長身のスケルトンが大股に雪の街を歩くたびに、がくんがくんと僕の身体が揺れる。パピルスの小脇に抱え込まれた僕は無抵抗に揺さぶられていた。「んあっ、んあっ」と小さく声を出す僕に構うことなく、パピルスは兄であるサンズの名前を連呼する。
 スノウディンの街の人たちがなんだなんだと好奇心に満ちた目でパピルスと僕を振り返り、見つめていた。

「サァアアンズ!! どこだぁーー!! 出てこい!! サァァァンズ!!」
「あまりうるさくすると雪崩が起きちまうぜ。どうした、兄弟」
「サンズ!! やっと見つけたぞ!!」

 街のちょうど真ん中あたりにあるクリスマスツリーの近くに、サンズはいた。やれやれといった風にのっそりと木の陰から出てきたサンズに、パピルスは大きな動作で指をさした。効果音にするとまさにずびしっ! だった。僕はがくがくと揺れている。

「サァァンズ! また嘘を言ったなぁぁ!?」
「……どれのことだ?」
「なんだと!? サァンズ! 分からなくなるほど俺様に嘘をつくな! 他にどんな嘘をついたんだ!? 言うんだ!」
「あー、それは気付いてからのお楽しみってことにしとこうぜ。で、兄弟。やたらと怒りながら走ってきたが、何の嘘に気付いたんだ?」
「ん? そうだな! サァンズ! 俺様にこいつが人間だって嘘をついたろう! 犬だったじゃないか!」
「……ん? 待て、どういうことだ?」
「とーぼーけーるーなー!!」

 足を踏み鳴らして憤慨を表すパピルス。「んあっ、んぅぁっ」とがくがく揺れる身体。パピルスの細い腕の部分ではなく、大きな手のひらがお腹を支えているとはいえ、全体重がお腹に集中しているのは流石に苦しい。苦しいけど、揺れるのが楽しいのでできるだけ力を抜いてだるーんとしている。

「まぁ待てよ、兄弟。ちょっと落ち着こうぜ。それ以上動くと人間が千切れそうだ」
「なに!? こら人間! 軟体モンスターのように伸びるんじゃない! ぐうたら骨と同じことをするな!」
「あー……、僕はそんなに柔らかくないぞ」
「だが俺様がぐうたらサンズを運ぶときはいつも、いっっつもこんな感じだぞ!!」
「Oh……兄弟、人目があるところでそんなことを大声で言うなって……」

 周りからくすくすと笑い声が聞こえる。
 やれやれと肩をすくめるサンズは仕切りなおそうと「で、犬っていうのは?」と訊いてくる。パピルスは「あ!! そうだな!!」と元気よく応えた。んぅぇっ。

「サンズ! 俺様に嘘を吐いたな!?」
「確かに何回かはそんなことをしたが、お前が言っているような嘘は吐いた覚えは無いぜ。そいつは人間だ。よく考えてみろよ、そいつはお前が知っているような犬の形をしてないだろ?」
「そうだが、こいつは自分を犬だと言ってるぞ! 人間が嘘を吐いているっていうのか!?」
「まぁそうだな。……で、kid。どうしてそんなことを言ったんだ?」

 サンズが僕に問いかける。全身から力を抜いていた僕はのろのろと顔を上げた。少しの間サンズと見詰め合って、いきなり視界が高くなる。小脇に抱えられた状態が解除され、両脇に手を差し込まれて高く掲げられた僕はぶらぶらと揺らされる。

「人間! このグレートなパピルス様に嘘を言ったのか!? お前は犬じゃないのか! どうなんだ!」

 僕が向いているのはサンズの方だ。上下左右に揺さぶられて両足や頭ががくんがくんとする。僕は意を決して言った。

「わん」
「ほら見てみろ! 犬の鳴き声だ! サァァンズ! 今度こそ騙されないからな!!」
「あー……、なんだ、これは……。お前さんはそれでいいのか……?」
「わん、わん」
「あ゛ー!! 気付いてしまった! 人間が犬だとしたら俺様はまた骨を盗まれてしまうのか!? 人間! お前の偉大なる友達である俺様にそんな無体は働かないよな!?」
「………………」
「どぉして黙るんだ人間ーー!!」

 パピルスの骨を盗まないという約束は出来なかった。口をきゅっと結んで目を強く瞑る。渋い顔で押し黙る僕にパピルスは「ニェー!!」と叫んでいる。

「あー、なんだ、そのだな、兄弟。兄弟はそいつのことは人間と言ってるだろう。だからそいつは人間だ」
「む、言われてみればそうだな……。んんん? いやちがうぞ、俺様は犬な人間の名前を知らないから人間と言っているのであって、犬である人間を人間と呼ぶしか……んんんんんん? 人間か? いや、犬なんだろう!?」
「わぉーん、人間です」
「ニェー!? 人間なのか!?」
「人間だけど犬です。人間という名の犬でじゅーじゅんな下僕です。かわいがってください」
「に、人間……? 犬……? ゲボ……?」
「ちょっと待て、お前さん、それは色々と危険なセリフだからそれ以上はやめておけ」
「か、かわいがってくだ」
「人間、お前さんはちょっと混乱してるんだな。大丈夫だ、僕に任せろ。なんたって僕はその昔、飼育係としてまぁまぁ名を馳せたからな。そら、パピルス。それをこっちに寄越すんだ。後は任せろ」
「何を言い出すんだ! 名を馳せたのは檻の前で寝こけまくったからだろうが! 結局俺様が全部世話をしたじゃないか! 飼育係はこのパピルス様の方が適任だ!! 人間は俺様が世話をする!!」
「まぁ待てよ。兄弟も落ち着けって。よーく聞くんだ。実は黙っていたが僕たちの家はそこまで裕福じゃない。そいつは飼ってやれないんだ」
「な、なに……!? 世話は、世話は俺様が全部する! ちゃんとかわいがるから、頼む!!」
「ダメだ! パピルス、お前には命を軽々しく扱って欲しくない。そいつは元いた場所に戻してくるんだ」
「い、嫌だ!! 人間は俺様の友達だぞ! 犬だけど、犬だけど! スパゲッティも作れるんだ!」
「わぅぅ〜」

 犬の鳴き真似をしながら骨兄弟のやり取りを眺める。必死なパピルスを諭そうとするサンズだが、その真に迫る口調とは裏腹に顔が随分とにやけていた。完全に弟をからかっている兄の顔だった。二人はとても楽しそうだ。……。

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