2020/06/10

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 ラウムは緊張に汗ばむ両手の平をレオナールの太腿に乗せ軽く押した。
 太腿に少年の手が触れた瞬間、不穏にゆるりと緊張していた空気が張り詰める。
 空気が変わったことを敏感に感じ取りびくりと身体が震えた。
 ラウムの眼前には逞しい下半身があり、布地に覆われた太腿があり、その上に乗る自分の手の平がある。自身の敬愛する人の身体だ。頭上では息を呑む音、ごくりと喉が鳴る音、微かな呼吸音が聴こえた。
 いつものラウムならここで顔を上げて敬愛する人を見てどうしたのかと問うていただろう。
 だが今はそれができなかった。

 フェアリーに言われた言葉が頭の中でぐるぐると廻っている。
 それを確かめるために行動をした。
 ラウムは震える手でさらに押した。大きな身体はまるでラウムの力が恐ろしいものであるかのように従い、後ろにへと歩を進める。歩が進んだ分だけラウムは距離を詰めた。
 図体の大きな男を自分の手で動かせていることにラウムの気分は上を向き始める。
 レオナールの背がとうとう壁に追い詰められ、ラウムはそこでようやく顔を上げた。

 レオナールの口元は引き結ばれ、壮絶な痛みを堪えているようだった。
 眉間に刻まれた皺やひくつく頬、荒く肩で息をするレオナールの姿に気分が良くなった。
 いつも自分を守ってくれているレオナールを自分は追い詰めている。

 フェアリーの言葉を未だに信じられずに、敬愛する人にあれは嘘だと言って欲しいと望む心。
 強くてかっこよくて、なんでもできるレオナールを自分がいいようにできるかもしれないと期待する心。
 人に親切で優しくて他人の為に動く彼の意識が自身に注がれていることに喜びを覚える心。
 
 ラウムの口角は人知れず歪んだ。
 太腿に乗せていた手を膝裏に差し入れ、引く。

「レオ兄……座って?」

 何度も喉を鳴らし、耐えるように歯を食いしばっているレオナールを見上げて『おねがい』をする。
 人の可動部を押されたとはいえラウムの力ならいくらでも抗えるはずなのに、ずりずりと壁をこすって床に腰を下ろした。
 立てられた足の膝頭に手を置き開かせ、その空いた空間に身体をするりと滑り込ませる。
 いつもは遠い顔が目の前にあることに一際胸が高鳴った。
 両手を伸ばして輪郭をなぞる。包み込むようにして頬、顎、と恐る恐る触れた。毎朝きちんと剃られている無精髭のざらざらとした感触、短く吐き出される吐息。苦悶の表情を浮かべるもラウムに従順に従う兄の姿に身体の内側から湧き上がる衝動があった。
 その感情はレオナールに褒められた時に感じるものと似たようなものであり、それよりも激しいものだった。
 滅多に自分に触れてくれない兄が唯一触れてくれる場所。「いい子だ」と頭を撫でてくれるのが嬉しくて、ラウムは褒められる毎に貪欲になっていった。
 ラウムが嬉しく感じるものは、兄も嬉しいのだと言う。ならきっと、ラウムが兄にされて嬉しいことは、兄にも嬉しいことなのだろう。それならばきっと、兄だって褒められたら嬉しいはずだった。
 ラウムは頬を揉んでいた手を兄の頭に移動させた。いつも兄がそうしてくれるように軽く数度叩いてぐしゃりと髪の毛を撫ぜる。そしてラウムが言われて嬉しいことを言った。

「……いい子、だね」
「……ッ!」

 空気の塊を吐き出して何も言えずに首を横に振る兄の姿。
 大きくな無骨な手がラウムの服の裾を掴んだ。そのまま突き放されるかと思ったが、その手はただ縋るように力強く握り込まれるだけだった。
 何かに耐えているレオナールに心が揺さぶられる。
 ラウムはようやくここで確信することができた。

 レオ兄は、僕のものなんだ。

 ラウムは目の前のレオナールの服に手を伸ばした。

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