鬱とん、審神者を殺す | ナノ


彼のこと  


「調理するんだったら、その髪の毛もまとめた方がいいね」

 燭台切はそう言って調理台の引き出しから黒のヘアゴムを取り出した。女性が好みそうなシュシュ型の、少し小さめのものだ。
 どうぞ、とゴムを手渡される。自らの髪の毛に触れてみると、後ろ髪が長いことに気付いた。あまり意識していなかった。髪をまとめる際、視界に入ってきたその髪色が黒では無いことに驚く。
 人差し指で巻き込み、まじまじと観察する。地毛なんだろうか。紫髪の男もいたが、あちらも違和感の無い自然な色合いだったなと思い出す。私の今の容姿はどんなのだろう。そういえば知らなかったな、と今更気付く。

 ヘアゴムで手早く髪の毛をまとめて、食料庫に戻る。白いダンボールから調味料一式が入ったものを選び、しょうゆ、みりん、塩、砂糖、酒、味噌を抱える。後ろから誰かの気配がして目だけで確認すれば、燭台切がついてきたようだった。
 座り込んで物色する私の肩口から覗き込むようにしている彼に、調味料を渡す。まさか渡されるとは思っていなかったようで、驚いていた。私は次に必要になるであろう材料を漁った。燭台切が調理台の上にダンボールを一つ置いていたが、あれには何が入っていただろうか。
 分からないし、適当に持っていくか。白米や葉のもの、使いそうなものを多めに抱える。両手がいっぱいになったところで立ち上がり、厨房へと足を向けた。
 調理台の上におろして、食材を物色していく。じゃがいもを手に持ったところで燭台切に問いかける。

「訊きたいんだが」
「え? なに?」
「何人分作ればいい」
「……? 主くんは一人だけど。他の刀たちのことを訊いてるのかな」
「刀……?」

 燭台切は私の様子に不穏なものを感じ取ったらしく、「もしかして」と顔をしかめた。

「蜻蛉切くん、確認したいことがあるんだけど、君の刀種は何かな」
「…………?」
「あぁ、そっか。だから僕に話しかけてくれるんだね。そっか。……そうか……」

 燭台切は私から顔をそらして何か考え込むようにしている。その横顔を見ていたが、彼の口がかすかに動くのが見えた。口の動きなんて普段は読めないが、それは「よかった」と動いたように見えた。彼の中で考えが纏まったのか、燭台切はふたたびこちらに顔を向けた。

「もう一ついいかな。君はどこまで覚えている」
「…………」
「何一つ覚えてない、のかな? ……君なら信用できそうだなぁ。君はくだらない嘘を吐くような槍じゃないしね」
「槍?」
「そうだよ。僕たちは人じゃなくて刀だ。刀の付喪神。主、……審神者って言った方がいいかな。彼らに呼び起こされて人の形を取っているだけだよ。僕は太刀で、君は槍だ」
「……そうか」
「うん。僕の銘は燭台切光忠。答えられないこともあるだろうけど、何か訊きたいことがあったら遠慮なく訊いてね。できるかぎり応えるから」
「よろしく、頼む」
「…………うん」

 燭台切は人(刀)との会話に慣れていないようだった。私の言葉にいちいち違和感を持ったような反応をし、それは「どうして自分の話を受け入れてくれているのか」という疑問に見えた。自信の無さが滲み出ていて、見た目は成人男性だが、内面は迷子になり不安に耐える子供の幼さがある。彼に対しての皆の扱いが悪いのだろう。彼の言葉からも推測されることを、私は訊いてみた。

「他の……刀、から嫌われているのか」
「あはは、すごいな。いきなりそこを訊いてくるんだね。うん、そうだね。僕は……僕は、なんというか、いや……。……皆、僕自身がというより、燭台切光忠が駄目みたいでね」
「……?」
「あぁそうか。蜻蛉切くんはホントどこまで分からないんだろうか。知っていたら謝るけど、別に馬鹿にしているわけじゃないから勘弁してくれよ。僕らは本霊から別たれた分霊だよ。例えば僕は分霊のうちの一つだ。審神者が望めばもう一振り、同じ姿形の分霊の僕を呼ぶことだってできる。同じ場所に同じ姿形の同じ刀が存在することができる。ここまでは、いいだろうか」
「あぁ。そういうことか。あなたが何かをしたというより、他の燭台切が」
「そう、らしいね? 僕もよくわかってないけど、うん。そうだよ」

 燭台切はこの話をしたくないようだ。さっきから視線はあっちこっちにさまよい、手元は包丁を弄んでいる。それでも話をしてくれるということは根は誠実なのだろう。先ほどの言葉通りに、私の質問に応えてくれる。これ以上訊くのは酷かもしれないと思い、区切りのために「話をしてくれて、ありがとう」と言う。
 彼はホッと息を吐いた。感情を隠すことも無い。分かりやすいが、見た目に反しての幼さにズレを感じた。彼は目を伏せて笑う。

「どういたしまして」

 そろそろ調理に取り掛かろうか。私は燭台切と一緒に料理作りを始めた。

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