察したのか、子竜は悲しそうな声をあげる。リンクに近寄ろうとさらに窓に首を突っ込んで、バタバタと暴れた。

「あんま暴れると首取れちまうぞ〜」
「ギャッ!?」

 看守の言葉に驚いた子竜が窓から消えた。慌てて首を引き抜いたのだろう。外から子竜の騒がしい声が聞こえていた。
 思わず笑いがもれたリンクに安心したのか、看守がバインダーに何か書いた後紙を引き抜いた。引き出しから鍵を取り出し、リンクに見せ付けるように揺らす。

「よし、これで終わりだ。良かったな坊主、お前も晴れて自由の身」

 看守が椅子から腰を浮かそうとした瞬間、外に通じる扉が轟音響かせ勢いよく開かれた。二人は驚いて扉を見る。蹴り開かれた扉は頑丈に作られた鉄製のものであるにも関わらず、真ん中部分が見事に変形していた。
 外の光を背中に、誰かが牢屋小屋に入ってくる。リンクは鉄格子に顔を押し付けてその人物が何者か確認しようとした。
 牢屋小屋に入ってきたのは綺麗な身なりをしたリンクだった。黒を中心とした旅人服。厚手のブーツに何か仕込んでいるのか、それともわざと鳴らしているのかゴッゴッと硬い音をさせ牢屋の前に立つ。
 リンクは自身と瓜二つの顔にも驚いたが、さらにその顔が灰色だということに心底驚いた。銀色の髪に赤い目。彼は腕を組み偉そうに顎をそらして、余裕の笑みで尊大に自己紹介をした。

「よぉ! ハジメマシテ、リンク君! 俺の名前はシャドウ。今から俺についてきてもらうぞ!」
「しゃ、シャドウ様……!?」
「おう、そうだ看守! 俺はシャドウ様だ、崇め称えろ!」
「お目覚めになられたのですか!」
「ついさっきな。というわけでこいつは貰い受ける。釈放金は俺のこのご尊顔だ! むしろおつりが出るな、わぁーっはっはっはっ!!」

 さっきまでリンクと会話していた人間とは思えない程、ぺこぺこと頭を下げる看守にリンクは戸惑った。
 背をそらし笑い続けるシャドウという人物にも戸惑い、リンクは助けを求めるように小窓に目を向けた。またしても顔を窓に突っ込んでいた子竜がシャドウの真似をして拙く笑い始め、とうとうリンクは肩を落とした。

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