※過去の話
「ん?」
気になった。
ソソソ、と極力足音を立てずにそこに近づいていく。
「んんん?」
木戸の前で足を止め、違和感に「うーん……?」と唸る。
決して頑丈ではないだろう薄い両開きの木戸。ここだけ長身の刀剣男士のことを考えずに作られていた。それ以外にも、言葉として明確にはできないが妙な気持ち悪さがある。ここはなんの部屋だろうか。
この本丸に呼ばれて間もなく、三日程は己の興味の赴くまま行動していいという審神者の言葉をありがたく使わせてもらっている俺は、本丸探索に精を出していた。この本丸は刀剣男士たちが過ごしやすい造りになっている。おそらく、一振り一振りの言葉を聞いて建設しているであろう建造物が多く、彼らの反応を見る限りは満足しているようだ。
それらを眺めて本丸内を歩き回るのは大層愉快だ。
外回りが終わり、内部の探検に足を向け、刀剣男子の部屋から手入れ部屋、俺が主に使うだろう場所から気を休めることができるところまでいろいろと見回っていた。顕現している刀剣男士は多く、それに合わせて本丸内は広い。
広い本丸の奥まったところ。木戸を前に、右左を見るとまっすぐに続く廊下だけがあり、他の部屋への襖も障子も無い。意味ありげな部屋に、興味がそそられる。
開けてみるか。
思いたってすぐに木戸の取っ掛かりに手をかけ、引く。
「ん?」
だがそれは開かず、力を込めてみるも中で何かがつっかえているのか開くことは無かった。開かないと分かった瞬間、中のことが一層気になり始めた。他の刀剣男士たちが部屋の主の所在を確認するさいに、のっく、とやらをしていたなと思い出し、のっくをしてみる。反応無し。気になる。
「何をしている」
「ん? あぁ、ちょうどいいところに」
俺が来た方向とは逆から来た者は、赤いジャージの上に襤褸の白い布を頭からすっぽりとかぶった山姥切だった。足早に近づいてくる彼に、ひらりひらりと手を振る。山姥切は、主に呼ばれた時に近侍を勤めていた刀だった。他から聞けば、彼はここの審神者の一番初めの刀だそうな。襤褸布から微かに覗く顔は、こちらを睨み付けている。その目に首を傾げる。
「何を怒っている?」
「ここで何をしている」
「いかにも何かありそうな部屋をどうやって開けようものか考えていた」
「開けるな」
「何故だ? 何か見られてはいけないものがこの中にあるのか? 断然気になってきたな」
「見てもいいが……あんたのためだ」
「なるほど。なら俺はこの中を見たい。俺のために見せてくれないか」
「…………」
山姥切は顔を伏せてしまう。完全に布に隠れた状態になり、表情を伺えなくなってしまった。主の一番の刀が、この中を見せまいとしている。主の秘密がこの部屋にあったりするかもしれん。俺はもう一度木戸に手をかけようとすると「待て」と制止の声がした。
「なぁ山姥切、俺はこの中が気になる」
「わがままだな、あんた」
「知りたいものを求める時、押しが必要だ」
「説得できる気がしないな。分かった。その部屋の中のものを教えてやる」
「ありがたい」
「そこには呪具が所狭しと置かれている」
「……呪具?」
山姥切の言葉に面食らう。呪具。俺が思い浮かべているもので合っているのだろうか。それが、部屋の広さはどのぐらいのものか知らないが、充満していると。それはまた。
「主の蒐集品か?」
「一部はそうだ。主が作ったものもある。あとは……いや」
「ふむ。その呪具とは、いったい何に対して使うものだ?」
「刀剣男士だ」
「……うぅ〜ん。俺は今、窮地に立っているのだろうなぁ。いやぁ困った困った。ハッハッハッ」
「あんたが知りたがるからだろう。身から出た錆だ」
「打除けが多いゆえ、錆はあまり出ない」
「関係ないだろ」
「まぁそうだな」
山姥切は会話中にこちらと距離を詰めるように少しずつ歩を進める。俺はそれを後退りで距離を取り、あぁやってしまったなと己の行動に後悔した。
「あんたはまだ知らなくて良かった」
「いずれ知っていた、のか」
「あぁ、体感できていたさ。それが今になった」
「堪忍してくれ」
「無理だ。大人しくしていろ」
山姥切の手には手枷に似た真黒い物があった。
「あんた、馬鹿だな」
「箱入りだからな」
「ふん」
一気に距離を詰めにかかる山姥切に、本能で逃げを選択する。背を見せるように反転し、走り出そうとしたが、目の前に無邪気な笑顔があった。大きく跳躍し、白い布を振りかぶっている短刀は、今剣。
「つーかまーえたっ」
抵抗することもできず、バサリと布をかぶせられる。その後ろ手に枷が嵌められる音がし、全身から力が抜けていった。