夕日も沈みきった賑わいだす焼肉屋でどうしてこうなったと私は頭を抱えたくなった。まずまず仲の良い友人に半ば適当に参加させられた所謂、合コン。合同コンパ。いつもの倍は化けているであろう女とあわよくばとお持ち帰りしか考えていない下心と笑顔を全面に押し出して口説きまくる男の戦場である。これはあくまで私個人の見解だが。
なんて馬鹿なナレーションをしている場合じゃなかった。どうしてだ本当にどうしてこうなった。というか合コンで焼肉ってどうなんだよ。それでいいのかレディーたち!酒は飲むまいと頼んだ烏龍茶がグラスの中でわなわなと揺れる。ああ、ビール飲みてえなんて現実から逃避していたのだが、それもそのはず。目の前には明らかに狙ってますと顔に書かれた茶髪の男。執拗に絡んでくる腕にテーブルの片隅で密かに時間が過ぎるのを待っていた数時間を返してくれと心から思った。
「じゃあさ番号かアドレスだけでも教えてよ」
だけでもってなんだお前は。香水がキツいわ窒息させる気かちくしょう。何だかんだ言いつつせっかく友人が楽しみにして用意した場だ。盛り下げないよう口を引きつらせながらなるべく笑顔で対応していたが、これはまずい。非常にまずい。その友人も今や狩人にも負けないような恐ろしい眼光で男と話をしているため助け船は到底出してはもらえそうにない。崖っぷち。いよいよもってピンチである。
「このあと一緒に抜けてさ飲み直さない?」
近い!囁くな近いわ目が据わってるんだけどもオニーサン!?いつの間にか肩がぶつかるすれすれまで言い寄られ私はポケットの中の携帯を握り決意した。最終手段しかない。こちとら仕事帰りで疲れてるんだ解放してくれ頼むから!男とギリギリの攻防を繰り広げた時間を私は称えたい。いやよくやったよもう頬がつりそうだよ。友人に心中謝りながら、周りからはわからないよう握りしめた携帯の発信ボタンを数十秒だけ長押しする。途端に部屋へと大音量で鳴り響くロックなメロディ。固まる一同。これぞ奥の手フェイク着信音である。
「あ、ああ!会社からだ…すみませんちょっと出てきますね失礼します」
いかにもバッドタイミングと舌打ちが出そうな表情の男を後目に、申し訳無さを醸し出しつつちゃっかり荷物を全て持って部屋を出た。
さてと、どうしたものか。このままふけるのもいいけれどそれだと後日の友人による取り調べが恐ろしい。とりあえずトイレに逃げ込もうと店の一番奥へと足を進めた。後にこれをまさに気の迷いと後悔するとは思わなかった。


「つ…疲れる」
今日一のため息を吐き出して鏡の前で項垂れた。やっぱり慣れないことはするもんじゃないな。崩れかけの化粧も直す気がまったくおきない。もう帰ろうそれしかない。幸いこの焼肉屋は個室がたくさんあり、尚且つひとつひとつが障子で仕切られているため廊下を誰が通ったかまではわからないだろう。コンパに使っているのは入口付近の部屋だったため早足で抜ければ大丈夫なはずだ。意気込みながらトイレを出て廊下の角を曲がろうとした。
「あれー?まだ来てないの?」
「ねー長電話だねえ」
このときの私の早さは今月一だったに違いない。光の速さで後退してから恐る恐る壁を盾に入口付近の様子を伺う。開けられた障子からぞくぞくと友人たちや男が出てくる。
あれれなんでそんなお開きムードなのかな。次どこいきますうー?ってお前らまだ行く気かあああああ!浮き足立つ友人を遠巻きに見やり先ほどの男が視線でこちらの方を探しているのが伺える。おいおいおい待てよこれじゃあ帰れないどころかまさにお持ち帰りの勢いじゃないか冗談だろ。やっぱりさっさと帰れば良かったばかやろう!この店が個室で本当に良かったと思う。トイレに近い個室前の壁にこそこそと隠れている姿は自分で思えるくらいには怪しい人物である。
「ああまったく…最悪だ」
こちらに歩いてきそうな男を目にして肩を落とした。仕方ないはっきり言うしかなさそうだと大人しく足を踏み出そうとしたときだった。私がいた個室前の障子がいきなり開き中へと引きずり込まれたのだ。


座敷部屋だったそこの畳へ勢いよく後頭部を打ち付ける。なんでだ痛い!しかし後ろへ仰向けのまま見上げた先によく知る顔を見つけ気持ちの良いくらいにスパンッと閉められた障子の音にようやく我に帰れば。そこには数少ない男友達であるそいつがいた。
「よう、お困りみたいじゃねえか」
「ろ…ロー……?」
相変わらずひどい隈のある目を細めて皮肉るような笑みに体から力が抜けた。なんでと口を開く前にまあ座れと言われ訳のわからないままパンプスを脱ぎとりあえずハンカチを広げた上に乗せておく。今、障子を開ければ見つけてくださいというようなものだ。そんな自爆行為はもちろん御免である。
「部屋の前でぶつくさとうるさい女がいたんでな」
誰だと思って覗いたらお前だったとなにが可笑しいのか笑われて。とにもかくにもとりあえず助けてくれてありがとうとお礼を言っておいた。いや本当にナイスタイミングだった。
「いや、お前は…合コンか。よくまあ出る気になったな」
「人数合わせ」
「だろうと思った」
それにしても、だ。目の前で気だるく頬杖をつく男を見て口を開く。
「え、いやていうか何してんのひとりで焼肉とか…うわあ」
「おいおいこんな良い男を捕まえてなに言ってんだ」
「ああ、もしかしてキッドと待ち合わせ?」
この男が女をこんな居酒屋系統の店には連れて来ないことを知っているため思いついた名前を出せば、面白くなさそうに視線を寄越された。
「あまりにもあいつが不憫なんでな。俺が直々に女の口説き方を教えてやろうと」
「要するにとてつもなく暇だったのね」
まったくもって大きなお世話であろうそれを直接言ったら即座に喧嘩が勃発する。絶対に。目に浮かぶ光景にやれやれと頬が緩んでしまうのは致し方無い。店内の気配を探りながらゆっくりと廊下に顔を出す。どうやら友人たちもあの男も諦めて店を出たようだ。
「ふー…、じゃあもう大丈夫そうだから帰るわ。そろそろキッドも来るでしょ」
「あ?何言ってんだ」
お邪魔しましたと腰を上げかければ怪訝そうにこちらを見上げて呼び出しボタンを押す男に呼び止められる。はーいとどこからか聞こえた店員の声を背中に聞きながら。メニューへと目を落としてきっぱりと当然のように、わざわざ助けてやったんだ付き合えよとそいつは言うのだ。
「じゃあさせっかくだからボニーも呼ぼうよ」
「あいつが来たら財布の中が大惨事だろ」
「う゛…あ、でもこのお店あれがあったじゃない」
結局のところお言葉に甘えて居座ることになって。着ていた上着も脱いでパンプスも部屋の前の廊下に置かせてもらった。座り直してからぱらぱらとメニュー表をめくり大きなポップで書かれた文字を指差す。
「ああ、時間制限早食い、な。まだやってたのかコレ」
「これならたくさん食べられるしお金もそんなにかからない!ナイス!」
「店を泣かせる気か」
意気揚々と呼ぶ気満々で携帯を操作すれば、まあ多いに越したことはねえかと割り勘狙いの発言をする隈男もなんだかんだと変わってないなとなぜだか気が楽になった。
「しかし男二人で焼肉ってのも悲しいと思うわあー」
「ハッ…生中のジョッキ一気飲み女に言われても困る」
「うっさいわい!」
悪かったなと悪態をついてテーブルにおいてあったオニオンリングに手を伸ばす。しかし我慢していたビールというのはどうしてこうも美味しいのか。水を得た魚のように生き返れば、いつの間にか友人からきていたお怒りメールも、崩れかけの化粧も気にならなくなっていた。女らしさなら上手い具合に両立すればいい。ずっとなんて到底無理だ。ちなみに食べているこれはメインの焼肉はみんなでやらないと楽しくないだろうと先ほど呼んだ店員さんに適当に酒と摘まめるものだけを頼んだのだ。
「ところでお前どうするつもりだったんだ」
「んん?」
「あのままだったらきっちりちゃっかりお持ち帰りだったろう」
同じようにビールを煽りながら聞かれて、先ほどの茶髪を思い出した。思わず苦虫を噛み潰した顔で視線をさ迷わせる。
「…ああ、まあその、時の流れに身を」
「任せてたら確実に今頃いただきます、だ。バカタレ」
いやいやいや流石にもつれ込みそうになるまでは行かないってそのだいぶ前に逃げるって。はははと笑い飛ばした私がさぞかし胡散臭かったのだろう。呆れたようにこちらを見るとやはりため息を溢す。
「お前もう合コンやめとけ。相手の男が可哀想だ」
「おい待てどういう意味だ……いやはい、私もつくづくそう思いましたホントにトラファルガーさんの言う通り」
なるようになるさ精神は時として危険だ。自分でもわかってはいるために言い返せない。鋭く睨まれながら親に怒られた気分で縮こまれば満足したように笑われてしまった。ちくしょうこのサディストめが。
しかしながら性格なんてそんなに簡単には変えられるものではなく。付き合いやら色々とあれば場に流されるのも仕方ないわけで。男女関係の間違いなどなくとも、本当は特定の男でも作ればいいのだけれど。どうしてかことごとく上手くいかないのだ。なぜなのかは、実のところ理解しているが。自分の気持ちを認めたってどうにもならない。不意に隣の部屋から漂う煙と鼻を擽るにおいが部屋を満たして。
「ねえ、」
「なんだ」
「お腹空いた」
「だな」
だけれどこの距離感がお互いに心地良いのもまた事実なのであって。変わることも容易く、変化のないそれらも紙一重だからこそ面白いのかもしれない。


たぶん貴方に伝えたいことがあったのだけれど
貴方の顔を見たらどうでもよくなってしまって、
そして手を握りたくなったの

(たぶん君に伝えたいことがあったけど
君の顔を見たらどうでもよくなってしまって、
そして手を握りたくなったんだ)

それはとても愛に近い




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