***


 目を開いて、腰をあげる。もう一度調べよう。扉の向こうにいる、テルカ・リュミレースにいる弟ともう一度話をしよう。
 俺は歩き出した。何回も往復した部屋を通って、何回も調べた場所を調べて、時間を食い潰していく。
 早く外に出たい。白だけの空間に気が狂いそうだ。監獄に俺一人だけ。弟はもう外に出た。俺も行きたい。緑のある、生きている世界を見たい。ここは死んでいるように時が止まっている。同じ時を延々と繰り返して、死ぬこともできない。
 あぁでも、あの死体の近くに短刀があったな。弟の短刀が。あれで首を切れば、終わらせられるのかもしれない。けどそれはしたくなかった。生きたい。生きていたい。もう死にたくない。
 弟もそう思ったことだろう。けど俺が生きたいと言ったから死を選んでくれた。受け入れてくれた。やはり、俺の弟は出来がいい。幼少期からそう思っていた。俺の片割れは、それが一番最初の生だったはずだろうに、二回目の俺を抜かす勢いに出来が良かった。
 俺は弟に置いていかれないように、二回目のプライドもあって必死に弟の上に居続けた。弟はそんな俺を疎ましく思っていただろうに、俺のあがきを許容してくれた。
 俺の弟は出来がいい。他の誰よりも、俺よりも。

 弟に会いたかった。

 どこにいるのか。知っている。扉の向こうだ。あっちにいる。俺をここに残して、弟はあの扉の向こうに行ってしまった。俺もそちらに行きたい。生きたい。生きていたい。
 どうして弟は、俺の隣にいてくれないんだろう。
 十年間、ずっと思い続けたことがまたループする。女々しいな。考えるな。ただここから出ることだけを考えよう。あの扉の向こうに行こう。
 俺は調べ続けた。乱雑に置かれた家具を動かして、床を調べて、何か見落としがないか調べて、調べて、しらべて、……何も見つからなかった。

 なんでだろうか。どうして。俺が一体何をした?
 疲れた身体を休めるためにソファに座る。それはやはりどこか知っている感触で、どこだったかと思い出そうとし、すぐに諦めた。そんなことどうでもいい。
 どうでもいいことだ。

 ぼんやりと無為に時間を過ごして、俺は立ち上がった。
 もう一度だ。もう一度調べよう。鉄製の扉がある方へ身体を向けた瞬間、後ろから扉の開く音が聞こえて俺は振り返った。
 そこには、ユーリ・ローウェルがぽかんと間抜け顔で立っていた。

「……は? おっさん?」
「どうしたんです? ユーリ」

 ユーリ・ローウェルの後ろからエステリーゼ様が顔を出し、俺を見て口元を手で覆う。驚いているのか。いや、それよりも、どうして二人がここに?

「なになに、どったの。おっさんがどうかした?」

 その声に俺は息を呑んだ。二人の後ろにいる紫色の男に目を向ける。それは、レイヴンだった。レイヴンは驚いた顔で俺を見て、二の句を告げれずに固まる。
 俺はその男を凝視し、観察した。そして目を伏せる。あれは、俺の弟じゃない。
 失望に深いため息を吐く。俺は鉄製の扉がある部屋に踵を返した。

「お、おい!」

 珍しい、ユーリ・ローウェルの動揺した声を背に、俺は扉を閉じた。
 真っ直ぐに鉄製の扉の前に行って、取っ手を掴む。力を込めるも開かない。あぁ、いつも通りだ。いつも通りのことじゃないことが起こったから、もしかしたらと思ったのだが、こちらも期待外れだ。いつになったら俺は外に出られるんだろうか。
 背後で慌しく扉を開く音が聞こえた。肩越しにそちらを見ると、険しい顔をした彼らが俺を訝しげに見ていた。
 ユーリ・ローウェルにエステリーゼ様。レイヴンにジュディス。リタ・モルディオにカロル・カペル。ラピードにフレン・シーフォもいるのか。あとは、……あの金髪のおさげの子は、誰だ? 俺の知らない人間がいることに、興味がそちらを向く。

「おい、おっさん。お前、レイヴンか?」

 ユーリ・ローウェルがそう問う。俺は首を横に振って、彼らに身体を向けた。

「俺はシュヴァーン・オルトレインだ。君達は、どこからこの空間に来た?」
「シュヴァーン……ですか? この空間って、一体どういうことです?」
「ここは、外から入って来れないはずだ。……いや、違うの、か」

 外から誰も入れないとすると、俺がここにいる理由が分からない。
 もしかしたら、彼らも同じ理由でここにいるのかもしれない。俺はそれを聞いてみた。

「君達は、死んだのか? それとも、死ぬような目に遭ったのか?」
「は!? ちょ、何言ってんの! 俺様達誰も死んでないって!」
「まーな。知らずにそんな目に遭った、ってのもねぇーぜ。多分」
「ねぇユーリ。多分ってつけないでよ。怖くなってくるから……」
「わりぃわりぃカロル」
「ホンットあんた適当ね。その適当加減、見習うわー」

 リタ・モルディオは俺を視界に収めながら腕を組み半目でユーリ・ローウェルを揶揄する。ジュディスが、「あらそうね。あなたは真面目だものね」とくすくす笑っている。
 賑やかな彼らを眺めながら、俺は考えた。彼らはどこから来たのだろうか。
 死んだわけでも、死ぬような目に遭ったわけでもない。なら、彼らはどうやってここに来た? ここに来る他の条件もあるのだろうか。それはなんだ? それは、ここから出られる可能性があるものか?
 ぐるぐると考える。まだ情報が足りないか。彼らから他にも何か聞きだそうと口を開いたが、それよりも先にフレン・シーフォが声を出した。

「あ、あの、シュヴァーン、隊長……? あなたはどうしてここに?」
「っていうよりまず、なんでおっさんが二人いるのか突っ込んで欲しいわー」
「シュ、いえ、レイヴンさん……そうですね。どうしてなんですか?」
「…………さぁ。俺も分からない」

 二人のやりとりをぼんやりと見て、確信した。あれはやはり俺の弟じゃない。
 それが完全に分かってしまい、やる気が失せた。虚脱感激しい中、とりあえずこれだけは聞いておこうと思い、俺は鉄製の扉を指差して問うた。

「なぁ、君達はこの扉を開くことはできるか?」

 俺の問いに、彼らは不思議そうにした。俺はこの先に行かなければならないことを告げて、鉄製の扉から離れる。彼らは疑わしそうに俺を見るだけで、動かなかった。
 まぁ当たり前か。疲れた。時間はまだある。焦らないでもいい。
 俺は扉の近く、白い壁に背中を預けて座り込んだ。疲れた。肺から空気を全て出して、俺は目を閉じる。
 ユーリ・ローウェル達が何かを言っていたような気がするが、どうでもいい。どうでもいいことだ。
 目に焼きついた紫色に、俺は悲しく思った。


***


「なー、シュヴァーンー」
「喋るな」
「何日経ったー?」
「うるさい。黙れ」
「甘味でもなんでもいいからさー、なんか食べてーわー」
「無駄に体力を使うな」
「あーあー、もう、聞いてシュヴァーン。俺ね、生きようと思ったのよー。青年達がさー、眩しくってねー。眩しくって眩しくって、俺も生きてみようと思ったのよねぇ。なのにねー、これ。これだわ。おもしろーい」
「…………レイヴン」
「おもしろくねーわなー。あぁ腹減った」
「レイヴン」
「なんつうかね、まぁね、すっごいレイヴンらしくないけどね、俺としては兄貴が一緒だったっていうのがまぁ、良かったなぁって思ってね」
「……レイヴン」
「あぁーもうねー、悔しくって仕方ないわー」
「俺を助けなければ良かったんだ。お前さえ飛び出して来なかったら、俺はすぐにでも聖核の下から逃げていた」
「嘘吐け」
「嘘じゃない」
「あれはか・く・じ・つ・に! 逃げようと思ってる奴の目じゃなかったわ」
「うるさい。あれは……そう、フェイクだ」
「え? 何言ってんの? 馬鹿なの? シュヴァーンお馬鹿になった? もうダメだ、終わった」
「……はぁ」
「何そのため息。まるで俺が馬鹿言ったみたいな反応やめてくれない?」
「あぁ、まぁ……そうだな。そうだったな」
「意味分からない納得の仕方もやめてー。うっぜぇ……」
「『レイヴン』はそんなこと言う奴じゃないだろう」
「今の俺レイヴンじゃなーい。どっかの誰かさんなのよねー」
「そうか」
「そーなの」
「……そうか」

 床に寝転がり、出口の無い白い部屋の天井を二人で見上げながら、そんなことを話していた。空腹が身体を苛む。このままだと死んでしまうな、とぼんやり考えて、かっこよくないなぁと思う。
 男としては何かと戦い、意味のある死に方をしたいと思うのだが、それも今の状況じゃ難しい。犬死だ。最期はせめて自分で喉を掻き切るか……と物騒なことを考え始めた頃、弟が「いっそのこと喉を切るかな……」と呟いた。
 それが面白くて俺は噴き出した。考えることは一緒か。そうかそうか。

「にぃちゃんよー」
「気色悪いな、その呼び方」
「言うねー。俺まだ死にたくなーい」
「同感だ」
「そうよねぇ。やっぱり二人で生きてここから出たいわなぁ」
「当たり前だろう」
「良いことよ、うんうん」
「そうだな。良いことだ」

 それから二人とも黙った。もうそろそろ限界だと思った。徐々に終わっていく時を、二人で過ごす。生きたいとは思ったが、心のどこかで最期を二人で過ごすことに心地良く思った。一人じゃないことが嬉しい。嬉しい。……けど俺は。

「なぁレイヴン」
「……なにー」
「生きたい」
「…………」
「俺はもう、死にたくない」
「…………」
「死にたく、ない……」

 だから俺は、弟の首に手をかけた。ここから出られるのは一人だけだから。俺は弟を殺すことに決めた。何言か言葉を交わして、俺は手に力を込める。

「今度は、俺が生きる番だ」

 俺が生きる番も何も無いのだが、弟はそれを受け入れた。もがくことなく力無い目で俺を見る。レイヴン、お前は一体何を見ているんだろうな。俺はもう生きることしか目に見えないよ。
 頼む、死んでくれ。
 首を折るべく、ありったけの力を手に込めた。
 弟の目を、その死んだ目を見たくなかった。



 しばらく時間が経って、鉄製の扉の前に、死体が一つ出来上がった。
 弟の短刀と紫の羽織りを持ったそれを見て、俺は薄く笑う。
 これでいい。これでいいんだ……。俺は鉄製の扉に手をかけて、その扉が開かないことを確認してまた笑った。

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