鬱とん、審神者を殺す | ナノ


猫  


 電気・ガスは通っている。私でも扱える設備が整っている。一部埃をかぶっている場所があったが、主なところは燭台切が使っていたおかげで綺麗だ。食器・コップ類も大人数を想定した量がある。
 無事に肉じゃがを作り終え、食欲をそそるにおいが厨房に充満していた。炊飯器で炊いた白米を適当な人数分よそう。燭台切も肉じゃがと葉のもののおひたしを黙々と小さな器に移し、ざっと十人分以上の食事が調理台に並べられた。

「うん、美味しそうだね」
「……持っていくか」
「あぁ、いいよ。あそこの部屋の刀たちには僕が持っていくから。……その、押しつけて申し訳ないんだけど、遠征部隊が帰ってきたらそっちを……お願いしていいかな」
「分かった」
「ほんとに? ……何から何までありがとう、蜻蛉切くん」

 燭台切はいそいそお盆に食事を乗せていく。そのまま急ぐように厨房を出ていってしまった。残っているのは六人分。六振り分といったらいいのか。湯気を立てているそれらに埃が付かないよう皿をかぶせた。

 遠征部隊は、いつ帰ってくるのだろうか。
 任されたのはいいものの、手持ち無沙汰になってしまった。近くの背もたれのない簡素な椅子を引き寄せて座る。静かな時間が流れた。

 しばらくしてぎしぎしと廊下が鳴り、厨房の扉が開かれた。顔を出したのは困った顔をした燭台切と、その腕に抱かれた白い子だった。片腕に抱かれた白い子は私を見ると、細い腕をこちらに伸ばしてきた。思わず立ち上がり、白い子の腕を掴む。泣く寸前まで歪められた目は、非難するように私を見ていた。

「蜻蛉切くん。五虎退くん、君の帰りが遅いから部屋から出て君を探していたみたいだよ」
「……そう、か」

 白い子の名は五虎退、らしい。
 燭台切から五虎退を受け取ると、白い子はすぐさま私の首に腕を回し、きつく力を込めてきた。顔の横でぐずぐずと鼻をすする音がする。五虎退の背をゆっくりと撫でた。
 燭台切はそんな光景を見てなんとも言い難い顔をしている。五虎退を抱いていた手とは逆の方の手には、持って行った食事がそのまま乗った盆があった。
 私の視線に気付いた彼は「えぇと……」と言いにくそうに口ごもる。

「いらないと、言われたか」
「そんなことないよ。というより、何も言われなかったというか……会話自体していないよ」
「……?」
「あの部屋にいる刀たちは……あ、いや……その、僕も似たようなもので、君たちを悪く言うわけじゃないことは知ってて欲しいな。だから、その、あ、……」

 燭台切は複雑に絡んだ感情に言葉を無くし、泣き笑いか苦しみか、奇妙な顔をして口を噤んだ。細く息を吐いて盆を調理台に下ろした。

「今なら、僕もあの部屋にいていいかなぁ……」
「? いてはいけないのか」
「え?」

 私の言葉に一瞬呆けた彼は、じわじわと理解して戸惑いに「え、え、あ、ぅ……」と無意味に音をもらす。

「僕は、僕は、その、いたら、みんなが不安になるし、それに、良くない」
「良くない?」
「僕は欠陥品だ。なのに僕は動くことができる。何をするか分からないし、怖いだろう?」
「五虎退も同じことを言っていたな。似たようなものなのだろう? なら、拒むこともない」
「え? 蜻蛉切くん、君の言っていることがよく分からないよ。とりあえず僕は良くないんだ。不安にさせたいわけじゃないし、いいよ。ごめん。さっきの言葉は忘れて」
「……そうか」

 燭台切は居心地悪そうに厨房を歩き回り、結局調理台を挟んだ場所に椅子を引き寄せて座った。頬杖をついてこちらから目線をそらしている。非常に気まずいが、こちらが気になるということだろうか。
 五虎退の背中を撫でて、いつのまにか足元にいた五匹の猫が私の足を上ろうと爪を出す。それらを拾い上げてなんとか抱え込む。必死に声を出そうとする猫は、不愉快な音しか発することができなかった。

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