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03 蜂蜜色のワンウェイ



 一年の時、なまえとは同じクラスだった。当時から男子の間では可愛いと有名だったけど、なまえには好きな人がいるって噂も聞いていた。
 この時なまえは地毛の黒髪で化粧っ気もない、どっちかっていうと素朴な可愛さみたいな感じだったと思う。だから、恋愛とかそういうの抜きにしても外見上可愛いなまえと校外学習の班が一緒になった時には、正直ラッキーだと思ったりなんかして。

「出水くん、今週末のことなんだけど」

「呼び捨てでいいよ。おれもみょうじって呼ぶから」

 四人一グループ、男女二人ずつ。おれたちの班は学校近辺のハザードマップを英語で作るとかそんな大して気乗りしないようなテーマ。企業に赴くとか、実体験してみるとかではなく、図書館で事が済むようなテーマで助かったといえば助かったかな。
 みんなで資料探しをしようということになって、率先してみんなの予定をすり合わせている様子はきびきびした印象をもたせた。事前準備も人一倍頑張ったり、やってこない人のフォローもばっちり。ボーダーで授業を抜けがちなおれからしたらありがたい存在だった。

「今週末な。三時には行けるから」

「わかった。じゃあ待ってるね」

「おー。いつも参加できなくて、わりー」

 ボーダーだからしかたないよと笑ってくれるから、可愛さ抜きにしてもなまえと同じ班で助かってたなおれ。




 週末はだいたいボーダーに入り浸っていて、この日は予定もあったから、課題やるのは三時からの参加にさせてもらってたんだけど。

「遅くなって――」

 ごめん。という言葉は途中で引込めた。三人いるはずのテーブルには一人しかいないし、その一人は長い黒髪を机に散らして伏している。一定の速度で上下する背中を見て、どうやら眠っているらしいことだけはわかった。
 遅れた理由は、最近仲良くなったやつがやたらと個人戦挑んでくるもんだから白熱しちゃって……っていうのは言い訳にもならない言い訳。図書館に着いたのは五時になるちょっと前。もう帰ったよな、という確認にやって来たのに、一人でそこへ居るわけだ。
 自分のことはひとまず棚に上げておいたとして、他の二人は来たのだろうか? 広げてある模造紙の上に書かれた文字はほとんど一人で書かれているようにも見える。
 ……やべぇ。これ、めちゃくちゃ申し訳ないやつだ。
 今さら遅い。慌てて眠っているみょうじを起こそうとした時、ふと机に置かれた携帯が揺れた。画面に映し出されたのはメッセージと男の名前。

『なまえちゃん俺のこと好きすぎっしょ笑』

 どんなやり取りの末そういう言葉が出てきたのかは知らないが、男はみょうじから好意を向けられていると自負しているのだろう。

 携帯の震えで気が付いたのか、勢いよく体を起こし画面を確認したみょうじはふにゃりと表情を緩める。そんなみょうじの表情を今までみたことない。嬉しそうに頬を染めて、愛おしそうな視線を携帯に向ける。それはそれは可愛くて。自分もここにいるって主張することも忘れていた。あっという間にその感情は胸から広がって脳を痺れさせる。

「あれ、いず、っみ……!」

「遅くなってごめん」

「ううん……うそうそ、そうだ! 遅いよ!」

 まだ寝惚けている自分の恥ずかしさを誤魔化すように、こちらへ大して怖くない怒りを向ける。表情というか雰囲気はあっという間にいつものみょうじへ戻っていた。
 遅刻したお詫びにジュースを奢るといえば、二つ返事で自販機までついてくる。

「いつ来たの?」

「ついさっき」

「そう……」

「みょうじが携帯見て嬉しそうに笑うとこはばっちり見てた」

「み、みてたの?」

 恥ずかしそうにしゃがみこんで膝を抱えるみょうじはたぶんさっき以上に赤い顔してるんだろうな。薄暗いものが心に巣食うような気がして、見ないふりを決め込む。
 でもそれって遅いよな。たぶん薄暗いものが隠したいのはピュアすぎる本心。

「何飲むんだよ?」

「ブラックコーヒーでお願いします」

「渋〜」

「そういう出水はオレンジジュースなんてかわいすぎない?」

「うっせー。みかん好きなんだよ。それに、可愛さはさっきのみょうじには負けるって」

 ちらりと横目で見ると、冗談にも本気で顔を赤くしている姿。「やめてよ」なんて照れているが、でもそれも、おれに向けられたものではなくて。

「なに? 彼氏?」

「ううん。小学生の時から好きな人。ずっと片思いしてるの」

 内緒にしててね、というみょうじは残酷なほど可愛い。小学生のころから片想いしてるなんて一途すぎ。中学の頃も今もたくさん男いたんじゃないの? ほら、目の前にもさ。
 甘酸っぱいオレンジ色を口の中に流し込みながら、彼女の視界にさえ入らない自分を呪った。




 校外学習が終わってからもみょうじとはよく話すようになった。していた。努力はした。でもみょうじの心から片想いの男が消えるわけではない。毎日明るい笑顔でいるから、恐らく順調にいっているか、順調にいっているのだろう。
 とはいえ、相手がどこの誰かは知らないけど、教室で自分と話している時のみょうじはおれだけのものな気がしていた。向けられる笑顔も「出水」って呼ぶ声も、おれをみょうじの中に落とし込んでいく布石。

 同時にみょうじがおれの中に布石を落とし込んでいくペースも早いのなんの。
 体育で先生が抜けて自由時間ができた時、男女混合でお遊びのバスケしようって話になった。もちろんおれもみょうじもそのメンバーに入っていて。
 長い黒髪を結んで、バスケをしている姿は真剣そのもの。遊びだって言ってんのに、凛とした表情で周りをきり抜けていく。手加減しているとはいえ男子がいる中を稲妻のように抜けて、なだらかな放物線を描きシュートを決める。その姿はおれの中では、可愛いではなく綺麗と表現するのが正しそう。目の前で見て思わず「おお」と情けなく感嘆した。周囲からも歓声と拍手が起こる。

「上手いのな。経験者?」

「うん。小学生から中学二年ぐらいまでの間ちょっとやってたの」

 おれたちの中で中学二年ってなると第一次近界民侵攻があった頃になる。だからやめた理由っていうのはそういうことだろうなって察しがつくのだけど。
 小学生って言葉がなんとなしに他の人も一緒に連想させる。じっと見てしまっていたみょうじも居心地が悪そうに視線を逸らした。そのせいで一気にむず痒さともどかしさに苛まれてきちゃうじゃん。

「どうやったらあんなに綺麗にシュートはいんの?」

「いえーい。出水に褒められた」

「マジで。ゴールを見てもなかったじゃん。パスすると思ったし」

 みょうじはしばらくうーんと唸ったあと、一つの答えを導き出したようで「手に馴染むまで練習したからかな」と言った。自分の手とかボールの形とか、空間とか空気とか相手の動きとかそういうのが手に馴染むまで練習するのだと。
 片手にボールを持ち器用に操る姿は、なんとなく自分の目指すそれに重なって見えた。

「……ま、だよな」

「出水、バスケ上手になりたいの?」

「なわけねーだろ。おれはボーダーで強くなりたいの」

 返答がさっきの問答と辻褄が合わなかったのか首を傾げる。でもすぐに笑顔に変えて「頑張ってね」と贈られるエール。

 惹かれないわけがなかった。
 可愛くて、綺麗で、純粋に真っ直ぐで。時々格好良いし。惹かれないでいれたら良かったのに。自分のチームへ戻る後ろ姿を視線で追いながら、悔しさばかり噛みしめる。

 みょうじなまえには、好きな人がいるという事実に。