放課後。部活の時間帯。なぎなたの竹刀が空を切り、鋭い音とそれに伴う気迫溢れた掛け声、踏み込みの音が部室内を満たしている。打ち合いをしている部員も何人かいて、生身に当たったら痛いだろうなと思われる小気味の良い破裂音がそこかしこから聞こえていた。
 私は部員達の邪魔にならないように壁際に座り込んでいた。三角座りで膝を抱え込み、ここに来た目的である凛々しい女性をぼーっと眺める。

「ちぇいやぁぁっ!!」

 鋭い声と共になぎなたが振るわれ、相手から一本取る。相変わらずの見事さだ。一呼吸を置いて鮮麗された動きで後ろに下がり、頭上近くでくるりとなぎなたを回し、石突をとんっと床に立てる。相手から一本取った時もそうだが、一つ一つの動作が優雅で見惚れる。試合の時の彼女のかっこよさと、彼女の容姿も相まって惚れる人間は数多くいる。私もその内の一人であった。
 「ふぅ」と汗を拭う彼女が私に気付いて、にっこりと微笑んだ。

「あら、ノール。来ていたの」
「うん。ジュディスのなぎなたは相変わらず綺麗だね」
「あら、うふふ。嬉しいわ」

 同じ学年のジュディスは頬に手を添えて嬉しそうに笑った。彼女は二年生にして主将をも凌ぐ強さを持っており、この秋に開催される試合競技に出るそうだ。夏に演技競技の大会にも出場し、見事優勝をもぎとっている実力者である。私はその大会を見に行ったが、彼女の型の美しさは素人目で見ても分かる程美しかった。周りが見劣りしてしまうレベルで、力強くも優雅であり、私はそれを命の輝きを見た、とらしくない感想を抱いてしまった。
 私はそれから彼女のファンになり、時々部室にお邪魔して見学させてもらっている。

「もうそろそろ試合なんだってね」
「そうね。二週間後のことを考えると、緊張して力が入らないわ」
「そうなの? 私から見たら全然そんな風には見えないけど」
「よく言われるわ。表に出ないのも不便なものね」
「ふーん。……そうだ、差し入れあげる」
「何かしら」

 剣道の胴衣に似た袴姿で近付いてくるジュディス。目の前に立たれると、女性にしては高い身長に圧倒される。元々の身長もあるが、背筋を伸ばした堂々とした佇まいに憧憬が増す。私はチロルチョコを彼女の手に置いた。

「かわいらしい差し入れね」
「ハロウィン仕様のチョコだよ」
「おばけカボチャ……。ふふ、ありがとう。なんだか頑張れそう」
「良かった。秋の大会、私見に行くよ。無理せず頑張ってね」
「えぇ。優勝したいもの。練習は欠かさないわ」
「大会に出る人達、強いのかなぁ」
「強くなくっちゃ困るわ。私、弱い人と戦う趣味はないもの」
「おぉー、ジュディスかっこいいー。それじゃあうんと強い人が来たらいいなぁ。そうしたらジュディスのすっごい速いなぎなた捌き見れるし」
「期待に応えられるよう努めるわ」

 にこにこと小首を傾げるジュディスにドキドキが止まらない。彼女は部活の時は邪魔にならないよう髪を結い上げている。普段は長い髪に覆われている首元がよく見え、その細さにさらに鼓動が増した。もうホントかっこいいなジュディスは。
 ハロウィンチョコを珍しそうに眺めていた彼女は、ふと何か思い出したように「そういえば」と呟いた。

「大会の前に、他校の剣道部との試合があるのよ。もしよかったら見に来たらどうかしら」
「えっ、マジで? 剣道部? なぎなた部なのに?」
「薙刀は本来剣に対するものだったの。今でも時々異種試合といって、なぎなたと剣道で大会が開かれていたりするわ」
「へーすごい。ジュディスはその異種試合の大会には出ないの?」
「いつか出るつもりよ。どうせだもの、全部の種目に優勝したいわ」
「う、うわー……すごぉい……」
「そのための練習試合、ね」

 軽くウィンクする彼女がかわいらしくも恐ろしい。どれだけ優勝に飢えているのだろうか彼女は。恐れつつ感心していると、ジュディスは突然拗ねた風に口を尖らせた。

「でも、私不満に思ってるの」
「なんで?」
「他校よりもこの学校の剣道部と手合わせしたかったのに……。彼と一度ちゃんとした試合で戦いたいわ」
「彼? んー……剣道部で強いって言ったら、シュヴァーン先生とか?」
「そうね、先生ともいつか手合わせしてみたいわ。けど、今は彼ね」
「強い人……フレン? それかユーリ?」
「そうよ」
「おー。美男美女の試合かぁー。絵になるね」
「うふふ」

 フレンとユーリ、どちらとも絵になると思う。頭の中でジュディスとユーリが戦っている場面を想像する。なぜだか試合関係なく学校で縦横無尽に戦いを繰り広げている様が浮かんだ。子供のようにちゃんばらをする二人は、お互い獰猛に笑っていて、想像の中だというのにとても楽しそうだ。対照的にフレンはちゃんとした試合で、お互い防具で固めた姿で大会の会場でお辞儀をしている図が浮かぶ。正々堂々とした試合は、規律に則っている二人の美しい型が見れることだろう。
 どちらも彼女の良さを引き出せる良い相手だ。ユーリとフレンの強さを知っている私は、いつか見るだろう手合わせに目を細めた。なんたって彼女は優勝に、いや、戦いに飢えている猛者なのだ。いつかはきっと見られる。楽しみで仕方なかった。

「ノール、あなた彼と同じクラスだったわね?」
「ユーリだったらそうだよ」
「彼に伝えてくれないかしら。私が手合わせしたいと言っていた、って」
「覚えてたらね」
「お願い。私、彼と話したことないのよ」
「……私ジュディスと会って間もなくて知らないだけかもだけど、ジュディスってそんなに引っ込み思案だったっけ? ジュディスだったら直接言いに行きそう」
「買いかぶりすぎだわ。私、奥手なの」
「奥手……? ふーん? よく分かんないけど、覚えてたら言うよ。でもあんまり期待しないでね、忘れてる可能性高いから」
「あら、ひどいわ」

 そう言ってくすくす笑うジュディスを見て、やっぱり奥手だなんて嘘だ、と思った。どうしてそんな嘘を言うのか分からなかったが、結局私にはあまり関係がないしいいかとすぐさま納得する。
 部活に戻ったジュディスの顔には笑みが模られ、先ほどよりも好調に相手から一本を取った。
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