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04 隠し事のローズドラジェ



 青さの濃い晴天。薄い雲が時折漂っている。四年前の今日、私たちは父親を失くした。あの日はどんな天気だっただろうか。そんなことさえ覚えていないほど平凡な日のはずだったのに、消えない記憶を残す日となった。
 泣くことはなくなってもあの日の恐怖が薄れたわけではない。今となっては遠くで聞こえる警報音にさえ血の気が引いて体が凍てつき、怖くて怖くて眠れなくなる日だってある。


「あ、三輪隊がいるよ!」

 私たちの家があった場所は倒壊が著しくて、もうどれが家なのかもわからない。ここら辺ということがにわかにわかる程度。
 追悼式を終えて、母や親族と自分たちが元住んでいた家屋らしき場所へ花を手向けた。親族と話が弾んでいる母を置いて周囲を散策するように歩いていれば、高い瓦礫の上に紫色の隊服が見える。妹の声はそれらが振り向くほど大きくて、慌てて口を塞いだ。
 事前に出水から聞いてはいたけれど、本当に三輪隊がこの地区の警戒任務をおこなっているらしい。

「お、みょうじじゃん」

 瓦礫の上と思えないほど軽やかに跳躍して私たちの前に降り立つのは、少し前に出水に紹介されて知り合った米屋。と、少し離れた場所に見たことのある人。あれは確か同じクラスの……

「三輪隊って……もしかしてうちのクラスの三輪が隊長なの?」

「そうだぜ。秀次はみょうじのクラスだよな」

「おねえちゃん三輪隊の三輪や米屋と同じクラスだったの!?」

「三輪は同じクラスにいるわね」

 あー、三輪ってクラスにいるちょっと暗い感じのあの三輪のことだったのか。と一人納得していれば、興味がないにもほどがあったらしい。なんで早く教えてくれなかったのかと、私の後に隠れていた妹が地団太を踏む。

「奈良坂は!?」

「みのり、呼び捨てやめな。本人たちが前にいるんだから」

「なに、みょうじの妹は奈良坂のファン?」

 妹にとってボーダー隊員は芸能人と遜色ない。突然輝いた瞳でサインが欲しいなどわけのわからないことを言って私を困らせる。
 米屋が妹に視線を合わせるよう屈んでにへらと笑顔を向けて話しかけているのを見て、子供慣れしているのか、それともボーダー隊員はこういう対応にも慣れているのだろうと思う。
 嵐山と奈良坂が好きと言っていたはずの妹だが「よ、米屋もすきだよ!」と。上手い女だなぁと呆れ笑うしかない。それでも、単純そうな米屋は「可愛いやつ」と嬉しげに妹の頭を撫でてやっていた。
 しばらく妹をかまってやった後、米屋はちらりとこちらに視線を向けた。

「隊服ってそんな感じなんだね。奈良坂って人と一緒ってことは、米屋ってA級ってことよね?」

「そうだよ。本当にみょうじって、興味ないのな」

 「みょうじって」と「興味ない」の間には何かわざとらしく隠された言葉がある。誰かを暗に指して、刺さるような。
 興味の有る無しは人それぞれでもいいと思うけど。言いたいことはなにか、と視線を向ける。

「そう睨むなよ。いやさ、噂って本当なのかなって」

「噂? なんのことかな」

「オレはどっちでもいいっちゃいいんだけど。あんたの彼氏はあんたのこと信じきってるみたいだから」

「それで? 出水のかわりに米屋が噂の真偽を本人に聞いてくるよう頼まれたの?」

 はたから見れば和やかに笑顔で会話しているように見えるだろう。実際には私もだが米屋もひどく冷めた感情を向けているけどね。
 どっちでもいいって、なんだそれ。どっちでもいいのに気にしてあげているの? とっても素敵な友情? 私に直接訪ねるなんて面倒なことしないで、出水に私と別れるように進言したらいいじゃないか。そのほうがこんな腹の探り合いをしなくて済む。私が「本当だよ」と言っても「嘘だよ」と言っても信じなんてしないくせに。


「…………え? おねえちゃんの彼氏って、いずみ、なの?」


 ピリピリとした空気を割って入ることができるのは、これが幼いからだろう。私の手を引いた妹は大きな目をさらに大きくくりくりとさせて見上げてきた。
 なに? 出水がなんだっていうの? 今はボーダーがどうのだとかどうでもいいのだけど。

「いずみって、出水公平?」

「そう。そうだよ。でも今は――」

 静かにしようか、って威圧的に言おうかと思ったのに妹はそれをも圧倒するほど大きな声で「A級一位じゃん!!」と言った。A級? 一位? だからなにが…………え、いちい?
 明るい髪色のふにゃっとした笑顔を浮かべた彼氏を頭の中に浮かべ、一位という言葉と一緒に並べてみるが、……素直に言うなら不釣り合いにも思えるというか、そういうふうに見えない。出水と一位という言葉を並べたところで思考が止まった。あの出水が一位? 近界民侵攻を防いでいるボーダーの頂点?

「ちなみにオレは七位な」

「すごい! そんな人の彼女なんて、おねえちゃんがかわいいからだねー!」

「ネー」

 米屋と妹はほがらかにニコニコと向かい合っている。お姉ちゃんすごいね、なんて言われても。

「へぇ、そうだったんだ」

 目から鱗。ぽやぽやしているように見えていたけれど、その実はそうではないらしい。
 「本当に興味ないのな」と改めて苦笑いの米屋に言われて、言い返す言葉もない。だってその通りだ。私はいつも終わりを気にして、相手のことなんて深く知ろうとしていないのだから。
 瞬きする間に自分の驚きもなにもすっと冷めていく。また同じように口元に笑みを浮かべなおしておいた。

「付き合い始めて短いからまだあまりよく知らないの。教えてくれてありがとう」

「ふーん」

「でもおねえちゃんね、彼氏の話するとききれいな色の――」

「みのり!!」

 慌てて妹の口を塞いだ。自分でわかりやすく心臓が跳ねあがり、血の気が引いていく。

「余計なことっ、……言わないで」

 妹へ向けて尖った言葉を言いかけたが、瞬時に柔らかいものへ変える。「おねえちゃん、恥ずかしいでしょう」と言ってみたが、上手く誤魔化せただろうか……本音が別にあるということを。
 不自然にならないよう、米屋から妹を遠ざけ私が間に立つ。
 
「ちょっと変わったツンデレってやつ? そういうことなら、まあ、ちょっとだけ安心したわ」

 浅く深呼吸をして米屋を見ると、嬉しげに表情を綻ばせていた。それを見て上手く勘違いしてくれたのだと安堵の息を吐く。
 ツンデレとはまた新しい総称だと苦笑いを浮かべた。

「もー。恥ずかしいから、今のは出水にはないしょにしててね」

「いいけど。あんまいじめてやるなよな」

「私ちゃんとすきだよ、出水のこと」

 嘘みたいに笑って。息を吐くようにその言葉を吐いた。
 それからなにを話したかとかほとんど覚えていなくて。妹の手をぎゅっと強く握り、周囲を警戒ばかりしていた。私の中で激しく急くように鳴っている心音は、目の前の米屋には絶対悟られないように。


 妹には生まれた時から不思議な能力がある。人の感情が色でわかるらしい。オーラのようなものが視えるのだと本人は言っていた。あとは“キラキラ”とか“雨が降ってる”とか。たぶん超能力とかそういう類のやつ。
 人に言って変に思われたり、妹の身に何かあっては困るので決して口外しないように母と決めている。父がいないいま私たちだけで家族を守らなければならないから、余計に過保護になっている。

「父さんは素敵な世界がみえてるんだね、って褒めてくれたのに……」

「でもね。みのりにまで何かあったらお姉ちゃんいやだな」

「わかってるー!」

 いつもいつも注意されるのが嫌で、最近は少し反抗的。それでも咎める私の視線に、口を尖らせて肩を落とした。
 せっかく妹はご機嫌なのだから続けて説教するのはやめておこうかと自分のこともなだめていたら、ポケットに入れていた携帯が震える。

「あいつ、いつの間に」

「出水から連絡きたのー?」

「うん。米屋が私たちを隠し撮りしてたんだよ。やなやつよね」

 確認した携帯の画面には『米屋ずるい』という言葉と、私と妹が歩いている姿に米屋がこっそり映り込んだ写真が添付されていた。あいついつの間にこんな写真を撮っていたのか。
 返事をする前に立て続けに来た『私服かわいい』というお褒めの言葉。思わず吹き出すように笑って『今度デートしようね』と可愛く返しておいてみた。

「…………なんで出水から連絡ってわかったの?」

「えー? ないしょー」

 意地悪く笑う妹には、私のどういう色が視えているのだろう。