2021/10/16

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 子供を拾った。
 室内でも古布のフードマントを被り頑なに顔を見せないようにしている子供は時折辺りを警戒するように頭を動かしている。座卓を挟んで俺はその子供をどう扱えばいいか悩んでいた。
 俺は座卓の上に置かれたパソコンで「子供 接し方」「子供が食べるもの」「子供 話しかけ方」と検索しまくっている。子供ってほら、何考えてるのか分からないしそれに俺は元々人と接するのが苦手だし…。いやでもこれ以上放置するのも可哀相だよな? 明らかに弱ってるしせめて温かい飲み物でも…、いや、疲れていたら寝かせてやらないといけないのか?
 俺は意を決して子供に声をかけてみた。

「なぁ、君さ」
「は、はい……」
「あぁいや別にそんなかしこまらなくていいからさ。腹が減ってたりしない? 喉が渇いてるでもいいし」
「いえ……」
「ぬん……」

 困ったぞ。断られてしまった。
 子供は遠慮しているのだろうか。それともいきなり家に連れ込んだのが駄目だったのか。これだけだとショタコンの誘拐犯みたいだが俺は無実だ。決して犯罪者ではない。

 路地裏に座り込んでいる小さな塊を見つけてしまったんだ。
 しばらく観察していても動く気配は無いし、ほとんどボロ布と言って差し支えない恰好の子供を素通りして一日良い気分でいられるか? 俺だったら無理だ。
 そう思って声をかけた。俺の声に反応した子供が顔を上げる。目深にかぶったフードが邪魔で口元しか見えなかったが、痩せこけているのが一目で分かった。俺の鼻はこの子供が吸血鬼であることを知らせていた。血を飲めていないのだろうか。どうしてこんな人里に吸血鬼の子供が一人でいるのだろうか。

 頭の中を駆け巡る疑問を置いて俺は子供の身を案じる。
 子供は俺の問いかけを何度か聞いたあと、頷いたので連れて帰って来たというわけだ。
 だからこれは誘拐ではない。相手の了承を得て連れて来たんだから犯罪じゃない。俺は無辜の子供を助けたいがために手を伸ばし、子供はその手を取ったとそれだけのことなのだ。俺は犯罪者じゃない。

「そうか、腹が減ってないのか。でもそれは困ったな。俺今から昼飯を食おうと思ってるんだけど、流石に君の前で俺だけが食べるっていうのもな」
「……」
「俺うどん大好きなんだよね。一緒にうどん食べないか。1人分作るも2人分作るも同じだしさ。あ、うどん食べれる? もしアレルギーがとか生理的に無理とかあったら言ってほしいんだけど」
「な、ない……」
「そっか。じゃあ今日の昼飯はうどんで決まりだな。トッピング何にしようかなぁ〜」

 リビングの横すぐ近くにある台所に向かい、鍋に水を入れて火をかける。冷蔵庫を開けうどんの上に乗っけれそうなものを見繕った。業務スーパーで買った安いうどんを2玉用意して、水が沸騰するまでの間に野菜を切ったりむしったりしていく。

「なぁ君、食べれない野菜とかある?」
「ない……」
「おっ、すごいじゃないか。いくつか知らないけど、俺が君ぐらいの年齢のときは嫌いなものなんていっぱいあったぜ」
「…………」
「俺野菜好きなんだよねー。野菜が乗っけれそうなもんは全部乗っけてるし、なんというかこう……、野菜で山を作ってメインよりも主張している光景っていうのにクるものがあってね……。テレビで時々やってる大盛りメニュー特集とかで野菜盛りが出てくると興奮する……」
「う、うん……」
「あっあっ悪い。うどんだよなうどん。大丈夫だ今日のメインはうどんだから安心してくれ。君の分はちゃんとうどんがメインだから」
「僕の分は……?」

 できたうどんを座卓に持っていく。
 野菜を片っ端から乗せたうどんと野菜控えめうどん。千切った新鮮な野菜に紛れた野菜スティック盛り〜特製マヨネーズを添えて〜も一緒に持ってきた。水もいるかなーとコップ二つに水差しを乗せたトレイを座卓横の床に置く。邪魔なノートパソコンもついでに床に置いた。
 水を入れて子供の前に置けば食卓の準備はできた。

「いただきまーす」
「いた、だきます……」

 子供の前だからと礼に則ってみた。子供は俺の行動を真似るようにしておずおずと手を合わせて同じ言葉を口にした。
 その様子にネグレクトの末に逃げて来たとかそういうのじゃなさそうかなと判断する。決めつけはあまり良くないが、ちゃんと躾をされた子なんじゃないかという印象があった。
 まぁ躾をされていたから良い、というわけでもないが。過剰すぎるのも時には毒でもあるし、この子がどういった境遇なのかは俺では計り知れない。

 子供は大人用の長い箸に少し苦戦しているようだった。
 長いと重いし邪魔かと思い、俺は片膝から立ち上がって台所の引き出しを開けた。コンビニに行く機会が多い俺は仲良くなった店員からよく過剰に割りばしを貰う。その中の数本を取り出して座卓に戻る。
 割りばしを縦に割り、横に折る。短くなった割りばしを子供に差し出すと、子供はぽかんとしたあと割りばしと俺を交互に見比べるような動作をした。

「あ、そうか。いや、長い箸だと使いにくいだろ? この家には短い箸が無くてな。代わりに短くした割りばしをと思ったんだが……。よく考えてみたら木が飛び出してるし危ないよな! ちょっと待っててくれ剪定鋏があるからそれで整える」

 立ち上がって鋏がありそうな戸棚を片っ端から開けていく。どこだったかなぁ。DIYで使うかもしれないと買った剪定鋏なのだが結局使わずにどこかに仕舞われているはずだった。どこに仕舞ったのかを思い出せずに探していると、ようやくお目当てのものを見つけて意気揚々と座卓に戻る。
 長い箸を持ったまま俺の動向を見守っている子供の目の前で飛び出した木を整えた。
 さっきよりも見た目がよくなったしこれで怪我をすることはないだろう。そう思い再度子供に差し出した。
 子供はおずおずと受け取ると、箸を使ってうどんを食べ始めた。

 それを見届けて俺もうどんにありつく。
 家で誰かと一緒にご飯を食べるのは久しぶりだな。

 野菜スティックを食べながら、そういえば子供の名前を聞いてなかったなとか吸血鬼の子供を拾った時の対処はどうしたらいいのか、もし親が殴り込んできたらどうしよう俺はちゃんと釈明することができるのだろうかと考えを巡らせていた。
 まぁこういうのは飯を食ってからにするか。
 うどんを美味しそうに食べる(フードを被っているから顔は窺い知れないが)子供に、俺の選択は間違ってなかっただろうと思えた。
 ……そういやテンパってて気付いていなかったが、吸血鬼の子供だったら輸血パックをあげた方が良かったんじゃないか?
 子供は嬉しそうに食事をしているからいいかと、俺は野菜に専念した。


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