校庭からの騒ぎ声やランニングをしているであろう野球部の掛け声に吸い寄せられるようにして頭の痛くなるようなごちゃごちゃした数式の羅列から目を離した。あー、気持ち良さそうだなんてことを考えながら夏の太陽にじりじりと焼けるグラウンドを見渡す。生憎、自分は屋内の部活だけれどこんな清々しい空の下でなら外で竹刀を振るのもいいなぁと思う。持田は少し不満げに口を尖らし、大きく背伸びをした。夏休みに入ってもう一週間も経つ。去年の今頃なら既に竹刀を持って汗だくになっていたに違いない。それなのに、と視線を下へ落とせばこれでもかと言わんばかりに広がる数字と記号の山を見て心の中で溜め息を吐いた。
(あんなこと言うんじゃなかった…)
渋々、鉛筆を動かしながらもチラリと目の前で教科書をつまらなそうに眺める風紀委員長を見ればどうしてかばっちり視線が合った。
「なに、できたの?」
「へ!?あ、いや、ここってどうやるんだ?」
焦りながら考えてさえいなかった問題を指差す。今年こそは宿題を終わらせといて夏休みをエンジョイするなんて受験生のくせに恭弥と了平の前で馬鹿宣言するんじゃなかったと今更ながら思った。だってまさかあの雲雀様が堅苦しい勉強を教えてあげるなんて言い出すとは思わなかったから。いや、追いかけられるよりはこっちの方が俺的には安心だけど。
(それでも、ちょっと嬉しいとか思う俺もどうなんだ…)
丁寧に教えてくれるその自分より低い声を聞きながら問題を解いていく。絶対年上だよなと言葉は少ないけれど上手い教え方に感心する。もう勉強を始めて数時間、白紙だった問題集もだいぶ埋まってきたように思う。途中、何度か冷や汗を流したりはしたが自分でやるよりは数段早く終わりそうで教えてもらってよかったと持田は軽く息を吐き出した。窓から入ってくる風が清々しい。
「ちょっと、聞いてるの…剣介」
「あ、おう!この公式使えばいいんだろ?」
「…わかってるならいいけど」
朝のうちに練習を済ませた陸上部員が帰っていくということはそろそろ昼なのだろう。静かになっていくグラウンドを一瞥して黒板の上に取り付けられている時計を見た。やっぱりな、と十二時半を示しているそれをみて鉛筆を机の上へ転がして立ち上がる。
「なにしてるのさ」
「んーそろそろ終わらせて飯食べねぇ?」
「それなら草壁が買いに行くからいいよ」
「いやそれがさー俺んち今日、母さんいるんだけど恭弥と勉強してくるっていったらお昼はお前も一緒にうちで食えって言われてさ…どうする?」
「…それなら行く」
「わかった!じゃあ鞄持ってくるわ」
(あ、恭弥がうちに来るなんて幼稚園以来じゃねぇか?)
あいつ俺の母さんに気にいられていたからなぁ…なんて笑いながら隣の教室に入ってスポーツバックを手に取った。
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並盛中を出てうだる様な暑さの中を恭弥と歩く。あまりの蒸し暑さに倒れてしまいそうだ。まぶしい太陽を隠すように腕で目を覆って空を仰ぐと飛行機雲が見えた。明日は雨だろうか。
「うー…あっつー」
「そうだね」
「お前よく学ランなんて着てられるよなぁ…見てるこっちが暑くなるわ」
真っ黒なその上着は太陽の光を吸収しやすくて暑いはずなのに涼しい顔で歩く彼。家から持ってきた団扇で顔を扇ぎながら呆れたような視線で雲雀をみた。
そして歩くこと数分、小さい空き地を抜けた近くにあるスーパーマーケットと呼ぶには古ぼけている個人店の前を通りかかった直後。持田はふと足を止めた。
「…なぁ、あれやっていこうぜ」
そういって店の前に置かれている派手なボックスを指差した。まぁ、どこにでもあるような小さなクレーンゲームの機械だ。少々ガタがきているようだったが気にせず、持田はズボンのポケットに手を突っ込み奥のほうから小銭を取り出した。こんなの久しぶりだな。ついテンションが上がってしまう持田を尻目に誘われた雲雀は興味がないようだったけれど強引に腕を掴まれて仕方なく付き合うことにした。
「え、恭弥これやったことねぇの!?」
「それがどうしたのさ」
「マジかよ!じゃあ教えてやるから見とけ」
なぜか得意げに話す姿にイラついたが、楽しそうにしている彼をみて雲雀は掴みかけたトンファーに触れることはなかった。
「つってもこの番号順にボタンを押して操作するだけだけどなー」
「ふーん」
手馴れたようにボタンを使う持田に、あとから風紀委員としてとりあえず殴っておこうとそんな恐ろしいことを考えながら手の平に乗りそうなほど小さなそれに下ろされるキャッチャーを眺める。けれど上手い具合に引っかかろうとしたがそれもそう上手くはいかずにポトリと落ちる景品。
「あーぁ、もうちょっとだったのに」
少し残念そうな持田を横目に雲雀がゲームのボタンに手を置いた。
「どれが欲しいの」
「え?なんだ、これするのか…?」
「早くいいなよ…噛み殺されたいわけ?」
「や、それは勘弁して!そうだなぁ…じゃあ、あれ取ってくれよ」
そういって水色の小鳥のような可愛らしい景品を指差した。ただ久しぶりにやってみたかっただけでそこまで欲しかった訳じゃないけど恭弥に睨まれると、どうも口が勝手に動いてしまう。多分言い出したら聞かないだろうと苦笑いしながら持田は彼の様子を伺うことにした。
ジーっと景品の位置を確認しながら持田がやっていたようにボタンを操る。いつになく真剣な恭弥がなんだか可笑しくて笑いそうになった。風紀委員の腕章をしているのにクレーンゲームって違和感ありすぎなんじゃないか。そう思っていると水色がゆっくりと持ち上がるのが目に入ると次いでガコンと落下するそれに驚きながら数回瞬きをする。
「へぇー、恭弥ホントに初めてなのか?」
「初めてだよ。こんなものを取ってなにが楽しいのかわからないしね……はい、手出して」
まぁ、こいつからすればこんなものだろうなと思いながら差し出された小鳥を見て目を丸くした。まさかこの可愛らしい小鳥をくれるというのだろうか。確かに言えといわれたからいいなと思う物を指差したけれど。
「あげる」
「……え、あげるって…俺に?いいの!?」
「…」
「わ、わかったよ!貰っとくから」
「フン…」
無言の威圧をかけられながらそのキーホルダーを受け取ると少しだけ恭弥が笑った気がしたがきっと気のせいだろう。小さな小鳥に付いているチェーンを持ちながらそれを鞄につけると急に嬉しくなって頬が緩んでしまった。そして勝手に帰ろうとしていた後ろ姿を追いかけて肩を叩く。
「ありがとうなー!」
「別にいいよ」
落ちそうになった学ランを片手で押さえると何を思ったのか雲雀は持田の頭を撫でた。
「…どっちみち君のために取ったんだから」
それは不良たちのトップで恐れられているとは思えないほどに優しい手つきで、そう笑った顔に持田は顔が熱くなっていくのがわかった。信じられない。こいつはなんでこうもさり気にとんでもない爆弾を仕掛けるのだろう。昔はこんなにかっこいいとか思わなかったのに!
その言葉にか、表情に対してなのかどちらかは分からないけれど、このままでは恥ずかしすぎると思ったのだろう持田は雲雀から顔を背けた。そんな彼を見て雲雀は不満げに持田を睨んだ。しかしその口角は愉しむように上げられていた。
「なんで顔逸らすのさ。こっちみなよ」
「やだ!ぜってーやだ!!」
「なにそれ躾け直されたいの?」
「アホかー!!!」
同じ身長だけどなぜか上からの目線で迫られて咄嗟に、逃げた。
「待ちなよ」
「無茶言うな!」
そうしてまた、追いかけっこ。あぁ!なんでこうなるんだ!!と自分を恨みながら全力でダッシュした。ていうかどっちみち家が隣同士なんだから逃げても確実に捕まるなと肩を落とす。それでも日常になりつつあるこの追いかけっこをしていると、どうしてか安心する自分がいてひどく情けなくてこの際、赤くなってしまった顔が元に戻るまでは逃げ切ろうと思った。あー!腹減った!!
(お!剣ちゃんじゃないか!!お前も極限にジョギングか!?)
(ちげーよ!!後ろを見ろバカヤロー!!!)
夏真っ盛りだというのにこれといっていつもと変わらない風景の中、結局いつもどおりに追い掛け回されるそんな持田の鞄で小鳥が楽しそうに揺れていた。
Summer vacation!
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レノア様への献上作品。
リクエストありがとうございましたー!!
雲雀と持田と了平の三人はレノア様宅の設定をお借りして幼馴染な関係。ちなみに兄さんは今も二人をちゃん付けで呼びます!
(090623)