鬱です。鳥兄弟設定で、夢主はシュヴァーンです。
死ネタ+それより酷いもので、救いは無いです。
俺は元々いない人間だった。元々生まれない人間だった。
なんの因果か前の記憶を持ってテルカ・リュミレースに生れ落ち、前の記憶では一人っ子だった俺に弟ができた。双子だった。
兄である俺と弟は見た目は瓜二つで、周りの人達は俺と弟を見分けることができなかった。唯一の判断材料は性格で、それさえも俺達が互いを真似したら気付きはしない。
弟は、物事に対して動じない俺のことを尊敬してくれたが、それは前の人生の記憶があるからだ。死んだ瞬間のことは覚えていないが、死の恐怖を感覚的に覚えていることもあって、力の無い人間にしをもたらす魔物が蔓延る世界だろうとなんだろうと俺はあまり驚くことができなかった。
……普通は逆なのだろうが。
死ぬのは存外あっけない。長く苦痛が続くなら怖いかもしれないが、それは苦痛にたいしての恐怖だ。
生き物の終着点、最後に迎える死は、どうなるか分からず予測するしかできないから恐怖を感じるのだ。未知のものはどれも怖い。
それがわかってしまえば動じることも無い。
やんちゃな弟と、物静かな兄。
それがアトマイス家の俺達の認識だった。
けど、俺だってやんちゃをしないわけじゃない。
弟に手を引かれて色々し、逆に俺が手を引っ張ってイタズラする。
二人でいつも何かをし、いつも怒られていた。
こんなことは前の記憶の中には無かった。なんとなく人の言うことを聞いてなんとなく生きてきた俺は、手のかからない「良い子」だった。成績はそれほどよかったとは言えないし要領もどちらかといえば悪い方で、失敗を恐れては新しいことに手を出すこともできないつまらない奴だった。
それなのに弟といるとどういうわけか怒られてばかりで、だがそれに対して不快に思わず、むしろこんなに楽しいことがあったのかと弟と大笑いをした。
無味乾燥な俺の前の記憶を塗り替えていくもの。他者と日常を共有するというのがこれほどまでに楽しく浮き足立つものだということを知らなかった。前の記憶があるとはいえ、弟がいなければ今回も前と同じように生きていただろう。
俺はそれらが弟から与えられた物だと分かっていた。だから俺は弟が大事だったし、俺にいろんなものを与えてくれる弟さえいればいいと思っていた。
弟が幸せならそれでいい。
貴族という重しに飽き飽きし、二人で騎士団に入っても俺はそう思っていた。
それが俺の基盤になっているから、これからも変わらない。
騎士団に入り、弟の世界に俺以外の者があふれ、弟が初恋を経験し、充実した毎日を送る弟を応援する。心の底からの応援に、弟は照れながらそっぽを向く。
「そういえば、お前は?」
俺は多くを求めない。
弟の前で何かを欲しがったこと無く、あったとしても必要最低限の物だけだ。嗜好品もそれほど欲しいとは思えず、これといって好きなものも無い。
俺がひどくつまらない人間だということを長年傍で見続けた弟なら分かっているだろうに、それでも律儀に聞いてくることにむず痒く感じる。
答えが分かっているのにそれでも問うというのは、俺の存在を認めてくれていると確信できることであり、その何気ない会話が俺の求めるものだった。
俺と弟は双子だと言っても、俺自身が異質であり前の記憶とやらがぼんやりあることで実際の年齢よりも隔たりがある。
弟に向ける感情はまるで爺が孫を見るような気分に近いものがあるのだろう。
俺は笑ってその日あった些細なことを伝えた。
そんな些細なことで、と言って弟は呆れるが、それでいい。日々は些細なことで溢れている。俺はお前という基盤があるから、その些細なことが幸せに見える。それでいい。
それから人魔戦争があって、俺と弟から仲間が奪われた。些細な日々が奪われた。
仮初めの心臓でも良かった。ベッドの上、傷だらけの身体に顔を歪めながら、俺は弟が生きているという事実に安心した。けど弟は、弟の世界は俺以外にもいっぱい人がいた。
その戦争によって弟の世界の住人はほぼ姿を消して、弟は生きた亡者になった。
弟が名前を捨てたので、俺も名前を捨てた。少しでも弟の心を支えたかったが、無理だった。俺は彼らになれない。弟から与えられたものを、今度は俺が弟に与える番だと思い何度も試したが無駄だった。与えようとも要領の悪い俺では弟に響かず、まるで底の抜けた入れ物を必死に満たそうとしているような徒労だけがある。なぜだ。俺がお前に一番近いはずなのに。何度そう思ったか。
俺の名前がシュヴァーンになり、弟はレイヴンになった。
弟がギルドで諜報員として働いている間、俺はアレクセイ様の傍で騎士団員として働いた。
息をしているだけの死者の弟を心配したが、俺の言葉はいつも通り弟の心に届かなかった。
いつか弟が昔のように笑い、話してくれるのを俺は待った。
人魔戦争から十年。本当に、色々あった。
俺はザウデ不落宮の最上階に立っていた。隣には人が変わったように顔を歪めるアレクセイ様。
世界に変革をもたらすと言うアレクセイ様の隣で俺は目を伏せる。
十年の間に何回か止めたが、それは所詮水面を揺るがす波紋程度。すぐに静寂を保つ信念を、野望を、俺如きがどう止められようか。一番近しいはずの弟の心さえも取り戻せず、諦めてしまった俺の言葉に一体なにが出来るのか。
解析装置を起動するアレクセイ様の横に無言で立ち続け、そして彼らがやって来た。ユーリ・ローウェルを筆頭に、弟の姿もそこにあった。
バクティオン神殿で俺の姿を借りた弟が彼らを抹殺する予定だったのだが、やはり弟は寝返った。俺は彼らがとても羨ましく思えた。どうして弟はそちらを選んだのだろう。
弟の呼び声が聞こえる。こちらに来い、と。
その言葉に動揺する。惹かれるものがあり、何もかもを投げ捨ててその言葉を信じたい気持ちが胸中に滲む。だが俺にもプライドがあった。それにアレクセイ様の一番近くにいたにも関わらず、アレクセイ様を止められなかった自責もあった。
……そうだ。俺は近くにいる人間さえどうにもできないつまらない男だ。
失敗を恐れて何もせず、自身の言葉でどう言い繕うが無駄だと諦めて。前の記憶と何も変わりはしない。俺はどこまで行っても無能の臆病者なのだ。
俺は無言で剣を抜き、アレクセイ様の邪魔をさせないよう、彼らに向かって駆けた。
一対多数では流石に不利で、途中アレクセイ様の助けを借りて彼らを叩き伏せる。
息絶え絶えに地面に転がる彼らを無感動にぼんやりと見つめながら、俺はどうしようかと考えた。自身の持つ赤い剣から血が伝って、地面に落ちる。
「さぁシュヴァーン、彼らを殺せ」
そんな声が聞こえた。殺せ、殺せ、殺せ。
俺はどうしたいんだったか。何をしたいんだったか。
俺はただ昔に戻りたかったのだろう。俺は弟さえいればよかった。弟が幸せだったら、それで。
なのに、どうして俺は今、弟を殺そうとしている?
なんだったのだろう。俺はなんだったのか。
俺は生きたかった。死にたくなかった。死を望む弟が理解できなかった。弟に生きて欲しかった。
弟からいろんな物を与えられた俺は、弟に色んな物を与えたかった。
なのに、どうしてだろうか。
弟は彼らといる方が幸せそうだった。
俺は弟からそれを奪おうとしている。どうしてだ?
俺はただ弟さえいれば良かったから、弟が望まないことをしたくはない。
ぼんやりと地面に伏せる彼らを見ていた。
エステリーゼ姫が彼らを回復をする。俺はそれを黙って見ていた。
「何をしている!」
分からない。けど俺は、それが正しい選択だと思った。
また戦闘が開始され、そして彼らの健闘も虚しくザウデが起動する。
それはアレクセイ様が望んだものだ。が、思っていたものではなかった。
野望に身をやつして、人々の期待を裏切っての行動が、世界を滅ぼす災厄を呼び起こしてしまった。
アレクセイ様はそのことに絶望し、生きることをやめてしまった。
呆然と、そして高々と絶望に笑うアレクセイ様の姿が十年前の弟と重なって、心臓が締め付けられる思いに息苦しくなる。
トドメとばかりにアレクセイ様に斬りかかるユーリ・ローウェルの前に立ち塞がり、その剣を受け止めてその腹に蹴りを入れる。
頭上から役目を果たした聖核が落ちてくる。振り返り、驚愕に目を見開くアレクセイ様を形を成していない即興の術式で吹き飛ばした。
アレクセイ様が聖核の下から脱したのを見届けたあと、俺はその場に立ち止まる。
早く動かないと。このままでは聖核に押しつぶされて死んでしまう。俺は生きたい。どんなことをしても、泥をかぶっても、生きていたい。もう、あの恐怖を味わいたくないんだ。
そう思ったが、俺の足は動かなかった。
「××××!!」
誰かが、俺の本来の名前を呼んだ。
振り返ると、恐怖を目の前にした顔をする弟の姿があって、俺は驚く。
辺りがどんどんと暗くなっていく。弟が俺の腕を掴んで駆け出そうとした。
何を、馬鹿なことを。
頭上の物のせいで徐々に暗くなっていく周囲の中、俺は弟の目を見た。
俺と同じ緑の目。それは周囲に翳ることなく、絶望に浸すでもなく、生きていた。そのことに俺は笑った。
あぁそうか。やっとか。弟よ、俺はお前の生を祝福しよう。だからその手を離せ。
アレクセイ様を吹き飛ばした時のように術式を組み上げようとし、弟がそれを妨害した。
……馬鹿なことを。
呟いて、目を閉じる。
周囲に響く轟音と共に、そこで俺の意識は途絶えた。
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