2021/05/31
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我らが騎士団長閣下は素晴らしいお方である。
その素晴らしさは騎士団に所属している人間であれば誰もが知っていることなので割愛するとして、現在閣下は休憩中らしくいつもの閣下らしくなくぼんやりとしていた。
頬杖をついて時折溜息を吐いている。どこか遠くを見ているのだが、この国の行く末を憂いているにしては穏やかであり希薄であった。何を考えているのか推察はできないが、疲れていらっしゃるのであろうと声をおかけすれば自分の存在に気付いていなかったらしく少し驚いた顔をした。
「あぁ君か」
「閣下、お疲れのようですね」
「いや、疲れてはいない。早急に対処すべき書類もなく暇を持て余しているだけだ」
「そうですか。この頃は治安も安定してきていますからね。騎士の巡回の人数を増やしたことが功を制しているのでしょう。外から来る者や不届き者共も、騎士の目が多くなれば何か問題を起こそうとは思わないでしょうし、今日のように平和な日があってもいいかもしれません」
「そうだな。市民の安寧が長く続くよう努めねば。……」
閣下は口を閉ざしてまたしてもどこかぼんやりとした表情をした。
人前でこのような姿を見せるのは珍しく、やはりお疲れなのではないかと心配になった。近頃は評議会の圧力や嫌がらせが少ないものの無いわけではない。その対処をするために閣下自らが赴いているため、心労は蓄積していくばかりであろう。
ふぅ、と溜息が聴こえた。
このようなお姿を他者の前に晒しているのも珍しいのに、さらには溜息まで……。
心配の念が募るばかりではあるが、だが気になることがあった。
閣下のお言葉が嘘であるとは思えなく、実際に疲れているような顔色ではなかった。上手く隠しているというのならそれまでなのだが、何か物思いに耽っている風であった。
何を憂慮しているのだろうか。自分がそのことを聞いても良いのだろうかと悩んでいるうちにふと思いつくものがあった。
「閣下。気分転換でもしませんか。鍛錬所で手合わせなどどうでしょう、今日のような日ならば問題事も舞い込まないでしょうし、我らも日々鍛錬を重ね研鑽しております。一度手合わせをしてただきたく」
「手合わせか」
「はい」
閣下は目を細めて言葉を咀嚼するように緩く頷く。
思っていたよりも鈍い反応だ。この提案は間違えたかもしれない。
閣下は身体を動かすのが好きでよく隊長首席と手合わせをしていた。
二人の攻防は凄まじく、観戦している騎士たちは息をすることをも忘れてその光景を眺めているものだ。二人の攻防の再現等は勿論無理であろうが、他の騎士たちとの手合わせも好んでいる閣下ならばこの提案に乗っていただけると思ったのだが。
隊長首席は現在は任務でザーフィアスを出ている。
戻ってくるのは遥か先であり、お二方の手合わせも見れはしない。
なんとかアレクセイ様の為になることをしたい一心で考えを巡らしているさなか、閣下が小さく息を吐いた。
「シュヴァーン……」
……。
…………。
閣下が無意識に呟いた言葉は隊長首席の名前だった。
自分の頭の中で点と点が繋がったような、今まで気付かなかったものにいきなり気付いてしまったような、難解な問題への解決の糸口が見えた時のような衝撃が走る。
閣下の表情はいまだぼんやりとしている。
遠くを見るような目、溜息、人の名前を呟く。
これは身近にある、ありふれたものの事象であった。
自分は気付いてはいけないものに気付いてしまったのではないのか。
頭は爆速で回転を続けこの状況からの脱出を試みるにはどうしたらいいのか最善案を弾き出す。
「閣下、自分はこれで失礼します」
「ん? あぁ、そうか。ご苦労だった」
よっし逃げるぞ。
会話を無理矢理切り上げたにも関わらず閣下は上の空だった。
そそくさとその場から離れて自分は先ほど受けた衝撃への対処を考える。
「……もしかしたら閣下は……閣下はぁ……」
あのアンニュイな表情まさしくそれじゃねと思っちゃいます。
いや待て、閣下だけではないかもしれない、もしかしたら二人はそういった関係で……? いや待て、待つんだ、あの隊長首席が? ハッ……そういえばいつも無表情の隊長首席が閣下と話をするときにだけ笑顔を見せ……こ、これはもしや……!!
もう止まらなかった。
気付いてしまったものの答えを見つけてしまった自分は逸る気持ちのまま歩き出す。だめだ。この衝撃を胸の内に留めておける自信が無い。だが広まってはいけないものであるこれは、誰にも言えないものである。
ごめんなさい友人にだけはちょっと相談させてください、これは自分一人だけで抱え込むには孤独すぎます。
自分は歩き出した。
友人がいるであろう鍛錬所にへと向かう。
頼むー!聞いてくれー!あの二人もしかしたら付き合ってるかもしれないぞぉーー!!