歩く度に軋む床板。男を追って角を曲がれば、腹を庇って前屈みになった男の背が近くにあった。
身長が高いせいか、一歩が大きいこの身体はすぐに彼に追いついた。ぜぇぜぇと苦しそうに繰り返される呼吸。壁に手をついてなんとか移動していた男の隣に並び、前を向いたまま一緒に移動した。
「……止めねぇのかよ」
一向に自分を止める気配のない私に焦れたのか、男が小さく呟く。どうなんだろう。確かに私は止めるよう言われたが、この男は何がなんでも「クソ野郎」のとこに行く気がした。
彼の歩みに合わせるように歩いていると、「肩貸せ」と言って私の方に倒れ込んできた。
私に体重を預け、足を引き摺る男。
「チッ……。足が使えねぇとめんどくせぇなぁ……」
ゆっくりと移動し、その遅さにイライラするのか舌打ちが多い。
彼に目を向けることなくまっすぐ歩を進める。床板の汚れや、外れかけた木板や障子が目の端々に見える。荒れて静かな座敷。人の気配が一切感じられず、隣の男の苦しげな息遣いだけがここにある。
この座敷には、あの部屋以外に人はいないのだろうか。
「あんたも、このクソみたいな現状を、どうにかしたいんだろ」
男がそう吐き捨てる。その言葉に、こうなった原因や過程があることに、私は今更ながら考えが至った。彼が怪我をしているのは何か原因があるからだ。怪我をするまでの過程があり、あの部屋にもそれがある。
一つの閃きに納得して頷くと、彼は己の質問に答えたと勘違いしてしまった。
「俺は、折れるわけにはいかねぇ……」
苦しげに言う。
「折れるわけには……っ!」
興奮しすぎたのか咳き込む男。
歩を止めて落ち着くのを待つ。男の息遣いだけしか、耳に届かなかった。