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05 花葉色のメディスン



 昨日から体が怠いと思っていたけど、今朝計ったら四十度近くも熱があんの。前なら学校休めるぜーとか気楽に思っていたのに、今はできれば休みたくない。ボーダーのこともあるし、なにより

「むり。なまえにあいてー……」

 母親に熱冷ましのシートをおでこに貼っとけとか熱計れとか言われたが、遺言みたいに呟いて気を失うみたいにそのままベッドへ臥した。

 この前の追悼式に、担当地区を三輪隊と替わって欲しいと少しだけ駄々捏ねてみたけど、そんなの通るわけもない。動機が不純すぎ。渋々にも我慢したっつーのに、米屋からなまえの写真送られてきたらそんなのズルいってさらに納得いかなかった。
 ガキくせーと自分でも思いながらも不貞腐れたメールをなまえに送りつける。卑怯だから米屋と奈良坂と撮った写真送ったのに『おれの写真送ったからなまえのもチョーダイ』と冗談半分でねだって。なのに『この間友達と撮ったのでも良ければ』と、とんでもない写真が送り返されてきた。
 ざっくりと開いた襟が、色の白い首元と細そうな鎖骨をこれでもかと強調している。視線がそこにしかいかない。
 抱きしめた時、あそこに制服越しにでも顔を埋めたことがあるけれど、すげぇ良い匂いするんだよなぁ。身長はなまえのが低いけど体格なんて大して変わらないと思っていたのに、やっぱり抱きしめたら細いし柔らかいし。


 素肌はどんな触り心地すんだろ。自分の皮膚とは比べ物にならない触り心地なんだろうな。すべすべして滑らかで、いまちょうど頬に当たっているコレみたいに冷たくて唇寄せて痛いだろうってわかってるけど噛みついて…………え?

「――のっ、わ!?」

「ごめん。起こしちゃった」

 へ、なんで?! 勢いよく体を起こすと、ぐらんと頭が揺れた。まだ熱があるらしい。両手で押えるように頭を支えてから、視線だけで確認した。
 おれの部屋になまえがいる……
 夢か夢じゃないなら夢以外考えられない。散らかった部屋のベッドのそば。こじんまりと座っているのは紛れもなくさっきまで夢で見ていたなまえだ。制服姿だけど。

「……おれ、いま、なまえの手にかみついてた?」

「うん。骨付き肉だと思ったの? 痛かったよ」

「〜〜ったのむから抵抗しろよ! あー、わるい。寝ぼけてて……」

 いったんは引いていたはずの熱が急激に沸点を超えたような気がする。酷い妄想が目の前で実在していたなんて。血は出てないというが、くっきりと歯形が付いてて熱も冷めるほど青ざめる。
 クスクス控えめに笑っているが、改めてなんでここにいんのか。クラスは違うし、家は教えてなかったような。

「米屋にプリント渡すように頼まれたの。三日も休んでるんでしょ?」

 あんま記憶ないけど、そういえば三日くらい休んでんのか。初日に病院から帰ったあとからも高熱が続いてほとんどを寝て過ごしている。まともな食事を摂ったかさえ覚えてない。
 ただの風邪だろうからすぐ治ると思っていたし、ちょっとは心配してもらえんじゃないかなとか打算的なこと考えてるから、なまえからは三日間一度も連絡は来なかった。休んだことを誰かから聞いたとか、前回の連絡はおれで終わって二日も連絡返してないから何かしらなまえから連絡くるのではないかとか。淡くて面倒くさい期待。
 なまえと両思いで付き合っているわけではない。こいつの気まぐれでおれの告白にイエスがもらえただけ。そこから運よく(半ば衝動的に)キスもしたけど、なまえからされたわけでも求められているわけでもないのが悲しいが現状。

 会いたいってすっげぇ思っていたのにいざ目の前にすると途端にネガティブになってんのは風邪のせいだと思いたい。まだ少し頭が痛いしやっぱり熱も下がってなさそうで、もう一度横になった。

「大丈夫? おばさん呼んでこようか?」

「うんにゃ。大丈夫。プリント、適当にそのへん置いといて」

「……置く場所ないけど」

 あるよ。あるある。どこでもいいって。なんかそのへん適当に。
 向けた視線の先は本当に汚い。こんなとこに座らせて申し訳なささえ込み上げてくる。こんな時があるから日々部屋はきれいにしとかなきゃいけないんだなって後悔したわ。三日くらい覚えとく。
 でもさ、来るなら来るって一言連絡くれても良かったじゃん。それもないのに部屋を綺麗にしとくって無理だろ。一言くらい、なまえから。
 勝手に期待して、勝手にショック受けてる。連絡なんてしないし、米屋に言われなきゃ来なかったんだって事実にも。

「熱上がってる?」

「わっかんね。いいよもう帰って」

「おでこ触っていい?」

「また噛みつくぞ」

「いいよ」

「あのなぁ。マジで帰れって!」

 溜息まで吐いて結構な冷たい言い方をしてしまった。そういうのは言ったあとに気付くものだから、慌てて視線を向ける。勝手に落ち込んでんのは自分で八つ当たりまでしてんのに、嫌われたくはないと思っているなんて自分勝手もいい加減にしろ。呆れるほどにもどかしさや焦りの波に感情は流される。
 それなのになまえは柔らかく笑っていた。

「出水の機嫌が悪いの初めてみたから。しつこくしてごめんね。みかんゼリー買ってきたの。一緒に置いておくね」

 そこは嘘でも心配してたって言ってくれてもよかったのに。人の機嫌が悪いのがなにがそんなに面白いんだよ。なまえの笑い顔にも持ってきたという土産にも顰めたい顔を脱力させ、きょとんとさせられる。

「出水、みかん好きって言ってたよね」

「……覚えてたのかよ」

「覚えてるよ。大遅刻だったけど、ちゃんと来てくれたから」

 バカだな。おれってすっげーバカ。
 一年も前にチラッとしか教えてない好物を覚えていてもらえたってだけで、さっきとは別の意味で胸がぎゅっとなって温もりが戻る。意味不明な八つ当たりだってのに、笑顔まで向けられて、胸は苦しくなるばかり。
 帰ろうと立ち上がるなまえの手首を掴んで体を起こした。勢いよすぎて目眩がする。そのまま引き寄せてしまおうかとも思ったけど、そう、こいつは時々こういう顔をする。

「あ、……ごめん。どうかした? しんどくなってきた?」

 すぐにまたいつものへらっとした表情に戻ったけど、その直前までは「びっくりした」では言い訳できない表情。何かに怯えるとか嫌なものを見るとかそういう類。
 おれに対してってわけではなくて、たぶん、これはなまえが隠したがっている部分なんだと思ってる。……これも勝手におれがそう思いたいだけなんだけど。
 とにかく、そうだと思っているから、嫌がることはしたくないから、すぐに手を離した。それから言うには多少戸惑うけど、でも今日ぐらい。


「すぐ帰ってもいいから。変なことしねーから……もう少しここ、座っててほしいんだけど」


 一拍の間の後、軽い音を立ててベッドが軋む。戸惑いの間ではなさそうな短さ。そういうところがおれを惑わせてる。
 のぼせ上がってふわふわする頭ん中。顔なんて合せられたもんじゃない。でも首元は目掛けた。あの白くてやわらかそうで想像もできない肌触りを求めた。

「ふふ、私がいると熱が上がっちゃうね」

「もううごけないから、てきとーに振り払ってかえれよ」

「そうする」

「…………ずっりぃー」

 ひそめた笑い声はキスの時と同じぐらい近い距離で、降ってくるように聞こえた。そうするって言ったくせに、人の背中に手を回してぐずる子供をあやすみたいにトントン叩きやがってー。
 おれからは抱きしめてない。頭をセーラー服の邪魔する首元に埋めさせてもらっているだけ。抱きしめているのはなまえだ。

「やっぱり」

 すげぇすき。

 声に出てたかは思い出せない。でも、たとえおれの独り相撲であっても、それでもおれはなまえが好きなんだ。
 夜、母親が部屋の扉をノックする音で目が覚めて、あれだけぼんやりとしていた頭もすっきりとしていたし、熱も下がっていた。マジで都合のいい夢見てただけだったらどうしよ。
 夢ならあのまま押し倒してたってよかったじゃんって思ったけど、散らかった机に置かれたみかんゼリーとプリントの山を見てそうしなくてよかったと安心した。