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07 興味はチェリーピンク



 付き合い始めて二ヶ月と少し。私は本当に出水のことをよく知らない。家族構成も誕生日もよく考えれば何も知らなかった。日々メッセージでのやり取りはあるが多くはないものだから、情報があまり入ってこない。私が聞かないからっていうのもある。
 私の気持ちがどうであれ付き合っていることにかわりはないのだから、誕生日くらいは把握しておこうって思っただけ。明日誕生日って突然言われても困るしね。それだけ。

「貸してあげるだけだよ! 折ったりしないでね!」

 出水の事が載っている冊子を貸してくれない? と頼んだらすぐに出てきた。最新号がA級一位部隊の特集でプロフィールが紹介されているのだとか。きちんと返して、折らないで、汚さないで、ポテチ触った手で触らないで。いつも私がファッション誌を貸してあげる時に言うセリフを言い返し、汚すなと念を押してくる妹へ適当にうんうん言っておいた。
 彼女の小さい本棚に山ほどしまってあるボーダーの雑誌。普通こんなに集めないよね? さすが隊員になりたいというだけのことはある。まぁ認めないけど。



 授業と授業の合間に、何度もそれを捲りながら出水って本当の本当にすごい人だったんだと改めて知る。まるで芸能人のようにたくさんのカット写真が散りばめられたページに出水のプロフィールからリポーターとの対談まで載っていて、なんだか制服を着ている出水とは別人のよう。
 誕生日は九月二十一日のおおかみ座。血液型はB型。身長は百七十五センチ。まるで芸能人のプロフィール欄と同じように詳細に書かれている。なかでも好きな食べ物にエビフライとコロッケとみかんが書かれていて笑ってしまった。こういうところ子どもっぽい。もしかして、ボーダーという遠い存在のように見せかけて、子どもっぽさで親近感を持たせる算段なの?
 当然どのページのどの隊員へのリポートにも彼氏彼女のことについて問われていない。でも、バレンタインチョコが送られてきたランキングでは毎年上位に入っていると書かれていた。一年の時を思い返しても、出水は男女に分け隔てなく気軽に接していたように思う。それに加えてA級一位という肩書きがあるのならモテて当然だろう。


「出水ってすごいね」

「は? 突然どした?」

 先週も今週も出水が忙しくて、こうしてきちんと顔を合せて話せるのは久しぶりだった。米屋が自分の彼女を紹介するからと、米屋カップル含め四人で放課後デートに行った時以来。二週間は丸々開いただろう。いつもの埃っぽくない階段へ座る。
 何種類かのフルーツ味の飴を持ってきていて、袋ごと渡し「好きなの選んで」と言えば、やっぱりみかん味を選んでいる。可愛いなぁ。袋から残っているみかん味を全部取り出して手渡してやる。それでも嬉しそうに笑っていた。

「何百人もいるボーダーの頂点にいるんでしょう?」

「まあそうなるな」

「ごめんだけど、出水って全然そんなふうに見えないから、知った時驚いたよ」

「最強って言ったじゃん」

 ちょっとだけ口を尖らせた出水が可愛くて、ついそんなことを言ってしまうんだよね。それに、A級一位ってふうには本当に見えなかったのだもん。

「今年のバレンタインチョコもたくさんもらったって書いてあったよ。出水モテモテですごい」

 こっちを見ていた出水は未だにつまらなそうな表情で「好きな人にモテなきゃ意味ねぇよ」とそっぽを向いた。それに対して私は苦く笑うしかできなくて。

「来年は私も出水にチョコあげるね」

「マジ? 手作りのやつ?」

「あんまりお菓子は作ったことないんだけどなぁ」

 今さら嘘を吐いたぐらいで咎める心などない。出水の機嫌がよくなるなら、叶えるつもりのない未来も約束もできる。

「楽しみ!」

 心底嬉しそうに笑う表情に満たされるどころか、ジクジクと心の腐食が進む。そんなことに疑問を持っても答えは持たないから、早急に疑問を持つことさえもやめた。これはきっと、あまりにも出水が純粋で善人だから胸が痛むだけ。

 視線を手元の雑誌へ戻しぱらぱらと捲る。そこには私の知らない出水がいる。いや、私が知っている出水のほうがはるかに少ない。

「なんだか途端に出水が遠い人になった気分」

「ここにいんじゃん」

「えー、いるんだけどさ。私もサインもらっとこうかなぁ」

「あのなー……んなこと言ったらなまえのほうがすげぇから」

 出水の照れる顔を可愛いなぁと堪能していたのに、今度はこちらへ話が飛んでくる。すごいと賞されるようなことは特になにもない。私は普通の高校生だけどな。

「なまえはさ、気遣いできるし、たくさんは彼氏彼女らしいことできないのにおれの都合に合わせてくれるし、この間の風邪の時も嬉しかったし」

 彼が嬉しげに列挙していることは、自分に向けられているものなのかと戸惑う。どちらかというと私の都合に出水を振り回しているだけなのに。気付いていないというのは恐ろしい。
 さっきまで拗ねていたはずが、「なにより」と途端に表情を緩める


「すっげぇかわいい」


 よしよし、と私がいつも妹へしているみたいに出水の手が私の頭を撫でる。毎朝綺麗に整えている髪が乱れてしまう心配をするより、その手の熱にどきっとしてしまっていた。
 それは出水があんまりに純粋そうに笑うからで。そんなふうにされたら誰だって。これはとっても不本意であって。
 述べようとする理由は、情けなく口を開け閉めする間に、すべて音にならなくなる。
 ただ、可笑しなことに、そうやって動揺しているのは私だけではなかった。

「なんで、出水が赤くなるのよ」

「だって……“それ”は卑怯だろ」

 キスしたってこんなことにはならなかった。頬の熱さに目眩がしそう。それが出水の指す“それ”のことだろう。
 出水が赤い頬のままくしゃりとした表情で笑むから、急くような感情に流される。

「なまえが照れるとこ初めて見たわ」

「今まで出水そんなこと言わなかったじゃん」

「ふーん。なら、もっと言ってもいい?」

「え!? 今すぐは、ちょっと……だめ」

「かーわいー、なまえ」

「っ、や、やめてって言ってるのに!」

「だってそれって“今すぐもっと言って”ってことだろ?」

 目の前にいるのは悪戯っ子だろうか。やめてと言っているのに、自分だって冷めきらない色の頬で、喜んでこちらへ詰め寄っては「髪かわいい」「目もかわいい」「声もすき」と浴びせられる言葉たちを適当に処理できず、心につもる。留まって、貯まって、くすぐってくる。
 座っていた階段の縁をずるずると横へずれながら逃げていたのに、壁へ追い込まれるのはあっという間。足へ置いていた雑誌が滑り落ちた。汚したり折ったりなんてしたら妹になんて言われるかわかったものではないのに、今はそれどころではなかった。
 壁と、私と、出水。出水の両手が壁に着いた時、逃げ場はない。それが今度は変に心をざわつかせる。

「いずみっ……!」

 熱が引いていく。突っぱねようと手は出水の制服を掴み力を入れかけた時、手から解けるように制服が離れていった。

「言っとくけど、なまえがそんな可愛い反応すんのが悪いんだからな」

 キスぐらいはされるかと思った。心臓が煩く鳴っているのは、照れからでも恥ずかしさからでもない。微かに感じた恐怖によるもの。
 もう一度頭に置かれた手が今度こそ乱雑に撫でて離れた。ゆっくりと呼吸をするたび落ち着きを取り戻すが、上手く表情を作れない。
 今の私の反応を、出水はどう思っただろうか。つまらない女だと思っただろうか。前の彼氏たちのように、呆れただろうか。俯いてしまっていたせいで表情を見損ねてしまったから、予鈴が鳴って「戻ろうぜ」と促す声からも、先に階段を下りていく背中からも出水の感情は読み取れない。機嫌を損ねただろうか? 怒らせただろうか? 

 しまったなぁ。私にも妹みたいな力があればよかったのに……。