おかあさまはそう遠くない日に、私を置いていきます。
男の人はいつかどこかに帰ってしまいます。
ひとりです。私はひとりになります。今ここで泣いたら、男の人は困るでしょう。
でも、もしかしたら私と一緒にいてくれるかもしれません。
私は泣きました。
ひとりになりたくなかったので泣きました。
冷たい手が私の頬を包みました。
――泣かないで、君が泣くと、……
その先の言葉は聞こえませんでしたが、男の人は困ったような、悲しそうな顔をしていたので、思わずごめんなさいと謝りました。
――君には難しい質問だったな。それじゃあ、これでどうだろう。エステリーゼが俺とずっと一緒にいてくれるって約束してくれるなら、君のお母さんの病気を治してあげてもいいよ。
「……ほんとう、ですか? できるんですか?」
――あぁ。できるとも。……ただね、お母さんには会えなくなるけど、いい?
「……え?」
おかあさまが元気になると、おかあさまに会えなくなる?
私はおどろいて男の人の目を見ました。きれいな空色にはおかあさまとおんなじ優しさがありました。
――お母さんの病気を治す代わりに、君を俺にくれないか? 君が欲しいんだ。俺とずぅっと一緒にいてくれ、エステリーゼ
答えることができなかった私を、男の人はさびしそうな顔をして抱きしめました。
男の人の身体はひんやりとしていて、なんだか悲しくなってきた私は男の人にしがみつきます。私の肩で男の人が小さく笑って、くすぐったそうにしていました。
その嬉しそうな声に、胸がずきずきといたみました。
私ががまんすれば、おかあさまは元気になる。おかあさまが元気になったら私も嬉しい。けど、おかあさまと会えなくなるのはさびしいです。
嫌、という言葉を呑み込んで、私は目を閉じました。