帰路。明星学園の敷地内を歩き、女子寮を目指す。秋口の日暮れは早く、ジュディスの部活が終わった頃には辺りはどっぷりと暗くなっていた。昼の日差しが無くなって寒さだけが残った風に身体を震わせる。もうそろそろ暖かい格好をしてきた方がいいかもしれない。動きにくくなるので厚着はしたくないのだが、致し方ない。せめて温熱のタイツでも履くかと、明日の服のコーディネートを考えて歩いた。
学園内は広く、高校から寮に向かう道は石造りだ。脇には木が立ち、すずらんの形をした街灯がぽつぽつと道を照らしている。私の他に寮に向かう女の子達がきゃいきゃいとしているのを眺める。
今日は色々と約束事をされそうになる日だったな、と今日を振り返った。エステルと習字をすることになりそうになったり、ダミュロンの話の口止めだったり、ジュディスのお願い事だったり。そういえば午後サボった時に会ったデュークからも何か言われていたっけ。
なんだったかなぁと思い出そうとして、びっくりするぐらい何も思い出せないことに足を止めた。あれ? 私、デュークと何を話したっけ?
屋上のベンチに座っているデュークの隣に座って何か話していたような気がするが、何を話していたか。非日常代表であるデュークのことを忘れるだなんて、変な話だ。
まぁいいか、と早々に諦めて寮へと向かう。
寮は原則高校から上の学年しか入ることができない。寮の玄関をくぐり、外とは打って変わって明かりに包まれた建物内に一息吐いた。暖房も効いているらしく調度良い温度だ。
「ノール!」
私に向けられた怒気の気配にそちらを見ると、寮の受付口近くに腕を組んで立っている少女を見つけた。苛立たしそうにこちらに近寄って来た少女は、私の眼前に人差し指を突き出す。
「あんた、あたしの物勝手に持っていったでしょ!」
「なんのこと?」
「とっぼけんじゃないわよ!」
「いや本当になんのことか分からないんだけど」
肩口にかかるぐらいの天然の茶髪をおさえる厚めのカチューシャ。身長が私とそれほど変わらず、目線がまっすぐ合う。猫のように丸い目が釣り上がり、腰に手を当てて怒っているのは、エステルと同クラスのリタ・モルディオだ。リタは本来なら中学生ぐらいの年なのだが、その頭の良さに飛び級をした子だ。
本来なら大学にまで行くレベルなのだが、何故かこの少女は高校に留まっている。
エステルとの仲の良さを見たらなんとなく予想はつくが、本当にそうだったとしたら友情の美しさに羨ましい限りだと評価する。
「あたしのフランソワーズがなくなったのよ!」
「フランソワーズ、とは……」
「あんたもしかして壊したりとか……」
「いやまずフランソワーズを知らない。リタが怒るぐらいだからたぶん魔導器のことだよね?」
「そうよ」
「リタの作った魔導器に触るなんて色んな意味で怖いししないよ」
「それ、本気で言ってるわけ?」
「不器用な私がリタの魔導器を触るわけないよ。万が一壊したら怖いし、それに私は魔導器オンチだから何に使うのかとか、よく分からないし」
「……家庭用魔導器だったら使い方ぐらいあんたも知ってるでしょ」
「え!? リタ、家庭用品作ったの!? リタが!? マジで!?」
「ち、違うわよ! 作ってない!」
「そうか、やっぱりね。リタがそんなもの作るわけないし」
「あたしのことなんだと思ってるのよあんたは……」
魔導器に引くぐらい熱を上げてる天才様。それとツンデレ。そんな感じの認識だ。
リタは見た目はかわいい、友達に対してはツンデレっ子なのだが、他人に対してはわりときつい。私はまだ友達の範囲内なのかそれほど怒られていないが、リタと仲良くなっていなかったらと思うと、めんどくさくて仕方ない。
「あんたが犯人じゃないとすると、一体誰が……」
「で、なんの魔導器が盗まれたの」
「…………」
「? リタが魔導器の説明に黙るなんて珍しいね。よっぽど言えないものを作ってたの」
「うっさいわね! あんたには関係ないでしょ!」
「濡れ衣を着せられかけたんだから関係あるでしょ」
「〜〜〜っ! もういい!」
「あっ」
顔を赤くしたリタがぷりぷりと怒りながら自室に戻ってしまった。
面倒事が去ったのはいいが、謝罪はまだ聞いていないんだけど。今度会った時にネチネチそのことを言ってやろうか。いやいいか。その時になったら私も忘れているだろう。
私も自室にへと戻った。
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